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転生記者の取材手帳 〜王都の闇を暴いた男の英雄譚〜  作者: 漂月


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第28話

 そして数日後、「ディプトン週報」の最新号が王都ディプトンで発売された。

「さあさあ買った買った! 悪を暴き真実を伝える雑誌『ディプトン週報』の特大号だよ!」

 俺は市場の活況に負けないよう、声を張り上げて宣伝する。



 今日の俺は海戦記念広場ではなく、大聖堂広場で露店を出している。海戦記念広場の方は船長に任せてきた。

「メイドの告発で警察に逮捕されたウラシア人実業家のアランスキー氏! だがこの告発には、とんでもない『ウラ』があった!」

 アランスキー氏の名前を出した途端、なんだなんだと人が集まってくる。



 実は大聖堂広場はアランスキー氏の自宅にかなり近い。ここで開かれる市には近所の使用人たちが必ずやってくる。

 それが狙い目だ。

「驚くなかれ、アランスキー氏はハメられた! そしてこの陰謀の黒幕は……ってとこは、買ってのお楽しみだ! 緻密な取材に基づく真実を見よ! ってね。おっと、毎度あり!」



 隣ではメリアナが雑誌を客に手渡している。

「お買い上げありがとうございます! お買い上げありがとうございます!」

 忙しそうだな。

 市場の人だかりを見た感じ、若年から中年の女性層が多い。メイドや主婦層だろう。

 ということは、ちょいと切り口を変えないとな。



「この記事にゃ、アランスキー夫人のけなげな様子も記されてるよ! 主を奪われたアランスキー家は今や風前の灯! だが夫人は負けてない! 子供たちを守るため、愛する夫の猟銃を抱いて眠る日々だ!」

 ここんとこはドロシアにイラストを入れてもらっている。幼い子供たちを守ろうとする若い美人妻の様子は、「俺が守らなければ」と思ってしまうほどに儚げで感動的だ。あとちょっとセクシーでもある。夫人の許可は得ているので問題ない。



 女性読者の同情と男性読者の好奇心。この二つを引っ張れるので夫人には感謝している。俺たちが絶対に守ってみせるからな。

「おい一部くれ」

「お兄さん、こっちにも一部ちょうだい」

「はいどうもぉ!」



 やはりアランスキー氏のことは近所の噂になっているのか、雑誌はどんどん売れていく。毎週これぐらい売れてくれたら、パッシュバル印刷工房は安泰なんだけどな……。

 一般的に、ペラペラの絵入り新聞は読み捨てたのを誰かが拾ってしまう。

 だが「ディプトン週報」はそれなりのページ数があり、その場で全部読むのは難しい。当然、捨てて帰る人はいない。



 となると拾って読むこともできないので、興味がある人は自分で買いに来る。

「なあおい、何が書いてあるんだ?」

「まだ読んでるところだ。自分で買って読めよ」

「ちっ、ケチ野郎め。おいあんちゃん、一冊売ってくれや」

「毎度ありぃ!」

 多めに百部持ってきたけど、今日中に完売しそうな勢いだな。



 メイド風の若い女性が「ディプトン週報」を買い、そそくさと帰路に就いている。きっと帰ってお屋敷で読むのだろう。雑誌は他の使用人たちも読むだろうし、内容次第では主人に報告するはずだ。

 ここでアランスキー氏の名誉を回復できれば、近所の人たちが味方になってくれる。そうすれば強盗団も多少は身動きしにくくなるはずだ。



 俺は声を張り上げる。

「そも、ウォルコフ・アランスキー氏とはいかなる人物か? 冷酷なる氷の帝国ウラシアから、正義と平穏を求めてビシュタル連合王国に移住した熱い男だ! 奥方に求婚すること三度、ついに射止めて今ではラブラブ! こいつは奥方本人の証言だから間違いない! 詳しくは記事を見てくれ!」

 どっと笑い声が沸き起こり、雑誌がどんどん売れていく。



「黒幕ってのは結局何者なんだ?」

「例の『世直し強盗団』だって書いてあるぞ」

「どういうことだ?」

「今読んでるんだから邪魔すんな」

 いい調子だ。



「記事にはアランスキー家の使用人たちの証言も載ってるよ! 当主の変な趣味に嘆いたり、ウラシア人とは思えぬ優しさに感激したりと、笑いあり涙あり! 必読だ!」

 ちなみに「変な趣味」というのはタラコ好きのことなので、読んでガッカリしないように。ビシュタル人からすれば相当な奇食ではあるので、決して嘘は言っていない。



「おっ、なんかエロい記事も載ってるな」

「おい読ませろよ」

「安いんだから自分で買え」

 わいのわいの言い合いながら、次々に手が伸びてくる。

「こっちにも一部くれ」

「俺にも」

 どんどん売れていくな。



 早朝に立った市は昼過ぎには終わってしまうのだが、正午の鐘よりもだいぶ早くに百部完売してしまった。もっと持ってくりゃよかった。

 読み捨てられた雑誌はないかと見回してみたが、一冊も見当たらない。大当たりのようだ。



「ねえ、サッシュ」

 ぐったりとした顔で木箱に寄りかかっていたメリアナが声をかけてくる。

「どうした?」

「こんなので本当にアランスキーさんが戻ってくるの?」

「わからん」



 俺がきっぱりと答えると、メリアナが驚いたように顔を上げた。

「じゃあわからないのにここまでやったの!?」

「そうだよ。判断するのは読者だ。俺は取材をして、訴えたいことを記事にしただけ。それ以上は分を越える」



 俺たちは往々にして騒動の火付け役になるが、自分から煽動者になろうとしてはいけないと思う。民衆を操れるなんて思うようになったら記者としておしまいだ。ああいや、俺は売り子だけどな。

「あの記事を読んで心を動かされた人たちがいれば、それがきっと力になるだろう。少なくともアランスキー氏の近所の人たちは親身になってくれると思うぞ」

「そうよね……そうだといいな」



 メリアナは小さくうなずき、それからニコッと笑う。

「とりあえず今週の『ディプトン週報』は過去最高の売り上げになると思うわ。とりあえずそれだけでも良いことよね?」

「ああ、売れなきゃどうしようもないからな……」

 俺はハンチング帽を目深に被ると、昔を思い出して溜息をついた。

 やれることはやった。後は流れが起きるのを祈るとしよう。

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