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吾輩は蜘蛛の糸失格料理店  作者: ひなた
眉かくしの霊 泉鏡花
17/41

眉かくしの霊 7


 いつの間にか俺は炬燵で眠ってしまっていた。うとうととしているところに風呂で香った匂いがどこかから流れてきて、俺は目を覚ました。

「目を開けないで。私の考えが甘すぎたようね」

 トンと聞き馴染みのない音がする。歩いているような服の音がする。目を瞑っているせいか音も香りも強く感じる。何か声が聞こえるような気がしたが、目を開けようとしたらナーシャに手で押さえられてしまった。見せないようにしているんだから見ない方がいいものだ。それだって気になるものは気になる。

「ここで寝ちゃっていいわよもう」

 ナーシャの囁きに包まれて俺は眠りに落ちていった。こんな状況ではあっても、炬燵で眠るのはやっぱり快適だった。


 炬燵ですっかり爆睡してしまったらしく、目覚めたときにはもう朝だった。隣でナーシャがまだ眠っているようである。泊まっている部屋には布団もあるのに、こんなところで寝てしまって旅館のスタッフには悪いしセキュリティーとかプライバシーとかアイデンティティーとかプライオリティーとかそういうのも問題だったろう。ましてこんな可愛い子がこんなところにいたら犯罪に巻き込まれてもおかしくない。

「おはよう。今日はもう発つとしましょう」

 起きてすぐにナーシャはそれだった。昨日のことが関係しているのか、急いでこの旅を終わらせたいらしい。俺はこの時間がずっと続けばいいと思っていたが、あれはどうにも不気味だったし、ナーシャが望んでいないのなら俺だって望まない。

「私、この世界を自由にできると自惚れてしまっていたのかもしれないわ。物語は知っている。ここでどんなことが起こるか、私は知っている。だからその道筋を変えることもできると思っていたの」

 山を下りながらナーシャは話し出す。

「ここならあなたを怖がらせることも、全て隠して楽しい旅行にすることもできると思ったわ。だからどこかであなたが私を納得させるまで、あなたを脅かしてやろうとしていたのよ。感情を揺さぶった方が、表現も少しはよくなるんじゃないかと思ってね。けれど世界は私の意思とは関係なく、あなたに正しい物語を見せようとする。汽車の中で、あなたに本を読ませてあげるわ」

 いくらナーシャでもなんでもできるわけではないということか。俺には彼女が何をしようとしていて、何に失敗して今どういう状況なのかわからないが、思い通りにいかなかったのだということはわかる。

「待ってなんでわからないのよ。かなり噛み砕いて説明したつもりなのだけれど」

「俺はナーシャみたいに心が読めるわけじゃないんだから仕方ないでしょ」

「私はちゃんと言葉で説明したわよ」


 まだ旅行の続きはあるのか、俺とナーシャは汽車に乗り込んだ。そこでナーシャは一冊の本を俺に渡してくる。本を読むのはあまり好きじゃないのだが、ナーシャが渡してくれたから開いてみれば、パラパラと捲っても絵が出てこない本だった。それに読もうとしても古典っぽくて意味不明だ。せめて日本語の本にしてくれないと、俺は才能はあるけど学校の勉強なんかはしていない。

「何を誇らしげに……。はぁ、仕方ないわね、私が授業してあげるからちゃんと聞きなさい。あなたは言ってもわからないと思ったら、経験させてわからせてやるだけなんだからね。私の期待、裏切るんじゃないわよ」

 しょうもない教師よりもナーシャの説明はわかりやすく、俺が天才なのもあってか古典でも意外とすらすらと読めた。不気味な気配を感じてはいたけれど、幽霊とか事件とかそういうのがあったとは。最高の旅館だと思っていただけに、こうして旅館を離れた後だからこそゾッとした。「私、綺麗?」の人と同じような感じなのかとも思うけど、いろんな難しい物語が重なってもっと怖いような気がする。美人の幽霊、ナーシャは俺に見せないようにしていたみたいだけど、それは俺を守ってくれたのか嫉妬してくれたのか。

「想像力や読解力が極端にないものだから、物語として聞く分にはあなたを怖がらせずに済みそうね。今回の旅行はあなたを楽しませることができた、のかしらね。でも甘やかすのはこれで終わり、覚悟していなさいよ」


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