普通の高校生だった俺に突然美少女すぎる妹ができて、妹のために異世界で無双することになった件 1
ヤバい。あのナーシャがヤバいと言うしかないくらいに今はヤバいのだ。
「今の私には世界を渡る力などないのだし、この物語はここでもう完結してしまっているのだから、これからどうなってしまうのか私にもわからないわ。けれど私はあなたを信じているわ。あなたを、信じてる」
力強く言い切ったナーシャは、俺の手を握って歩き出した。ナーシャが信じてくれているのだ。手を握る力がどんどん強くなっていくのは、ナーシャの不安を映しているのだろう。それなら俺はナーシャが安心できるくらい、信じているなんて言わなくても信じられるくらい、頼りになる男にならなくちゃ。
眼鏡をキリッと直して、ナーシャはこっそりと歩いて行く。こっそりこそこそと、そのまま俺たちは人が集まっている教室に忍び込んだ。全く知らない学校のはずなのに、教室は俺のよく知るものだった。
「何これ、どういう意味。また世界が変わったということなのかしら」
戸惑いながらも席に着くと、隣の席に座った女子が話しかけてきた。女子に話しかけられるなんて、俺もリア充の仲間入りというわけか。
「ねえ、あなたの考えが読めないの。何も考えていないの? ねえ、こんなところで何も考えずにボーっとするはずはないわよね。これは本当に不味いかもしれないわ」
その女子は必死に語りかけてくるのだけれど、何を言っているのか全く意味がわからない。まず彼女がだれなのか俺にはわからない。しかしまさか本人に直接はっきりと名前を聞くだなんてことはできるはずもないのだから、なんとかそれとなく聞き出さなくてはならないわけだが、そんなコミュ力があるなら伊達にコミュ障していないわけで、プロのぼっちたる俺にそんな爆発系リア充みたいなトーク力は存在しなくて。頭の中の文章でさえ終着地点は見当たらなかった。
それにしてもこの子、本当に俺のクラス、俺の隣の席の女子なのだろうか。可愛すぎる。三次元でこんなに可愛らしい女の子が存在するなんて思いもしなかった。こんなに可愛い子が俺の隣にいてくれたこと、どうして俺は今まで気が付かなかったのだろう。
「らしくない難しい顔をしておいて、それで何も考えていないってわけ? どうして無視するのよ。考えを読まれるのが嫌にしても、会話はしてくれたっていいじゃない」
せっかく美少女が俺に話しかけてくれている、俺にもモテ期がやってきたと思ったのに、コミュ障過ぎて言葉が出てこない。どうにか「あっ」と声が出たような出てないようなくらいの勇気を振り絞ったところで、教室の外からピカ―っと強い光が入り込んできた。太陽光とかじゃない。いきなり、めちゃくちゃ強い光が入って来たのだ。
もしかしたら、今の俺があまりにもリア充だから爆発するのかもしれない。リア充は爆発するべきものだし、こんな美少女とこうしていちゃついちゃっているんだから、受け入れるしかないか。
「うわあああああ!!!!」
周りが見えなくなるくらいの強い光だった。元に戻って教室の中が見えるようになったら、なんとそれまでいたはずの人たちが全員倒れていた。死んでいるに違いなかった。血が流れているとかではないけれど、死んでいる、直感的にそうとわかった。さっき俺は大声で悲鳴を上げてしまったわけだが、だれかが駆けつけてくれることはない。もしかしたら隣の教室にいた人たちとかも死んだのかもしれない。
でもそれならどうして俺だけが助かったのだろう。俺だって完全にリア充だったし、爆発してもおかしくなかった。俺だけが世界を救うチートステータスの主人公ということなのだろうか。
「おにいちゃん、きてくれたんだね!」
整理できるはずのない状況を働かない頭で必死に考えていたところで、目の前に最高に可愛いロリが現れた。それはまるで俺が書いた小説に登場する、ナーシャみたいな。
「なぁにゃはおにいちゃんのことを待ってたんだよ」
「ナーシャ、ナーシャなのか!?」
意味がわからない。俺は自分が書いた名作小説の主人公になってしまったということなのだろうか。しかしまだ書き始めたばかりでストーリーがどう進んでいくのかもまだ決まっていなくて、そうなったら俺が主人公として動いていくしかないということになるのか。
「おにいちゃん、なぁにゃのこと覚えててくれたんだね」
もし俺が主人公になったのだとしたら、俺には異世界で無双できるだけの力があることになる。今のところ何もわからないし、自分が何か変わったという気もしないけれど、他が全員死んだのに俺だけが生きているということが俺が強くなった証拠だろう。
『ニートの俺が異世界転生で史上最強になって、ラブコメ青春を謳歌して人生勝ち組な件』の方だったらよかったのに、この『普通の高校生だった俺に突然美少女すぎる妹ができて、妹のために異世界で無双することになった件』はまだ一話しか書けていない。ナーシャが登場するところまではいいが、その先で何が起こるかは作者である俺にもわからない。作者にもわからないということは、存在しないということではないのか。
「ロストローズ共和国に帰ろっ」
にっこりとナーシャは笑いかけてくる。こんなにも可愛らしいロリに甘えられたら主人公なら、俺ならデレデレと鼻の下を伸ばしてしまうに決まっている。しかし何か違和感があって、俺はこの美幼女の手を掴むことができなかった。もちろん自分が書いている物語に登場する、最高に愛らしい理想的なヒロインが目の前に現れてくれたのだ。違和感どころではなくありえないことだし、舞い上がってしまうことでもある。
それでも俺はナーシャの手を掴めない。こんなことが起こるのはおかしい。異世界転生なんてありえない。信じられない。それにしてもナーシャがここにいる。リア充たちは死んだ。それなら俺は幸せ以外の感情を持っているのは、おかしいじゃないか。
「どうしたの、おにいちゃん」
この物語に続きはない。この手を掴んでしまったら、いかに俺が最強のチート勇者だったとしても、何が起こってどうなってしまうのかわからない。絶対的な無理ゲーに仕組まれてしまっているかもしれない。俺が思っている通りなら、主人公が最強の力でどんどん敵を倒していって、国を救ってみんなに感謝されてハーレムになる。でも俺がその主人公になって、本当にその展開が待っているかはわからない。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
勝手に異世界転生してしまって、もう帰る手段もないというなら開き直って異世界で生きていけるのかもしれない。ここで手を掴んで、自分で選ばなければならないというのだから怖くなってしまって仕方がない。本当は選択肢なんてない。掴まないでいても、ずっとここで立っているだけだ。ロストローズ共和国行きの時間が少し遅くなるだけ。テレビとかでよく見るバンジージャンプと同じだ。自分でタイミングを選べるって、そんな怖いことがあっていいはずがない。
「ごめん、ナーシャ。ナーシャだよな」
そもそも主人公はナーシャのことを覚えていなかった。俺がナーシャの名前を呼んでしまった時点で俺が思っている小説の展開とは違う。それでもこうしてナーシャは俺に手を差し出してくれるのだから、この先で何が待っているかは俺にもわからないということなのだ。
「ナーシャ?」
「どうしたのおにいちゃん。ほら、早く行こうよ」
何かが違う。どこかおかしい。想像していた通りのナーシャのはずなのに、どうしても違和感がある。
「騙されないで。アナスタシアはここよ!」
どこかから聞こえてくる叫び声に、一瞬ナーシャが怖い顔をした。こんな愛らしいロリのものだとは思えない、恐ろしく冷たい顔。
「急がないと敵がここにも攻めてきちゃうよ。おにいちゃん、早く早く」
どんどんナーシャが俺を急がせてくる。焦る。怖い。急かされるとすぐにでも手を掴んでしまいそうになるが、だからこそこの美幼女が怪しく思えて仕方なくもなる。こんなに可愛いのに。こんなに可愛い子が、悪巧みをするようなことがあるはずもないのに。
「本当にナーシャなの?」
「どうしたんですしつこいですね、そうだって言ってるじゃないですか!」
また教室の中に強い光が入ってくる。何も見えないくらいの光に覆われて、だけど目の前にナーシャが立っているだけ、それは変わっていないようだった。リア充たちは死んでいるまま、ナーシャだけが俺の前に立っている。ナーシャ、だけが。
「あなた、私が思っているよりもずっと私のこと好きね」
ナーシャしかいないことは変わらないのだが、なぜだかナーシャが二人になっていた。俺にはさっぱり意味がわからない。完全に謎展開である。




