75.リカルドの溺愛
「何だ、これは」
ミゲル殿からのお説教が終わったあとは、ひたすらアルフォンソに仕事面での指導を受けていた。
さすが、ルシア曰くゴミ屑陛下の仕事まで手伝っていただけはある。その有能さに、自分は本当にまだまだだと反省する。
イメルダへの仕事の振り分けも決められた。夫人には赤ちゃんが───と言いかけてまた叱られる。
だって心配じゃないかと不満をこぼすと、お前が適度に休憩の声掛けや体調を見てあげればいいだけだと呆れられた。
時間を決めて一緒に散歩したり出来ることはたくさんあると言われ、そういうことはすべてラファがやっていてくれたと気付く。
本当に8歳児にボロ負け状態だった。
夕食すら仕事の合間に軽食で済ませながら執務室にこもり、ようやくお許しが出たのは朝方だった。
アルフォンソの怒り方は言葉よりも能力で叩き潰してくるから心が折れまくりだ。
それくらいの差が出るほど、幼い頃から必死に学んできたと言うことだ。……イメルダも。
「親友の私を3年間お客様扱いしてきたと考えれば、どれだけ失礼なことをしたのか分かるだろう」
そう言われたら何も言えなかった。
自分の行いがとても恥ずかしく、そんな私の為にここまで来て叱ってくれていることに改めて感謝した。
仮眠をとって、イメルダのもとに向かう。
とても緊張する。彼女は今どうしているだろう。
部屋に入ると──
とんでもなく楽しげな光景が目に入った。
イメルダが笑っている。
あんなに楽しそうな顔は初めて見た。ラファに向けた笑顔とも違う、本当に楽しそうな……
「旦那様、おはようございます」
急にスンッと笑顔が消えた。あまりの落差に涙が出そうだ。
「……おはよう。その、ずいぶんと楽しそうだな」
「はい、皆様、私の兄姉になって下さいましたの。だからとても嬉しいのです」
何だそれは。イメルダはルシアに向かって嬉しそうに笑いかける。
「そうなの。イメルダったらお姉様になって!って可愛らしくお強請りしてくれるんだもの」
「それなら俺は兄だなって」
「なら私もと」
いやいやいや、どうしてそんな芋蔓式に?!
「たった一日で何が……」
「皆様とお話して、私が如何にこの3年もの間、損をしていたかに気付いたのです」
「損……」
「損というか無駄?だってこの3年間で誇れることは、ラファエル様と親しくなれたことと、この子を授かれたこと。この2つだけですわ。
もちろん2つともとても大切で尊いものです。でも、これは与えられたものであって私自身が作り上げたものでは無い。
私はもっと多くの事に力を注ぎたいのです」
今までにない自信に満ちた顔。そうか、これが貴方の本当の姿か。
「不思議ですよね。こうやって気分が前向きになったら、悪阻も少し落ち着きました」
「ストレスは悪阻を悪化させるわ。あと部屋に閉じ篭ってるのもダメよ。適度な運動も大切ね。誰かとお話するのもいいわよ」
「分かりました。ありがとうございます、お姉様」
どうしよう、イメルダが可愛い。
もともと綺麗な子だと思ってはいたけど……今日の彼女は生き生きとして凛として、でもルシア達に見せる笑顔は可愛らしくて。
「……イメルダ、今まで間違ってばかりでごめん」
自然と謝罪の言葉が口から溢れ出た。
「君は……こんなにも綺麗な人だったんだな」
それを私が潰してきてしまった。
「これから1つずつ教えてくれないか。君のやりたいこと。君の望むこと。
……私が君の隣にあることを許してほしい」
イメルダがジッと私を見つめる。その瞳に嫌悪は無く、そのかわり好意も無い。
「リカルド様は私の旦那様です」
それが答えなのだろう。愛情の有無でも、許しでも無く、ただの形。
「……ただ、私はこの子を幸せにしたい。だからその為なら……良い家族になれるよう努力したいと、そう思っております」
「ありがとう。私も……今度こそ絶対に努力を惜しまないと誓うよ」
ここまで傷付けてきた私を許す事は難しいだろう。それでも家族として受け入れようとしてくれている。
本当にどこがか弱い女性なんだ。
「貴方の、そういう凛とした姿は美しいな」
不思議と素直な気持ちを言葉に出来る。
そうだな、本音を言って欲しいなら、まずは自分から本当の気持ちを見せるべきだった。
「……ラファエル様の悪い男遺伝子は旦那様からでしたのね」
何故か少し怒っているが、そんな顔も可愛いらしい。本当だ。3年もの間、ずいぶん損をしていたらしい。
「旦那様ではなく、名前で呼んでくれ」
「……はい?」
「旦那様では雇い主のようで嫌だ」
「今更?」
「本当に気付くの遅いよな」
「鈍いよね、困っちゃうよね」
外野がうるさい。こっちは真剣なんだ!
「……リカルド様……」
「なに?イメルダ」
「っ、貴方がそう呼ぶようにと言うから!」
可愛い。すっごく可愛い。
ヤバイな、というか辛い。妻なのに。すでに私の妻なのに、ここで手を出したら絶対に引かれる。
調子に乗るな。さっき反省したばかりだろう。
でも良い家族になるということは、更に家族が増えるのもありという……
「おい。不穏な空気を醸し出すな。絶対にしばらくは駄目だからな」
恐い兄に睨まれた。
「……私も兄上と呼ぶべきか?」
「ほんの数分でお前の頭は湧いたのか。絶対に呼ぶな」
「なんだか少しおかしくなったけど、もう決意表明は必要なさそうだね」
そうだった。でも変に宣言するよりも、こうやって少しずつ形にしていく方がいいのだろう。
「ああ。これからはイメルダに惜しみなく愛情を注ぐと約束しよう」
「……ヤバイな、お前は溺愛系か」
溺愛。なるほど、そうしていいならば喜んでそうしよう。3年も損をしたというのだ。ならばそれを取り返すくらい大切にしよう。
「リカルド、囲い込みは駄目だよ。絶対に駄目だからね」
アルフォンソが怖い顔をしている。
「イメルダが望まないことはしない」
「イメルダと私達は手紙のやりとりをする約束をしたから。すぐにバレるわよ?」
なぜそんなに念を押すのだろう。
確かにいいなとは思う。だがイメルダが嫌がるのは分かっているからやらない。
どうしても我慢できなくなったら……うん。たまにはめちゃめちゃに甘やかさせてもらおう。
「イメルダ。リカルドが怖くなったら僕を呼んでね。絶対に助けるから」
だからなぜ私を危険物扱いするんだ。
「大丈夫です。お姉様に言われたこと、まずは私自身から変えていきます。自分の気持ちははっきりと言葉にしますわ」
そう言ってこぶしを握る姿も可愛く見えて困る。うん。どんどん気持ちを言って欲しい。
「……ラファエル様はやっぱり行ってしまわれるのですか?私が変わると言っても?」
「うん。僕ね、学園に通うんだ。たくさんお勉強して今よりももっと立派な人になりたい。
でもね、いつかここに戻ってくるから。だってここは僕の大切なお家だもの。
イメルダ、大好き。幸せになってね」
「……はい。お戻りになるのを楽しみにしています。私もラファエル様が大好きです」
私のライバルは強敵だ。
さらにミゲル殿まで兄の座を手に入れてしまった。
これからは本当に頑張らないとな。
何よりも、ベルナルド陛下という最強の保護者に連れ戻されないようにしなくては。
「さて、そろそろ帰るか」
「やっぱり移動魔法が欲しいわね。そしたらもっと遊びに来られるのに」
いや、今回は本当に大変ありがたかったけれど、あまり頻繁に来られると、愛情がすべてそっちに向きそうで困る。だが、アルフォンソに会える機会が増えるのは嬉しい。
「そういえば、アルフォンソはよく入国出来たな」
「遅い。もっと早く気付いてよ」
だってそれどころでは無かったし。
「ベルナルドが緊急用に入国許可証を発行してくれているんだ。ありがたく使わせてもらったよ」
「それはもっと国の有事に使うものでは?」
「次期国王候補の離婚の危機だ。有事だろう?」
本当にこいつには敵わない。
「皆、本当にありがとう」
「またな。元気な子が生まれるのを楽しみにしてるよ」
そうやってオルティス一家は帰って行った。
先程までの騒がしさが嘘のようだ。イメルダが少し寂しそうに見える。
「イメルダ、よかったら一緒に散歩しないか」
「……はい、いいですよ」
まだ少しぎこちないけれど。
「イメルダは何色が好き?」
「ふふ、3年目でやっと聞くのですか?」
これからは絶対に大切にしていくよ。




