第23話
俺たちが慌ててワーナード医師の……つまりメリアナの実家に行くと、ワーナード医師が険しい顔をしていた。
「待っていたよ、ウィーズリー君」
「先生、何がどうなってるんです!?」
俺が問うと、ワーナード医師は目を閉じた。
「君が教えてくれたメイド虐待の件、なぜか急に警察が取り調べをする気になったらしくてね。アランスキーさんは今、警察本部で拘束されている。数日は戻れないだろう」
やる気も実力もない新設の警察が、現行犯以外で容疑者を拘束するのは異例だ。正直、こんなことになるなんて思っていなかった。
「急すぎますね」
「ああ。アランスキーさんの執事から連絡があったんだが、君の言っていた『ビシュタルの耳』とかいう絵入り新聞の記事が逮捕の決め手になったらしい」
「でもあれ、もう何週間も前の記事ですよ? その頃から動いてたんですね」
いくら頼りないといっても警察は警察なので、逮捕の予定なんて公開していない。
この警察の内部情報が手に入らない悩みは前世でも経験した。俺たちは新聞記者とは違うからな……。
それはそれとしてだ。
「アランスキーの屋敷には今、誰がいるんです?」
「奥方とまだ小さい男の子が二人。あとは執事と御者、それに料理メイドと客室メイドだったと思う」
執事と御者は白髪まじりのおじさんたちだ。凶悪な武装強盗団の相手をするには少し心許ない印象だった。
ワーナード医師は強盗団の心配はしていない様子で、違うことを気にしている。
「アランスキーさんの事業は部下たちがしばらく回してくれるだろうが、健康状態が心配だな。彼は美食家だしよく食べるから、警察の食事では心身ともに参ってしまうだろう」
それはそれで心配なんだけど、俺が心配なのは家族や使用人たちの方だ。
「あの家、警備は大丈夫なんですか?」
「あの辺りは治安もいいし、静かで人通りも少ないからね。よそ者がうろついていれば目立つから、おかしな連中がいればすぐに気づかれるよ」
うーん、でも俺は「閑静な住宅街で起きた白昼の惨劇!!」とかよく見てきたからなあ。
あの事件、他誌に先を越されて辛酸を舐めたっけ。上司の命令とはいえ、焦って取材して近所の人に怒られたし……。いやいや、今の俺はただの売り子だから関係ないぞ。
そこにメリアナが当然のような顔をしてやってきた。ここは彼女の実家だから別に不思議ではないんだが、最近のメリアナは俺がどこにいてもすぐに現れるから怖い。探偵か?
「あっ、サッシュ! やっぱりここにいたのね」
「ああ、先生から事情をお伺いしてたところだよ」
するとメリアナはふんふんとうなずく。
「それで、どうやってこの事件を解決するの?」
「俺は探偵じゃないぞ」
「似たようなもんじゃない?」
探偵だと思われてるのは俺の方だった。
「俺は雑誌……」
いやいや、違う。今世の俺はもう記者じゃないぞ。街頭商人の助手、ただの売り子だ。
ただの売り子なんだけど……なあ。
俺は溜息をつく。
「アランスキーさんは先生の大事な患者さんだ。ほっとけないよな」
「だよね! 私、サッシュのそういうとこ好き!」
メリアナがパッと表情を輝かせて、ワーナード医師がコホンと小さく咳払いをする。
「そうだな。私としても、アランスキーさんを見捨てておけない。できる範囲で構わないから、彼のために助力してほしい」
「わかりました」
「あと結婚はまだ早いからな」
何の予防線だ。
それはそれとして、今はできることをやろう。
俺はワーナード医師に貸馬車を呼んでもらい、アランスキー邸に向かうことにした。
どうしても確認しておかなきゃいけないことがある。
「当家の使用人、でございますか」
アランスキー家の執事が少し困ったような顔をしている。
「申し訳ございません。私どもも使用人でございますので、当家の雇用関係について一存で口外する訳には……」
そりゃそうだよな。この執事さんは実質的に家令の立場で人事権もあるだろうが、それでも使用人には変わりない。主人の許可なく内部情報は漏らせないだろう。
納得したけど、「はいそうですかで引き下がってたら記事の一本も書けねえぞ」と言われたのを思い出す。誰に言われたんだっけ? 前世の記憶か?
無理は承知で食らいつけ。
俺は粘ってみる。
「街頭商人の組合で強盗団の話を聞いたんです。手下を使用人として送り込んで、内偵させることがあるとかで」
ほぼ口から出任せだが、これは俺の推理でもある。
時代劇なんかでも、強盗の手引きをさせられる女中とか、女中に偽装した女盗賊とかが定番だったよな。
まだ執事が渋っているので、俺はさらに一押しいってみる。
「奥方に御許可をお願いするという訳にはいきませんか?」
執事に判断できないのなら、さらにその上。雇用主側の人物に許可をもらう作戦だ。
すると執事はうなずいた。
「確かに今の当家は防犯上やや不安ではありますので、奥様に聞いて参ります。しばしお待ちを」
そう言って退出した執事はすぐに戻ってきて、「奥様が私に一任するとおっしゃいました」と答えた。
やれやれ、セキュリティクリアランスの壁は何とか突破できそうだ。
疲れる。




