わるい王さま(伝説) 1
空に飛び上がって、ナーシャと手を取り合って、天の川に吸い込まれた。久しぶりに帰ってきた、俺の部屋だった。前に俺の部屋が時空を超えるようなことを話していた気がするけれど、つまり俺の部屋が乗り物というようなことなのか?
「乗り物かぁ。ううん、まあ、それでも良いわ」
小説の中の世界を渡り歩いているとのことだけど、一旦は俺の部屋に帰らないと別の小説の世界には行けないということなのだろうか。そんなことはない気がする。でもそれだったら俺の部屋に帰るときと帰らないときの違いはどこにあるというのだろう。ナーシャは何も教えてくれない。俺には、考えたところでわかるはずがない。
「そうね、考えたところでわかりようもないわね。でも、それなのに考えるなんて、素晴らしいじゃないの」
ナーシャは俺のことを褒めてくれるけれど、答えをくれようとはしない。褒められたのは嬉しい。嬉しい、嬉しいには決まっている。けれど、それ以外のコメントがこうも何もないとは思わなかった。ナーシャが可愛い、こうも簡単にこの気持ちだけで埋まってしまうのは少し悔しくもある気がした。やっぱそんなことはない、嬉しい可愛い大好き。
可愛らしい顔でナーシャは俺を見ている。何かを言おうとしている様子もなく、何も感じられない表情で、ただ俺を見ている。デレデレしていた気持ちよりも、不思議に思う気持ちの方が大きくなるくらい、ナーシャはまっすぐな瞳で俺を見ていた。何も映さない瞳を俺に向けていた。
「ねえ、何かしている?」
暫くシーンとしていたが、やがてナーシャからそう質問してきた。俺は自分の部屋に美少女がいる状況を楽しみ寛いでいるだけで、何かをしているかと聞かれるようなことはしていないはずだ。何かとはどういう意味で、どういうつもりでそれを聞いているのだろう。
「……そうよね。あなたが何かをするわけがないし、あなたに何かができるはずもないわ」
「え、悪口?」
「いえ、そういうわけではないの。ちょっとだけ気になることがあるから、もう少しだけ、自分の部屋に美少女がいるという状況を楽しみ寛いでいてもらえるかしら」
全く焦りのようなものは見えないし、どう考えてもナーシャは冷静そのものだが、非常事態であることは間違いなさそうだった。相談されても俺にはナーシャが言うように何もできないけれど、こんな可愛らしい子に子どもをあやすような声をかけられてしまっては、悲しいし情けないと思う。それくらいの気持ちはあった。
でも俺には何もできない。魔法のような力を持った架空の存在であるナーシャにできないようなこと、俺じゃなくてもできないだろう。とはいえ、ナーシャは俺が創り出したナーシャ、それなら俺ならできるのではないか。
わからない。わからない。ナーシャに嫌な思いをさせたくなくて、無理に質問をすることは避けていたけれど、でもやっぱり何もわからないというのは、不安だ。それに、悲しい。ナーシャは俺に深く掘られたくなさそうだ。今回もこうして誤魔化しているのだから、俺はただ従うべきなのだろうか。
「ええ、従ってくれたらいいの。あなたはそれでいいの。優しさに逃げてもいいのよ。あなたの才能とやら、私が思い知らせてあげる、最初にそう言ったでしょう?」
そうだ、心でも言葉にしてしまったら、全てナーシャに聞こえてしまうんだった。隠しごとをしようというんじゃない。ちょっとくらい秘密があった方がかっこいいだろってのと、やっぱりさりげない優しさとかがいいのであって、そういうのが漏れるのは恥ずかしいだろってのと。
才能を思い知らせる、それはどういう意味なのだろうか。すぐにナーシャは悪口を言ってくる、それのことを言っているのだろうか。ナーシャのような天才中の天才であり、なんでも知っているチート存在のような子から見たら、俺の知識が足りないのは仕方がないことだ。妬みから変な言いがかりをつけてくるアンチと戦ってきた俺は、可愛いナーシャのツンデレで心が折れるはずがない。
というか、どうしてナーシャが俺の心を折りたいのか。妬み? いやナーシャは天才だし、そもそも俺が生み出した最高の美少女であるナーシャが俺の才能を妬む理由がない。もしかしてナーシャは俺が新たなヒロインを書くことを恐れているんじゃ……。たぶんそういうことだな。俺の一番はナーシャだけだし、ナーシャを越えるヒロインなんていくら俺でもこれから創れるとは思えない。それなのに不安になって嫉妬しちゃって、俺に会いに来ちゃった照れ隠しに俺を邪魔しようというのだ。可愛すぎる。
この旅の目的さえもわかっていない俺に、ナーシャが感じ取っている非常事態というのはわからない。彼女が何をどうしようと思っているのかもわからない俺が彼女を助けることなんて無理なんだ。さすがにこの状況で、部屋に美少女がいるという状況を楽しみながら寛いでいるというわけにはいかないだろう。
「そうよね、さすがのあなたでも厳しいわよね。ごめんなさいね。私にも何が起こっているのかわかっていないのよ」




