マリア(2)
本当にエルディアに来てしまった。でもなぜ今なのだろう。
「お父様、もしかしてリカルドおじ様は」
「まだ駄目だよ」
「……はい」
まだ駄目。でもきっともうすぐ。
「男爵とマリアの会話はいつも不思議ですよね」
「そう?」
これはよく言われること。何となく伝わるから。としか言えないけれど。
「ダミアン様は兄様に会いたいですか?」
「そうだね。だってもう5年も会ってない。薄情な男だよな」
そうね。普通に考えるとそうよね。7年も一緒に暮らしていたのに一度も会いに来ないなんて。
「ラファは似ていないと思っていたのに案外と辺境の子だったらしい。困った子だよね」
辺境の子とは。お父様が言う辺境は、リカルドおじ様のことだ。あのおじ様と似ている?
「あまり似ていませんよね」
「そう?辺境はね、土地柄のせいか大切なものを守りたがる。宝物は懐に隠したいのさ。あとは少し格好付けたがり」
なんだろう。謎掛けみたい。兄様の大切なもの?
それなら知っている。ずっとずっと大好きで、でも絶対に手に入らない、水に映る月のような女性。
「お父様が似てると言うならそうなのでしょう」
「思ったよりも淡白な感想だね」
だって私はお父様ほどの勘は働かない。どこまでも半端な存在なのだ。
王族の覚えめでたくとも男爵令嬢で。オルティス家に生まれながらも生体魔法の才は無く。お父様譲りの勘はあるけれど国を守る程でもない。
「マリア、大丈夫?」
こんなにも優しい貴方に応える事も出来ない。
「何かあったかしら」
こうして可愛気のない反応しか返せない、出来損ないなのよ。
……私にも、何かこれだけはと、胸を張って誇れるものがあればよかったのに。
「マリアはどうしたい?」
「……何をですか」
お父様はすぐにこうやって私を試そうとする。それでお母様に叱られる癖に。
どうしたい?何を……エルディア?
「お父様はどちらの国が大切なの?」
「マリアが一等大切だよ」
ずるいわ。2択を3択にするなんて!
「……ミゲルおじ様を連れて来るんだった」
「アハハッ!そう来るんだ!それは強敵だね」
お父様はミゲルおじ様にこてんぱんにやられたらいいのよ!
「アルフォンソッ!」
リカルドおじ様は相変わらず嬉しそう。本当にお父様と仲良しだ。
「久しぶり、元気そうだね」
「突然どうしたんだ?お、マリアも一緒か。大きくなったな……と。失礼致しました。ダミアン殿下ですね?」
「突然の訪問をお許し下さい。ウルタード国第二王子のダミアンと申します」
「いえ、ラファエルが仲良くして頂いていたそうで。私はバレリアノ辺境伯リカルドと申します。お会い出来て光栄です」
二人は初対面なのね。そして挨拶は辺境伯として。やっぱり……
「王位は継がないつもりか?」
いきなり本題に入るお父様に流石に驚いた。
「……お前は本当に怖いな。……これはその二人に聞かせるべきことなのか」
私達が?ただの男爵令嬢と王子とはいってもスペアの第二王子。こんな話には相応しくない。
「それはお前達次第だろう」
あ……まさか……
「私を、利用するおつもりでしたか」
だから今だった。だからお仕置きだと!
「私はこの国の人間ではありません。利用される気など更々無い。行きましょう、ダミアン様」
状況が飲み込めていないダミアン様を無理矢理連れ出す。だってこれ以上話したら泣いてしまいそうだから。
ほとんど小走りで庭まで出た。
淑女として良くないと分かっていても耐えられなかった!
「マリア、落ち着いて」
ダミアン様、だって落ち着けるわけがない。もう少しで私は……
「マリア?」
聞き覚えのない声。それなのに懐かしいと思う。
会いたくて……会いたくなかった人。
「……ラファエル兄様……」
振り向けば、背の高い男性が立っていた。
ずいぶんと背が伸びたのね。でもリカルド様には追いつけなかったみたい。
「久しぶり、びっくりしたよ。まさか君が来るだなんて。あれ?もしかして君はダミアンかい?」
まるで何事もなかったかの様に話しかけてくる兄様が恐ろしい。だって、彼が知らないはずは無いのだから。
「いつから計画していたの。発案者は誰?」
私のこの話し方はお父様譲り。親しい人以外、なかなか理解が得られないと分かっていても、今は心に余裕が無い。
「……私が国に戻ってしばらくしてからだよ。発案者は一人じゃない。議会の総意だ」
「そんな打診は受けていないわ」
「そうだね。だから驚いた。やっぱりアルは怖いな。……君もね」
『怖い』
その言葉がどれだけ私を傷付けるか知っていて言うのね。
「どういうつもりだ、ラファエル。たとえお前でもマリアを傷付けるのは許さないぞ」
「お前がのんびりしているから悪い。そんなに大切ならもっと早くに手にしておけよ」
……この人は誰?本当に兄様なの?
「イメルダ様に会わせて」
「!」
初めて兄様が動揺した。原因はやはりイメルダ夫人なのね。
「……私には決められないから」
「じゃあ、お父様と一緒に会いに行くわ。ダミアン様、ごめんなさい。もう一度お父様の所に戻るわ」
兄様が何か言いたそうにしているけど無視する。私という人格を無視したのは向こうだ。
「マリア、私に分かるように説明してくれないか」
「まだちゃんと分かっているわけじゃないの。たぶん今、リカルド様がお父様に話していると思います」
たったこれだけの説明で私を信じて、それ以上は追求しないでくれる。そんなダミアン様に少しだけ救われた。
お父様の所に戻ると──リカルドおじ様がお腹を抱えて蹲っていた。
「……殴ったの?」
「蹴った」
温和に見えて、やる時はヤルお父様はけっこう強い。私なんかより勘の使い方が上手いものね。
「あの、オルティス男爵。私にも聞く権利があるのならば教えていただけないでしょうか。
私にもマリアを守らせてください」
どうして……と思ってしまう。ダミアン様の愛がどうしても分からなくて。私はお父様やお母様みたいに有能じゃないのに。あるのは血筋だけなのに。
「うん。それは放っておいていいよ。そのうち起き上がる。肋にヒビが入った程度だから問題ない」
いや、絶対にそれ1発じゃないでしょう。たぶん鳩尾に1発。崩れた所に蹴り、かな。ここまでお父様が怒るのは初めて見た。
「この阿呆共はね。ラファエルを次期国王に。マリアを王妃にしようとしているんだよ」




