死屍を食う男 6
次に目を覚ましたとき、俺は見慣れた俺の部屋のベッドにいた。
「おかえりなさい」
今度こそ夢オチだったのかとなりそうだったところで、夢では片付けさせまいとするような高い声が聞こえてくる。ナーシャだ。
「あなた、サイコパスキャラを演出するために、カニバリズムを書いたことがあったでしょ。近くで見てみて、どうだった?」
「かにば……りずむ……?」
「書いてんなら言葉くらい知っときなさいよ。人肉を食べることよ」
ナーシャは俺が書いた小説を全て知っているのだろうか。俺だって忘れていたけれど、言われてみたら人の肉を食べるクレイジーキャラを書いた覚えがある。美少女以外のキャラクターはいるだけだから記憶に残しておくほどでもないんだよね。
「そういえば、あの後、安岡さんと深谷さんはどうなったと思う?」
表情からしてナーシャは嫌味でも言ってくるのではないかと思ったところなのだけれど、意外にもシンプルな質問を投げて来た。
「俺が安岡さんになってしまっていたわけだけれど、深谷さんのあの行動を安岡さんも見ていたのか?」
「ん、そこはちゃんと気に出来るのね。きちんと安岡さんは安岡さんとして深谷さんのことを見ていたわ。授業もきちんと彼が聞いていたわ。だからそういったところをあなたが心配してくれなくても大丈夫よ」
安岡さんとして俺はあれを見せられていたが、というか見に行っていたが、安岡さん自身も安岡さんとして見せられていたのだというわけで。俺は安岡さんになっても俺として動いていたわけだけれど、それじゃあ安岡さんはどういう感覚でいたのだろうか。
「細かいところまで気にするんじゃないわよ。意味のわからないことがこんなに起きているのに、よくまあ気が回るものね。語彙力も想像力も知識もセンスも絶望的に終わっているのにさ。そういうの結構好きよ?」
せっかく好きと言ってくれているのに、その前の悪口がひどすぎて入ってこないの泣きたくなるから止めてもらいたい。このままナーシャと話していても俺の豆腐のメンタルが粉々に潰されるだけだから、それよりもナーシャの質問に答えよう。正解ならまたナーシャに褒めてもらえるかもしれない。
「でもあれからも深谷さんと同じ部屋で、二人きりで過ごすようなことなら、すっかり病んでしまうんじゃないかな。怖いに決まっているし、すぐに退学してでもあの部屋を出たんじゃないか?」
「そうね。あれから五日後から修学旅行だったのだけれど、あれっきり安岡さんは病気になってしまっていて、修学旅行に行かず療養のために故郷に帰ったそうよ。深谷さんはあのまま修学旅行へ行ったみたい」
「修学旅行で何かあったの?」
「あら、どうしてそう思ったの?」
嬉しそうにナーシャが聞き返してくる。修学旅行で何かあったというのは間違いなさそうだ。けれど疑問に思ったから尋ねているのにどうしても何もないのではないか。
「修学旅行で何かあったから修学旅行へ行ったと伝えるのでしょ。あなた小説とか読んだことないの?」
「馬鹿にすんなよ。小説は俺が書いてる」
「人が馬鹿にしているのだから、その下を行くのは止めてちょうだい。故郷に帰っていた安岡さんは、どんな医師の診断でも病名が判然せず、わからないまま病気は進行していく。遂には死の直前になってしまったところで安岡さんは親友に言ったわ、僕の病源は僕だけが知っているとね。それから切れ切れな言葉で彼は全てを語ったの。全てを語って、忌まわしいこの世に別れを告げた。ちょうど同じ時刻、安岡さんが最期の息を吐き出すというときに、旅行先で深谷さんは行方不明になったわ」
まだ中学生だというのに、安岡さんも深谷さんも二人とも死んでしまったというのか。安岡さんの場合は原因は鬱とかなのだろうか、それとも呪いなのか。深谷さんの場合は行方不明とはどういうわけなのだろう。
「数日後、深谷さんの死骸が渚に打ち上げられていた。その死体は、大理石のように半透明だったというわ」
心霊話の終わりによくあるようなゆっくりとした語り方でナーシャはまとめようとしていたけれど、やはり彼女の愛らしい声では怖さは出ない。ああいうのは薄い内容を怖いように感じさせる語りというものだろうに、文章で読んでもそれなりに怖いような内容のものを怖くないように感じさせるナーシャの語りはホラーとしては斬新だ。ホラーが苦手な人でもナーシャの読み聞かせならば平気なんじゃないかと思うくらいだ。
「私の語り、そんなに下手?」
「下手というのじゃなくて、可愛い」
「っもう、怖い話は当分やんない! 平凡な日常に飽き飽きしている様子のあなたに、せっかくスリルを味わってもらおうと思ったのに!」
「俺が最強じゃなかったら意味がないだろ」
「何よそれ。最強になりたいんだったらそれだけの努力をしなさいよ……」




