ラファエル3度目の恋 【後編】
「ただいま帰りました」
そう言って、女性を伴って帰ってきた僕に皆が驚いた。
「ラファったら攫って来ちゃったの?」
「うん、ルーちゃん達に助けて欲しくて」
事と次第を説明し、力添えを望む。
「貴方の、そういう大切なものを見誤らない所が好きよ。よく連れて来たわね。
初めまして、ルシア・オルティスよ。ラファを選んでくれたと、そう思ってもいいのかしら」
「初めまして。この様な夜分に突然押し掛けて誠に申し訳ございません。
トレド男爵の娘、レイナと申します。
先輩とは同じ学園で一年後輩として学ばせていただいておりました。
2度結婚しましたが、お二方とも死別いたしました。すでに純潔ではなく、子はできませんでした。
この様な私が、本当に先輩との縁を望んでも許されるのでしょうか?」
自分のマイナスだと思う点を隠す事なく告げる彼女は……絶対にルーちゃん好みのはずだ。
「勿論よ。逆に何が駄目なの?離婚といってもお相手が不幸にも亡くなってしまっただけでしょう?貴女の人となりのせいで追い出されたわけでもなし。
それでも、諦めずに自分で幸せを掴みに来たのなら、応援こそすれ、反対なんかするはずないじゃない。
あ。ただ、ラファの勢いに抗えずにここまで来ちゃったなら言って?ぶん殴ってでも止めるから。
レイナ嬢。貴女はラファをどう思っているの?」
うわ。気に入るとは思っていたけど、どちらかというとレイナの味方だ。どうしよう、かなり強引に連れて来ちゃった。嫌われてはいないはずだけど、これからうんと大切にして、ゆっくり好きになってもらおうと思っていたのに!
「……先輩は、私のボロボロの手を笑わなかったんです。学園のみんなは使用人みたいだとか、親に愛されなくてお可哀想だとか、色々なことを言うのに、先輩だけは『働き者の手だね』と言ってくれて……私はそれがとても嬉しかったんです。
自分で育てたハーブでサシェを作って使っていた時も、香水も買えない貧乏人だとか揶揄われて。でも先輩は、優しい香りだって。そう……いつも優しくて、ラファエル様は私の憧れの人でした」
うわ、そんなふうに思ってくれていたの?
「よかった、この子は私の自慢の息子よ。では、貴女もラファとの未来を望んでくれるのね?」
「……私は何も持っていません。あるのはこの身一つだけ。それも既に人の手に触れられています。
それでも、望むことが許されるなら……私は先輩の側にいたいです」
……初めて、好きな子に側にいたいと言ってもらえた。
「レイナありがとう」
「なぜ先輩が泣くの?」
「……初めて僕を選んでくれたから」
ずっと、恋愛なんて諦めていたのに。
僕の好きな人は僕のものにならないって……
「ラファ、とっても可愛いけどしっかりしなさい。貴方が彼女を守るのでしょう?」
「……うん、そうだね。ごめん、レイナ。ちょっと凄く嬉し過ぎて感極まっちゃった」
「いいえ。先輩が、…その、そんなに喜んでくれるなら、嬉しいです」
そうやって笑った顔は本当に幸せそうで、この笑顔を絶対に守りたいと、そう思った。
「丁度いいわ、アルが帰って来た。ここは任せちゃいましょう!」
それからアルに説明すると、少し待っててと言って、サラサラと書類を作っていく。
……契約書?
「まず、レイナ嬢は実家から出そう。花嫁修業ってことで、ここに住めばいい」
「でも……ご迷惑では」
「隷属されては駄目だよ。使用人として無料奉仕させられているね?」
レイナが青褪める。今まで結婚で得たお金はすべて実家に搾取されているのだろう。そして、離婚されたお荷物だと、労働を強いられているのは想像に難くない。
そこから色々と相談していると、トレド男爵夫妻がやって来た。ここまで急いで来るということは、次の嫁ぎ先が決まっているのだろう。
「やぁ、来ていただいて申し訳ない。息子がレイナ嬢を大変気に入ってしまってね。このまま婚約を結びたいそうなんだ」
アルが優しげな、でも少し圧のある高位の人間として会話を進める。
「いえ、ありがたいことですがもう次の嫁ぎ先が決まっていまして」
「ほう?まさか、本人に何の承諾も無く決めてしまうのかい?ちなみにお相手は?」
「いえ、ぬか喜びさせては可哀想ですので、本決まりになってから伝えようと思っていたのです。お相手の名は出せませんが、ご立派な子爵様でして」
ふん、オルティス男爵家より家格が上だと言いたいのか。
「なるほど?まさかそんなこととは思わず、先走ってたくさんの書類を作ってしまったな」
そう言って無造作に書類を拡げる。トレド男爵はその支度金の額に思いっきり反応した。
「えっ!?このように高額な支度金を?」
「もちろん。大切なお嬢さんをいただくんだ。これくらい当然だよ。それと、ラファエルには伯爵位を与えることになっている。すでに書類は提出済みで陛下からも許しを得ているんだ」
全部嘘ではない。僕がオルティス家を継ぐのは違うなと思って断ったらそうなった。
「なんと素晴らしい!いや、やはり愛のある結婚が一番だ!よかったなレイナ!」
何という手のひら返しの早さだ。絶対にお金だろう。よく中身を読みもしないで。
「ああ、よかったです。ご納得いただけるのですね?
では、レイナは今日から花嫁修業の為オルティス家で暮らしていただきましょう」
「なっ?!いくらなんでも早すぎで」
「支度金の1部は本日現金にて持ち帰られますか?ああ、残金は小切手でお渡しします。もちろん、今、書類にサインをいただければですが」
「こ、この金額をすべて今日いただけるのですか!?」
「もちろんです。お嬢様を今日から我が家へ。お金は今日、トレド男爵へ。不公平があってはいけませんから」
金に目が眩んだ男爵はろくに書類を読まずにサインと拇印まで押してくれた。金の亡者は馬鹿でありがたい。ここまで綺麗に作戦が決まるとは思わなかった。
「では、これで契約は完了です。お疲れ様でした」
男爵夫妻はレイナには見向きもせず、満面の笑顔で帰って行った。
「ありがとうございました。あの様な大金……頑張って働いて必ずお返ししますから!」
「お金はいらないよ。二人が幸せになってくれるのがお返しだ。でも、そうだな。君は働くのは苦じゃない?」
「はい!家事なら大抵の事は出来ますし、2番目の夫の介護もしておりましたので、簡単な医療の知識ならありますし、介助も出来ます。入浴の手伝いや排泄物の処理だって平気です!」
排泄物って……そこまで彼女にさせていたのか。
「ちょっと物申したい事は色々あるけど。それなら、レイナさんは治療院のお手伝いをしてもらおうかしら。そのほうがわが家がどんな家か分かりやすいと思うから。ラファもそれでいい?」
「婚家への対応は私がやろう。そこまで尽くしたのならそれ相応の対価を貰わないとね?」
「え、あの?」
「あ、ルシア。男爵が契約書の内容に気がついて乗り込んでくるかも。気を付けてね」
「ふふ。誰に言ってるのかしら」
「愛しの妻にだよ?」
相変わらず仲良しだなあ。男爵ごときにルーちゃんが負けるはずがないから大丈夫だろう。
「レイナ、二人がイチャつきだしたから行こう。部屋を案内するよ」
「あ、はい!」
まさか今日から一緒に暮らせるとは思わなかった。
「荷物は一緒に取りに行くから」
「ありがとう。……ラフィ」
「えっ!」
「この呼び方は駄目でしたか?」
「違う、嬉しくて!」
皆と違う呼び方なんて、どうしよう凄く嬉しい!
「もう遠慮はしないことにしました。だって私は幸せになりたい」
「そうだよ、幸せにならなきゃね。だからもっと僕を好きになって」
「……ずっと、貴方の言葉が私の支えでした。
好きよ、ラフィ。この呼び方の意味が分かる?」
「君だけの僕?」
「いやですか?」
「すごく嬉しい。抱き締めてもいい?」
「……はい」
それから二人でたくさんのことを話した。今までのこと、これからのこと。
これから一緒に幸せになるために。
それから三日後。治療院にトレド男爵が怒鳴り込んで来た。どうやら死にたいらしい。
「なんだ、あの契約書はっ!!」
「ここは治療院です。診察の邪魔をするなら、相応の対処をさせていただきますよ?」
「うるさい、この詐欺師めっ!!」
男爵は口から唾を飛ばしながら文句を捲し立てた。
書類をしっかり読まない人間が悪いだけだ。
書類締結とともにトレド男爵はレイナへの権利をすべて放棄する。そして、二度と関わらないことを誓うと書いてあったのを気付かなかった愚か者。
だから、治療院の手伝いをレイがしているのだから、ここに来るだけでペナルティだ。更にルーちゃんは口頭で処罰すると伝えている。それらを無視すると言うことは。
「オルティス男爵を出せっ!」
「もう一度だけ言います。これ以上の業務妨害は許しません。私からの罰則がありますがよろしいですか?」
「お前の様な女に何が出来る!やれるものならやってみろ!このゴミめっ!!」
「では遠慮なく」
パサッ!
「……………………は?」
うわ~、久々に見た。髪どころか眉毛も落ちた。まつ毛を残してあげたのは優しさなのか。
「はあっ?!か、髪がっ!!私の髪っつ!!」
「それ、毛根死滅してますから。永遠にそのままですよ」
「きっ、貴様あぁっっ!!」
殴りかかろうとした男爵が、途端に崩れ落ち、抜け落ちた毛髪に顔を埋めた。
「拘束完了っと。ついでに煩いから意識落としちゃおう。あ、警備隊を呼んで。邪魔だから」
周りからは拍手が起こった。
「ルシア様かっこいい……」
レイが憧れの眼差しを向けている。気持ちは分かるけどね?
「痛っ!?」
かぷっと軽く耳を噛む。
「そんな目を他に向けないで」
「なに、やきもち?」
「嫌?」
「……ちょっと嬉しいです」
最強保護者のおかげで平和な日々。
オルティス家最高!
【end】




