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吾輩は蜘蛛の糸失格料理店  作者: ひなた
蝋人形 小川未明
31/41

蝋人形 3


 怒鳴られタイムが終わって牢屋に戻されたから、それは俺が勇気を出した成果ってことなのだろうか。そういえば後で取り調べって言ったけど、それは俺たちのために取り調べをしてくれるってことだよな。別に俺としては取り調べしてほしいとは思っていないのに。あそこから抜け出せたからそれはいいんだけど、もう呼び出さないでほしい。

「大丈夫だった? 怪我とかはしていない?」

 二人きりになると、いきなりあまりにも静かになったせいで耳が痛かった。たぶん元々耳も頭も痛くなってて、今それに気付いたというだけなんだと思う。もうナーシャと二人きりで、心配してくれている可愛いナーシャの可愛い声があるだけなのに、まだ怒鳴られているような感覚がある。

「あんなことになってしまったのも私のせいなの。ごめんなさい、どの小説に行くか選ぶような余裕もなかったもので、とにかく私のフィールドに持ち込もうとした結果がこれよ。それに、世界の変化を確めるために、私の能力がどこまで及んでいるか測るために、私はあなたが怯えていることを知りながらそのままでいた。あなたの痛みを知りながら、私は無視し続けていた。あなたの優しさも臆病さも、伝わっていたのに」

 ナーシャの言葉の意味がわからなくて彼女の方を見たら、なぜだかナーシャが歪んで見えた。ぐにゃぐにゃして、なんだっけ、あの、何かみたいだった。


 プッと吹き出して、いきなりナーシャは笑い出した。何が面白いのか笑っていた。その笑い声が可愛くて明るくて、ちょっとずつ俺も笑顔になるような気がした。

「ふっふふ、ダリ、もう忘れちゃった? でも今回のは違うわ。あなたが泣いているから、それでちょっと滲んで見えるだけでしょ? あのときと今とで、どうして同じ表現ができると思ったのよ」

 泣いているなんて、俺が泣いているわけなんてない。泣いているとしたら、ナーシャの可愛さに感動したからだ。そうだ。ナーシャの笑い声があまりにも可愛らしくて、それに感動して、だから今、たった今、俺の目から涙が出てきた。今まで堪えていたとかそういうわけではなく、今、ナーシャの可愛さに感動してのことだ。

「っはああああああぁぁぁぁあああ、困ったわね」

 さっきまで笑っていたというのに、必殺技でも使うんじゃないかというくらいの溜め息をして、ナーシャは頭を抱え出した。ふざけて笑っている場合じゃないのだろう。そんなの俺にだってわかるのだから、まさかナーシャが呑気に笑っているわけがない。ナーシャは天才だから俺がやばいと思っても気にしないということもあるのかもしれないけど、今回はどう見たってそんな場合じゃない。だからナーシャがこうして大きすぎる溜め息を吐くのも、当たり前のことなのだろう。


「駄目なの。取り調べと言っていたでしょ? そこでまたあなたのことを嫌な気持ちにさせてしまうの。わかっている。何を言われるかまではわからないけれど、あの人が私たちの味方ではないということだけはわかるから、駄目なの」

 ナーシャの「駄目なの」はめっっっっっっったくっったに可愛すぎて全部が吹き飛ぶかと思ったけど、今に関してはそういう場合じゃない。とりあえず今の俺にできるのは、あまりナーシャに心配させないということだろうか。ナーシャはこんなにも可愛くて、いろいろと悩んでいるんだから、力になれないにしても邪魔だけはしてはいけない。

 助けを求めたあの人は俺たちの味方ではないから、こうしてナーシャは困ってしまっているのか。そうなったら俺のせいってことなのか。俺のせいってことなのか。ネガティブな方じゃないしネガティブにもなりたくないけど、俺のせいでナーシャが困ってしまっているのかもしれないって考えたらそれはどうしようもなくて、違うと思ってもそれが頭から離れなかった。

「ごめん、ナーシャに聞こえちゃってるのに、こういうのも負担だよね」

「気なんか遣わないでちょうだいよ。察しが悪くていつも的外れで勘違い野郎のくせに、そういうところ……嫌いよ」


 これは完全にツンデレだな。可愛い可愛いツンデレをされちゃったな。いつもナーシャはツンデレ気味だけど、こんなにも可愛いツンデレはなかった。いつも可愛いには決まっているけど、本気で可愛い。

「物語の流れに抗うとしましょうか。やはりあなたが私のために全力でやってくれている中で、私だけがいつまでも涼しい顔をしているわけにはいかないわね。いくら私が平気なふりをしても状況は変わらないのに、くだらない意地を張っていられないわ」

 そう言ってナーシャは俺を見た。その笑顔の愛らしさは世界が爆発してなくなったくらいの衝撃を俺に与えた。あまりにも可愛いものだから、宇宙が消えてなくなったんじゃないかってくらいだった。

「あら、例えを使えるようになったのね。どうお世辞を言おうとしても上手いとは言えないけれど、少しばかり甘やかしすぎかしら、たったこれだけのことであなたを褒めてあげたくなっちゃうの」

 いつも褒めているのか貶しているのかっていうような感じなのに、ツンデレなナーシャが俺のことをこうもしっかり褒めてくれるとは。元々天才ではあったけど、俺は成長し進化する天才だという証拠だな。それにしてもナーシャは可愛い。どこかのポイントで俺はナーシャに褒められるようなことをしたみたいだし、これからも頑張ろうっていくらでも思えてしまう。怖かった気持ちもなくなるくらいだ。

 まあ、それはさすがに無理なんだけど。不思議だな。こんなにナーシャが可愛かったらそれ以外のことはどうでもよくなりそうなところなのに、それで気にしない感じにしてもやっぱり怖いものは怖い。ナーシャは謝っていたからこれからもたぶん危険なことが起こるのだろうし、今までとは違ってナーシャも操作できるわけではない。つまり本当に危ないことになるということなんだ、本当に。物語の未来がナーシャにはもうわかっているようだけどそれもよくないものらしいし、結局どんなことになってしまうんだろうという不安は消えない。


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