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吾輩は蜘蛛の糸失格料理店  作者: ひなた
勉強記  坂口安吾
35/41

勉強記 3


 電車に揺られていく。結局、ナーシャと話すことが楽しくなっちゃって、大事そうなことは何も話すことができなかった。楽しもうと思ったら楽しめないし、ちゃんとした話をしようと思ったらちゃんと話せない。難しい。

「ままならないものね」

 困り笑顔でナーシャは電車を降りていく。何か呟いた言葉は、はっきり聞き取れたはずなのに何を言っているのかさっぱりわからない。ままがどうのと言われても、ナーシャのママについてはそこまで設定をちゃんと考えていないはずだ。どこかで登場させるつもりはないでもなかったが、そうやってナーシャ側から言われてしまうとどうしようもない。

「このやり取り前にもやったことがあるような気がするくらいね。あなたが言葉を知らないにも程があるものだから、もう何を知らないのかも覚えていられないわ」

 すごくナーシャは記憶力が最強であるようなふりして、そんなナーシャでも覚えていられないなんて、褒められていると思って大丈夫なのだろうか。大丈夫じゃないだろう、それくらいはわかっている。自己完結を決めたところで、これもナーシャに聞かれているんだと少し恥ずかしくなる。

「私のおかげだったら嬉しいのだけど、最近はちゃんと成長してきたわよね。とんでもない解釈をすることはやはり多いにしても、認めざるを得ないくらいにあなたは成長しているわよ。間違えなくあなたは成長している。そう、あなたは前に進んでいる。私たちは前に進んでいるはずなの」

 首を傾げながらナーシャは歩いて行く。流れとか目的地とかナーシャもあんまりわかっていないようだったし、もしかしたら、行き先を決めたはいいけど道に迷ってしまったとかかもしれない。彼女は優しいから、俺を不安にさせないように迷子のことは隠すだろう。


 暫く歩いてから、俺たちがやって来たのは謎の建物だった。どういうわけなのかナーシャは眼鏡をかけて、そのまた違う可愛らしさのギャップに見惚れていたところで、俺もまた眼鏡をかけられた。

「ここは学校なのだけど、だれかに乗り移るようなことではなく、私たちは私たちとして行動することになるわ。物語への入り込みとしては弱まるかもしれない。でも今のあなたならば十分に受け入れられると思うし、馴染むこともできると思う。あなたの力で。私の力が存分に使えないせいで、不甲斐ないわ。目立たないようにしていればある程度の安全は得られるでしょうし、今は潜むしかないのでしょう」

 ここにいるだれかが俺たちの顔を知っているわけでもないだろうに、変装にしてもなぜナーシャは眼鏡をかけてきたのだろう。顔を見られないように、地味さを出すように眼鏡というだけのことだろうか。どう考えてもナーシャの可愛さは眼鏡じゃ隠れない。それどころかまた別の魅力で魅せてしまっている。

 地味眼鏡キャラだけど、実は眼鏡を取ったらめっちゃくちゃ美少女っていうのがあるけど、本当に可愛かったら眼鏡をしても魅力は増す。可愛さが溢れるはずだ。眼鏡なしももちろん可愛いし、眼鏡ありも違う方向性で可愛い。可愛い。絶対に可愛い。


「でれでれした顔は止めなさい。あんまり物事を考え込んでいるような顔をしていると、どうにも好まれないのだから問題なのだけれど、あなたの場合は少しは考えているふりでもしていた方がよさそうね。適当に賢そうな顔でもしていたらいいわ。あなたの場合、わざとらしくなってやっとちょうどいいくらいよ」

「どう見ても子どもだし格好も格好だし、表情とかそういう問題じゃなくナーシャは目立っちゃいそうだけど。なんか、そんなに注目されてないね。たぶん高校とか大学とかでしょここ。でれでれしてたってことは否定できないけど、でも絶対、遠くから見たってナーシャの方が浮いてると思う」


 学校なんて楽しくないし好きじゃないけど、馬鹿みたいにぎゃあぎゃあ騒ぐリア充たちはいるものだ。そういうものだろうに、この学校は、すれ違う人、追い抜く人、だれもがみんな楽しくなさそうな顔をしていた。ぼっちというような感じではなく、もう完全に死んでる耐えてるそんな感じだった。

 校舎に着くと、授業の声が各教室から聞こえてくる。しかし不思議なことに、先生たちのその声さえもつまらなそうで面倒そうで、教室の中を覗いてみるとそこにはだれもいないようなこともあった。生徒が一人もいないのに、先生は一人でただ何かに向かって授業をしているのである。

 授業を受けるのはめんどくさい。学校に行きたくないと思う日はある。だけどこんだけ登校する人が少ないってことは、もしかしたらここは不良学校なのかもしれない。先生たちもそういうのを止めるんじゃなくて、諦めているような学校ということか。それなら先生たちも疲れていそうなのは納得だ。登校しているのは、数少ない真面目な生徒ということなのか。

「使っていない教室に入るとしましょうか。踊らされているのか隠せているのかわからないけれど、とりあえず私の力が回復するまでは、あいつが来ないことを願うしかないわね。あいつの正体がわかるまでは逃げ続けて、私の方が上だとわからせてやるわ。私たちの物語において、私もあなたも望まないような存在が、登場できるはずがないんだもの」

 二人でだれもいない教室の中、教卓の奥に座って隠れた。電気は点けていない。閉まったカーテンから差し込む太陽光だけの少し暗い教室で、二人で一緒にかくれんぼ。青春アニメみたいな展開に、もしかしたら俺もリア充になってしまっているのかもしれないと思った。なんならこの学校で一番のリア充は俺かもしれない。


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