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その植物が発見されたのは、とある砂漠地帯だった。
発見したのは砂漠を調査していた環境学者達。調査地域は数百年前まで豊かな草原地帯だったが、今では完全な砂漠と化している。地平線の彼方まで黄色味掛かった砂に覆われ、今や木どころか草すら生えていない不毛の地だ。
砂漠化した原因は人間の森林伐採や環境負荷を無視した農業、人間が排出した二酸化炭素など温室効果ガスによる温暖化、それらによる気候変動で降水量が減少した事と考えられている。複雑に要因が絡んでおり、尚且つどれも世界中で、人間の活動により引き起こされている問題だ。故に今後世界の環境がどう推移するのか、異常気象を避けるために人間はどうすればいいのか……調査すれば様々な情報を得られると期待されていた。
そんな砂漠のど真ん中に、半径数百メートルの草原が出来ていた。
草原を形成していたのは、小さな草本性植物。タンポポのように根本から葉を生やし、高く伸びるための茎はない。葉は数ミリほどの厚みを持ち、所謂多肉植物に分類される形態だ。大きさは最大でも十センチ程度で、棘などは見られない。
砂漠環境に適応した新種、或いは変異種だろうか。これもまた気候変動を知る手掛かりになるかも知れないと、調査隊は写真の撮影及び少数の株を採取。彼等は気候の専門家だったので詳しい事は分からず、採取したサンプルは植物の専門機関に送られた。
幸いこの植物は適応力と生命力に優れ、栽培と研究は容易に進んだ。分類も、砂漠化する以前の草原に生息していた種、そこから派生した亜種であり、全く未知の種ではないと判明する。確かに乾燥に強い種ではあるが……あくまでも草原の植物としては、である。数百年前よりも遥かに乾燥した砂漠で、草原を作るほど大繁殖した理由は不明。謎を解き明かすべく、引き続き研究は行われた。
そして数年後、その植物が砂漠に適応出来た理由が明らかとなった。
なったが、当初科学者達は誰もが唖然とした。発表は躊躇われ、研究機関は議論が紛糾。更に数年もの追試を行い、それでも否定出来ないからと、渋々認められた。これほどまでに驚異的な――――既知の科学を覆す性質が明らかとなった。
それは無から水を生み出す事。
この世の物質は、無から生まれない。何かが消えたように見えても、それは形を変えただけで変わらず存在している。0が1になる事は、決してあり得ない。一見質量が増えたように見えても、それはエネルギーや周りの物質を吸収しただけに過ぎない。
質量保存の法則……現代科学の根幹とも言える理論を覆す驚愕の性質は、ついに論文として発表された。発表された論文は誰もが読む事が出来、故に最初は誰もが否定した。質量保存の法則が、ただの化学反応の集まりである生命活動によって崩れては科学が殆ど成り立たなくなってしまう。そんな馬鹿げた結論が成立する訳もないし、成立してはならない。
しかし検証すればするほど、論文の正しさは証明されていく。
似非科学だと公然と批難してから意気揚々と検証のための科学実験を行い、論文通りの結果を幾度となく得て発狂した科学者もいた。否定のために何十年も費やし、その全てが無駄と理解して自殺した科学者もいた。
論文は全くの無謬ではなく、問題点が指摘される事も幾つかあった。だが「それ見た事か」と問題点を修正して実験すれば、より確度の高い結果、つまりより正しく「無から水が生じている」という結果が得られてしまう。論文の問題点を指摘した科学者が、何故か反科学的思想の持ち主として批判される事もあった。それほど混乱が科学の世界を覆ったのだ。
混乱は百年以上続いた。全ての科学の根幹である『質量保存の法則』を揺るがす発見により、物理学や量子力学、科学や生物学に少なからず停滞をもたらした。直接的ではないが、人命を奪う結果さえ引き起こした。偉大で常識的な先人が、過去に固執する老害と扱き下ろされた。数多の犠牲を経て、ようやく人間はこの植物の能力……無から水を生み出す力を認める。
それが幾度となく起きた人類文明の、そして過去に例のないほど大きな飛躍の始まりだった。




