マリア(6)
やっと王宮に着いた。こんなにたくさん馬車に乗ったのは初めてだ。
「体調は大丈夫か?疲れただろう」
「平気よ、お父様」
本当は少しおしりが痛いけど、絶対に言いたくない。お父様は察してくれたのか、それ以上は聞いてこなかった。
「アルフォンソ様!」
「カハール。まさか宰相が出迎えてくれるとは思わなかったよ……おい、なぜ泣くんだ」
「貴方様を再びここにお迎え出来るとは思いませんでした。夢のようです……」
カハールおじ様は泣き虫よね。時々遊びに来てくれるけど、お父様と私を見てすぐに泣いちゃうの。
「陛下が中でお待ちです」
「うん、じゃあ皆行こうか」
やっぱり国が違うとお城の造りも少し違うのね。お父様と手を繋いで歩きながら、はしたなくならない程度に周囲を見る。
「後で見学する?」
「話し合い次第かしら」
穏やかに終わればいいけれど。
連れて行かれたのは謁見の間では無くて会議室だった。知らないおじ様達がたくさんいる。
私達が入るなり、全員が立ち上がった。
「アルフォンソ様、お帰りなさいませ」
全員が頭を下げる。何だか変な気分。
「歓迎ありがとう。だが、私よりダミアン王子に挨拶するべきだろう?」
「男爵、非公式の訪問だから気にしないで下さい」
「いえ、大変申し訳ありません。ダミアン王子、お久しぶりですね。ずいぶんとご立派になられた」
「はい、陛下もお元気そうでよかったです。突然の訪問をお許し下さりありがとうございます」
始まりは和やかね。……おじ様達の視線が痛い。口々にオフェリア様にそっくりだと言っている。そんなにお祖母様に似ているかしら。
「後で肖像画を見せてあげるよ」
「うん。見たいわ」
お父様にはすぐに伝わっちゃう。
「さてと、何故私がここに来たかは分かっているね?」
「……はい」
「結論から言おう。マリアをこの国にはあげない。大切な娘だからね。利用はさせないよ」
「アルフォンソ様、どうかもう一度お考え直しいただけませんか!」
知らないおじ様が突然叫ぶ。
どうしてそんなに私が必要なのだろう。やっぱりよく分からない。
「なぜ?マリアはウルタードの人間だ。王族でも無いのに他国に嫁ぐ義務は無いよ」
「そんな!貴方様がお守り下さったエルディアの為ですぞ!」
ああ、こうやってお父様はずっと搾取されて来たのかしら。エルディアの為って……それはいつの話?
「あの、発言をお許しいただけますか?」
知らない人だらけの中で声を上げるのは少し緊張する。
「もちろんいいよ」
どうしてお父様が返事をするのかしら。でもいいのかな?皆様こちらを向いて下さっているし。
「お父様は確かにエルディアの王子でした。この国を愛していたのも事実です」
それは幼い頃に聞いたから覚えている。お父様はちゃんと私達にこの国での事を話してくれたから。
「ですが、それからすでに10年以上経っています。私という、当時はまだ生まれてもいなかった存在が、こうして大きく育つ程の時間が過ぎたのです。
それなのになぜ、今でもお父様の一番がエルディアだと思うのですか?何故、いつまでもお父様をエルディアの所有物だと考えるのですか?」
お父様の一番は私達家族なのに。それがとっても腹立たしい。
「さすがはマリアだ。よく分かっているね」
「そんなはずは!だって、あれ程までにこの国を思ってくれていたではありませんか!」
知らないおじ様が信じられないとばかりに叫んだ。
「この国は大切だったよ。今でもベルナルド達のことはここまで来てしまうくらい大切に思っている。
だけどね、私が一番大切で守りたいものは家族だよ。だって私はもうこの国の王子じゃない。今はオルティス家の当主だ。当たり前だろう?」
あら。皆様とってもショックを受けているわ。本当にエルディアが一番のままだと思っていたの?時が止まっていたのかしら。
「あ、あともう一つ。何故、正当な王位継承権を持つ順位の中から次期国王を選ばないのですか?」
本当ならエスカランテ公爵が第一位、そのご子息が第二位だ。ラファエル兄様なんてランク外だと思うのだけど。
「ね。マリアは本当に賢い。他国の少女に分かることが君達には理解出来ないようだ。
リカルドは英雄だったから選ばれた特例だ。だが、男子が生まれなかったのが不満なら、次に選ぶべきはベルナルドの血縁からだろう。幸いエスカランテ公爵には男子が三人もいるじゃないか」
そうなの?じゃあ、やっぱりそれで良くない?
「いつまでも過去の名声に縋るな。国民だって、英雄本人ならまだしも、その親族を立てられても納得はしないと思うよ。更には相手が他国の男爵令嬢だなんて認めない者も多いはずだ。
何度も言うが、あれから10年以上経ったんだ。国民は私のことなど忘れている。君達がここまで慕ってくれるのは嬉しいが、間違えては駄目だよ」
そうね。当時、共に戦ってきた方達にとってはお父様は今でも王子だし、憧れや罪悪感などの感情が強く残っているのだろう。だからこうして私の名が上がってしまった。
でも国民は?自分達の生活に関与していない問題などとっくに忘れているのではないかしら。だってお母様曰くゴミ屑だった王様の時代より、絶対に今の方がいいでしょう?それなら、まあ英雄のリカルドおじ様は別として、次を選ぶなら現国王陛下のご子息になるのが当然でしょうに。
まだざわついているけど、もう帰っていいかな。
「ですが、マリア嬢は前王妃陛下の生き写しではありませんか!」
え、私って顔で選ばれたの?
「似てるのは顔だけだから。少し似てるだけで生き写しじゃないから」
一気にお父様が不機嫌になった。今の人は何だか嫌な感じ。駄目な人な気がする。
「ああ、前国王と仲良しだった人?」
ついポロッと口から出てしまったんだ。
ザワッと空気が変わる。
しまったな。根拠の無い、勘でしかないことは言ってはだめだったのに。
「やはり殿下のご令嬢だ!」
嬉しそうな声と、恐れを抱く声が入り交じる。
皆の視線が気持ち悪い。
「ご令嬢、どういう意味での発言ですかな」
さっき指摘した方が睨み付けてくる。
どういう、と言われると困るわ。何となくとしか言えないもの。
「君の今の地位は何だったかな。ここにいるということはずいぶん出世したようだ。だけどおかしいね。君は父の手下だっただろう?」
「なっ?!」
「駄目じゃないか、ベルナルド。調査が足りていないぞ」
「そうは言われてもですね、全てを排除すると貴族が減り過ぎてしまうのですよ。小物は多少見逃しましたね。貴族に清廉潔白を求めないで下さい」
「おや、私は清廉潔白だよ?ね、マリア」
ん?どうだろう。でも、お父様は悪事には手を出さないし。
「もちろんです」
お父様が嬉しそうに頭を撫でてくる。
「そろそろマリアが疲れただろうから終わろうか。じゃあ、もう一つ提案するね。
ラファエルをウルタードに連れて帰るから。そうしたらマリアを嫁にだなんて言う必要が無くなるよね?」




