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転生記者の取材手帳 〜王都の闇を暴いた男の英雄譚〜  作者: 漂月


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第14話

 俺は人参のきんぴらをもぐもぐ食べているメリアナに質問する。

「お前のお父さん、あちこちに往診に行ってるだろ」

「えう」

 口に含んだまましゃべるのはやめなさい。お行儀悪い。



「その中にウラシア人のお金持ちっていないか?」

「えうえう」

 何言ってんだかわからん。

 メリアナは掌で「ちょっと待って」という仕草をすると、ごくんと飲み込んでからこう言った。

「おいしいわね、これ!」

「ありがとう」

 嬉しいけど、今その話はしてないんだよ。



 メリアナはニコッと笑ってから、笑顔のまま答える。

「患者さんの情報は誰にも漏らすなってのが、ワーナード家の家訓なの。悪いわね」

 きちんとしてるな。好感が持てる。

「それは正しいことだと思うが、『ディプトン週報』の取材記事を書くためなんだ。なんとかならないか?」

「そう言われても、お父様は患者さんの話は家じゃほとんどしないもん。往診についていく訳にもいかないし。だから本当に何も知らないのよ」

 だったらそう言え。



 文句を言いかけた俺に、メリアナが笑いかけた。

「あなたが往診についていけば、そのうちお目当ての患者さんに会えるんじゃない?」

「俺が?」

「だってあなた、お父様にずいぶん信頼されてるみたいだもの。お父様はね、医療者と認めた人にしか往診鞄を預けないのよ」

 そういやこの間、あの人の往診鞄を持たされたな。あれは信頼の証だったのか。



「じゃあ俺が助手を申し出れば、往診に同行できるってことか?」

「たぶんね。お父様のことだからサッシュを気に入るとは思ってたんだけど、まさかここまでとは思わなかったわ」

 やっぱりこいつ、俺の人脈作りも考慮してくれたんだな。何も考えていないように見えるが、彼女なりにいろいろ考えているようだ。

「ありがとう、助かる」

「べ、別に……」

 頬を赤らめると、メリアナは視線をそらしてゴニョゴニョつぶやいた。



 ワーナード医師に助手として往診に同行したいと伝えると、「往診中に見聞きしたことは無断で記事にしない」のを条件に同行を許可された。

 どのみち取材記事にするときは、相手との信頼関係を築いて掲載の承諾を得ることにしている。

 ただこれだと悪事をすっぱ抜いたりはできないが、ワーナード医師の立場も考えると仕方がないだろう。俺はあくまでも彼の助手だ。



 そして取材、ではなく往診の前日。

「サッシュ、本当にこれだけしか服がないの?」

 俺の家まで押しかけてきたメリアナが、俺のクローゼットに頭を突っ込んだまま不満そうに言う。

 俺は胸を張って答えた。

「貧乏人だからこんなもんだよ。見苦しくはないだろ?」

「清潔だし擦り切れてもいないし、確かに小綺麗ね……」



 雑誌の売り子も立派な接客業なので、身だしなみは整えているつもりだ。服だって丁寧に洗っている。

 しかしメリアナはクローゼットから頭を引っこ抜くと、渋い顔をした。

「お父様の往診先ってお金持ちも多いらしいのよ。これだと少し貧相かも」

「まあそうかもな」

 貧乏なりに精一杯オシャレしているつもりではあるが、前世の感覚で見るとやはりボロボロだ。

 ビシュタルの富裕層は現代人と比較しても遜色ないだろうから、俺が行くと小汚い印象を与えるかもしれない。



「そうは言っても新品の服は高いぞ」

「帽子とネクタイだけ新調したらどうかしら? それだけでも結構印象が変わると思うわ」

「いいアイデアだけど、本当にお金がないんだって」

 父が亡くなっていて妹がまだ働いていないので、ウィーズリー家の財政はかなり苦しい。兄の仕送りもあまり多くはないので、俺と母の乏しい稼ぎが頼りだ。



 するとメリアナが「にぃっ」と笑った。

「そう言うと思って、ほらこれ!」

 バッグから出てきたのは、真新しいハンチング帽とネクタイだった。形が整っているし、生地も上等だ。

「これどうしたんだ? 結構高そうだけど」

「お父様がくれたの。買ったはいいけど、若者向けすぎて似合わなかったみたいね」

 二十一世紀の日本にいた俺から見ると、ビシュタル人のファッションはどれもレトロで違いがわからない。



「そういうものか……」

「そりゃそうよ、いくら流行りといっても四十過ぎのお父様にはちょっとね」

 当然のような顔をしてうなずいたメリアナが、俺に帽子とネクタイを押しつけてくる。

「ほらほら、あって困るもんじゃないでしょ?」

「いやでも悪いよ」

「私がわざわざもらってきてあげたんだから」



 などと押し問答をしたが、結局もらうことになってしまった。

「どう?」

「似合う似合う」

 ぱちぱちぱちと拍手をしてくれるメリアナ。

 それからふと一言。

「やっぱりあんたって結構格好いいのね……」

 やっぱりとは?

 気になったが、メリアナが頬を赤くしているので追及するのはやめておくことにした。ちょっと恥ずかしい。



 そこに妹のシスナがひょっこり顔を出す。

「サッシュ兄さん、メリアナさんが来てるって聞いたんだけど……」

 シスナは言葉を途中で止め、俺たちの顔をふんふんと見比べた。

「あー、そういう感じ?」

「どういう感じだよ」



 俺が牽制すると、シスナはニヤニヤ笑った。

「ううん、サッシュ兄さんにもようやく春が来たんだなって」

「あわわわわ」

 メリアナがうろたえている。落ち着け。

 俺はメリアナの名誉のため、妹に釘を刺しておく。



「この人は俺の仕事の取引先なんだ」

「とっ……とり?」

 メリアナが驚いているが、鳥取の話はしてない。あの砂丘また見たいなあ。

 シスナも驚いた顔をして、メリアナの表情をちらちらうかがっている。どうした?

「俺はメリアナの雑誌の売り上げを伸ばすために協力しているから、メリアナも俺に協力してくれているんだ。あくまでも仕事の関係だよ」



 シスナが口をパクパクさせて、俺の後ろを指差している。なんだお行儀の悪い。

「兄さん、あのっ!?」

 まあでも、俺もメリアナには仕事抜きでも親しみを感じているところだ。そこは認めないとな。

「もちろん、メリアナとは仕事抜きでも仲良しだけどな」

「そっ、そう!? そうなんだ!? そうなんだって!」

 シスナが露骨にホッとした表情をして、何度も力強くうなずいている。なんなんだお前。



「メリアナは危なっかしいところはあるけど、とても優しいヤツなんだ。びっくりするぐらい面倒見がいいし、行動力も勇気もある。見習うべき点は多いよ」

 これは本心だ。もし前世でメリアナみたいな同僚がいたら、俺の前世も違う結末を迎えていたかもしれない。

 俺は後ろを振り返り、メリアナに笑いかける。

「だろ?」



 しかしメリアナは両手で顔を覆ったまま、ぷるぷる震えているのだった。

「やっ……やん……」

 さっきからお前、意味のある言葉を発していないぞ? どうした?

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― 新着の感想 ―
しむらー、うしろーw
今作の主人公はそういうたぶらかし方ですか。
これはモテますわ、しかたないね!
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