表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吾輩は蜘蛛の糸失格料理店  作者: ひなた
死屍を食う男 葉山嘉樹
7/41

死屍を食う男 3


 授業中なのだろう。寮の方に人はいなかった。どうして門に鍵をかけていないのかというところである。セキュリティーがかなり甘い学校なのだろうか。

「人数のわりに部屋の数が多いものだから、上の階は自習室になっているそうよ。どうせ誰も使っていない部屋に侵入するつもりではあるけど、まずは自習室の方に行くとしようかしら。山の上にある学校だから、きっと上の階の方が景色もいいでしょうし」

 ナーシャはこの学校の造りも熟知しているのか、慣れた様子で階段を上っていった。廊下を歩いている時点で少し古いお洒落な洋館だとは思っていたものだが、部屋に入ると家具まで西洋風に整えられていて部屋の中までが広くて、高級感のあるお洒落な部屋で素敵だとも思うのだけれど……それよりも寂しかった。これだけ広い部屋ならば、さすがに二人では寂しいかもしれない。

 窓の外には松林が見えた。その奥に見える五重の塔に太陽の光が重なっていて、窓を挟んだヨーロッパ風と日本古風とのコントラストがなんともいえない情緒を漂わせている。

「どの部屋から見ても景色はほとんど同じよ。だから深谷さんと安岡さんもこの景色を見ていたのでしょうね。あなたも感じているようだけれど、ほら、二人では寂しすぎるこの部屋でしょ? けれどお二人ともその寂しさを口に出すような人ではなかったというか、そういうお年頃じゃないってところね。それに深谷さんに関しては、かえって一人でいたいくらいのタイプの人だったみたいよ。出来ることなら、この建物全体にたった一人でいたがっていたくらい。いつも学校で一人でいたあなたには深谷さんの気持ちもまたわかるのかしら?」

 いつも一人でいたというのはどうにも不服だし何も好きで一人でいたわけではないのだけれど、それはそれで悔しいので絶対に言うことは出来ない。口に出さなくても彼女には知られてしまう彼女にはわかってしまうのだとはわかっていても、自分で口にするのは絶対に嫌だった。

「人間嫌いで人を避け、一人で秘密を味わおうというような人。そして同じ部屋にいるのだから、安岡さんも深谷さんのそういうところを感じてはいたみたいね。ただでさえこう寂しいようなだだっ広い部屋だというのに、一緒になった人がそんなタイプだったわけだから、安岡さんはどうにも寂しかったでしょうね。心細かったことでしょうね。一学期半辛抱すれば華やかな東京に出られると、自分を励ましながら過ごしていたのだそうよ」

 ナーシャが話している安岡さんという人の気持ちになってみれば、それは確かに寂しさに潰れてしまいそうなものだった。こうも広い部屋なら寮とは思えないほどプライバシーは守られているかもしれないけれど、同じ部屋の人がいるのだとしたら、その人が話そうとしてくれないままだと気まずさと寂しさでやられるに違いない。一度その人がどういった人だか理解した上での会話のなさだったら、そこにいないものとして慣れて行けるのかもしれない。けれどどういう人だかわからない、話そうともしてくれないなのでは、同じ部屋にいることへの不安さえ感じることだろう。そして何より、何よりも、気まずいだろうな。

 こんな山奥の学校から東京の学校にということは、更なる強豪に行くというようなことなのだろうか。ここがどこなのかはわからないが、五重の塔が見えたということは関西の方か。地方で更に田舎の方なのだったら、上京することへの希望といったらないだろうね。それから東京へ行けるとなったら、一学期半くらいの我慢は出来るかもしれない。


 何も言わずにナーシャは部屋を出て、下の階へと降りていく。下の部屋は寝室だと言っていたように、次にナーシャが入っていった部屋には二つの二段ベッドがあった。

「今日がいつだかはわかる?」

「え、えっと、五月の二十八、九日くらい。ごめん、カレンダーあまり気にしてなくて」

 いきなり質問をされたものだから、動揺して思わず謝ってしまった。かかっているカレンダーを見るように彼女に指差される。そのままの服装で暑くも寒くもなかったわけだけれど、季節はほぼ真逆の十月を示している。もう過ぎた日にはバツを書き入れているということだとすると、バツ印によれば今日は十月二十三日らしい。

「冷房だとかもないものだから、暑くってならないような夏の日には水の中に入るようなこともあるわ。プールの代わりに、あの湖にね。けれど不思議なことに先週、水に入らなければしのげないというような暑さでもないのに、野球部員たちがあの湖で泳いでいたそうよ。夕方までグラウンドで練習していたものだから、泥と汗とを洗い流したかったのかしら。それとも泳ぎ自慢かしら。本当に不思議ね」

 毎年死者が出ているというのに、暑いからといってよくそんな湖に入っていくものだ。溺死するのは泳ぎが下手だから、自分は大丈夫だとか思っているようなことなのだろうか。そうなったら呪いがどうのではなく、止めない学校が悪いのと湖に入る生徒の自業自得だ。泳ぎ自慢だなんて、馬鹿な中学生丸出しだ。

「その中の一人が、上手く水中に潜って見せたのだそうだけれど、上手く水上に浮かび上がりはしなかったのだそうでね。あんまりに潜っている時間が長かったもので、賞賛や羨望の声が恐怖の叫びに変っていく。遂に一人が溺死してしまったの。それでも湖は底もなく、澄みわたった空を映す。魔の色を、ますます濃くしていく」

 臨場感のあるナーシャの語りのせいで、俺はまたあの湖にいるような気分になってしまった。本当はこの建物にだって来たくはなかったのに、ナーシャが行ってしまったからというのともう一つの理由、あの湖にもういたくないという理由もあって俺は入ってきたのだ。それなのに、むしろその場におらず記憶に焼け付いているからこそ湖のことが気になってならなかった。

「あなたは気付いたかしら。私たちが湖を見に行った場所、その反対側には、屠殺場というのがあったのよ。牛や豚を殺すところのことね」

 墓に夢中になっていたけれど、牛や豚を殺すところ? 湖の向こうに何かがあるのは見えていたけれど、何かわからなかったし、俺はそれよりも不気味な空気に呑まれてしまっていてそれほど気にはしていなかった。あそこで動物を殺していた。そうなったら、もしかしたら、あの墓は生徒の墓ではなかったのかもしれないという希望が持てる。溺死の噂を聞いてしまっていたからどれだけの生徒が溺死しているのかと想像してしまったが、動物を殺しはするけれど、ちゃんとそれぞれの墓を立ててくれるようなことであの状態だっただけなのかもしれない。

「あそこで殺されている牛の祟りがあの湖があるのだろうと、学校内はそんな噂で持ち切りよ。先週溺死したその生徒は、自分を殺した湖の蒼黒い湖面を見下ろすあの墓地に、永劫に眠ることとなったわ。彼の墓には白い旗が彼の生前を思わせる応援旗のようにはためいているわ」

 一筋見えた僕の希望は打ち砕かれた。やはりあの墓は生徒の墓であった。そしてあの白い旗、気にも留めていなかったけれど、あれはつい一週間前に亡くなった中学生の墓の証だったということなのか。

「安岡さんはそのことがあってからますます寂しさを感じるようになっているみたいね。これだけ部屋が広すぎるんだもの」

 そのとき、彼女の言葉を打ち消すように鐘の音が鳴り響いた。

「ひぁっ!」

 突然の音に大きな声を上げてしまって、慌てて自分で口を押さえた。寺とか神社があるとナーシャは言っていたから、鐘が聞こえてきてもおかしくはないが、タイミングがよくない。

「ふふっ、ただの寺の鐘よ?」

「わかってるって!」

「こういうような状態は安岡さんを神経衰弱に陥れ、睡眠を妨げるほどになったわ。彼とベッドを並べて眠る深谷さんは、それでもまるで興味がないような様子なの。深谷さんは青白くて胸が薄く、頭が大きいのに首筋の小さいひょろひょろとした人であるから、どちらかといえば彼の方が先に神経衰弱になりそうなところ。何もないときだって考え込んでばかりいて、影が薄い印象を与えていた。その上、普段は臆病そうに見えるくらいなの。まあ完全にあなたと同じこと、共感の出来ることでしょう」

 ナーシャは俺のことを何だと思っているのか、それでも言い返せない。彼女の言うように家に引き籠もってばかりの俺は日焼けをしていないし痩せている方だと思う。影が薄いことくらい自分でもわかっている。いつどんなときだって新しい小説を生み出すためのヒントを探して、アイディアを求めて考えている。臆病ではないつもりだけれど、それも今回のことで主張を出来そうになくなってしまった。

「それでもね、深谷さんはベッドに入るとすぐに眠った。安岡さんも十一時にもなれば眠れるわけなのだけれど、深谷さんがぐうぐうと眠るものだから腹も立つというものね」

 でも神経衰弱で睡眠を妨げられた上で十一時になれば眠れるということは、元々は何時に眠っていて、何時にベッドに入っているのだろう。


 こんな話ばかりを聞いていると、この部屋にいることだって恐ろしくなってくる。湖にいたときもそうだったけれど、想像してしまうとゾッとするもので、俺は事故物件には絶対に住めないだろうと感じる。霊感などがあるわけではないのに、そう思うと肝試しとかも俺は駄目なんだろうな。

「あ、あれ? この部屋って、空き部屋なんだよな」

「ええ、そうよ」

「空き部屋なんだったら、誰がカレンダーを捲って誰がカレンダーにバツ印を書き入れているんだ」

「悪くない推理ね。この部屋は空き部屋、今は、って言ったらどう?」

 嬉しそうな笑顔をナーシャは向けてくれる。可愛い。可愛い。可愛い。彼女の可愛らしさを再確認させられることになる。可愛い。本当に彼女は俺の好みの美少女なんだ。可愛い。恐怖なんて吹き飛ぶくらいに可愛い。

 ナーシャの可愛さに悶えていたところで、俺は部屋に転がっている野球のグローブに気が付いた。野球、野球……。先週湖の中に入っていったのは野球部、つまり溺死した生徒も野球部。ナーシャが「今は」というのを強調したということは、少し前までここは空き部屋ではなかったということではないのか。

「今日は十月二十三日ではなくて」

「ご名答。ちょうどその一週間後、十月三十日よ」

 血の気が引いた。ここは、今俺たちがいるこの部屋は、つい一週間前にあの湖で溺死した生徒の部屋なのだ。

 いつの間に時間が経っていたのか、そもそも俺たちがここに来たときには何時だったのか、窓から赤い光が注いできている。それさえ不気味なものに思えて、これから夜になるというのも怖ろしいことに感じられて、違う世界に連れて行ってもらいたいと思うほどだった。魔法も何もないけど幽霊だけがいるような異世界を、どうして最初に選んだのだろう。

「どうしてって、面白いことを経験させてあげようと思ったのだと最初に言ったでしょう? スリルを感じているのではないかしら? あなたが心霊系が苦手なのだったらさすがに場所を変えるけれども、こんなに怖がりだなんて知らなかったのだもの。ごめんなさいね」

 俺が口に出していないのにわざわざ答えてくれて、わざわざ謝ってくれるナーシャは本当に意地が悪い。何も俺は怖がりな方ではないはずだし、強がりではなく心霊映像は大丈夫なんだけれど、実際に人が亡くなっているとなると……。

「あなたは小説の中でクラスメイトを呆気なく殺したわね。何人あなたは殺してきたの? クラスメイトを殺すことによって、あなたにとって教室は大量殺人の現場になった? 人が亡くなっているところとして感じられた?」

「それは……。だってそれは小説の中の話だから、だってプロが作っている作品を見たって、舞台になっている場所はどうこうと感じられないから、そうなったらやっぱりほら、本物ってわけが違うわけじゃん」

 肝試しや事故物件が無理だと言っているのであって、どれだけよく出来ているものでもどれだけ評判のいいものでも、面白いとなるだけで実際に映画が終わった後に怖くなるようなことはない。ましてホラーでもないのに人が死んだだけでそうなるとなったら、ゾンビゲームなんてやった日には外を歩けなくなるというものだ。

「そうやって自分を守ってきたのね。見事な手腕じゃないの」

「……」

「あら、何も言い返してこないの?」

「……」

「まあいいわ。それより今日はどうする? このままこの部屋にいる? それとも安岡さんと深谷さんの部屋へ行ってみようかしら? その臆病さまで随分と共感することが出来ているようだから、あなたを安岡さんにしてあげてもよいのだけれど」

 この部屋にいるのはあまりに恐ろしい。けれど俺を安岡さんにするというナーシャの言葉の意味はわからない。もうここを出たいという、ただそれだけが俺の思いだった。出来ることなら別の異世界に連れて行ってもらいたい。

「わがままばかり言うものではないわ。異世界へ行きたいと言っていたからせっかく非日常を感じさせてあげようと、スリルのある場所へと連れてきてあげたのに、もっと別のところへ連れて行けだなんて。いくらなんでもわがままが過ぎるってものじゃないの」

 それからナーシャはにっこりと笑った。完璧で愛らしい笑顔なのに、ここまできたら俺は悪意しか感じられないところまで来てしまっていた。

「想像力が不足しているようだから、だからあなたはわかっていないのかも。ちゃんと登場人物の気持ちの理解が出来るように、やっぱり本人になってもらった方がいいかしら」

 ナイスアイディアというように手を叩いて、ナーシャは小さな手で俺の手を握った。不意にそういうことされるとどきりとしてしまうから止めてもらいたい。想像力が不足しているだなんて悪口を言われた上に、頼んでもいないのにこのままだと登場人物、つまりおそらくこの学校の生徒にされる。流れからすると、安岡さんか深谷さんのどちらかだろう。

「なんで絞れないのよ。安岡さんに決まっているでしょうが。さっきの話ちゃんと聞いていなかったわけ?」

「聞いてただろ」

「ちゃんと聞いていた、あるいはちゃんと聞いていたつもりでいて、その二択から絞れなかったわけね。だとしたらもっと問題だわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ