70.イメルダの笑顔(リカルド)
二人の間で沈黙が続く。
蒼白になったイメルダに、どう伝えればこれ以上傷付けずに済むかと迷った。
しかし、嘘で取り繕っても仕方がない。
「驚かせてすまない」
「……私は……ラファエル様にまで嫌われてしまったのですね」
「それだけは違う。ラファを疑わないでやってくれ。だが、これ以上は体に悪いから少し横になろう」
フラつくイメルダを抱き上げ、ソファに横たわらせる。
軽い。これで本当に二人分なのか?
「少し休みなさい」
「……無理です……」
「そうか」
それでも、話の続きをするのは憚られ、イメルダの額に手を当てる。熱は無いようで少し安心する。
なんとなく、そのまま頭を撫でた。
「なぜ私に優しくするのですか」
「貴方が私の大切な妻だからだよ」
「……」
すぐに信じてはもらえないか。
自業自得だな。
「失礼します。お客様がお見えです」
それどころではないと答えようとした、その時。
「アフターケアに来ましたよ!」
「ルシア、ノックくらいはしようね」
入って来たのは、信じられないことにアルフォンソ達だった。
「は?」
「やっぱり修羅場になったみたいだな。本当に困った奴だ。あまりにも心配で来ちゃったじゃないか」
「……アルフォンソ殿下?」
驚き過ぎて、イメルダが殿下と呼ぶ。
「ちゃんと挨拶するのははじめてだね。私はアルフォンソ・オルティス。今は男爵だよ」
「……大変失礼致しました。私はイメルダと申します。お見知りおき下さいませ」
あれだけ動揺していたのに、瞬時に立て直したことに驚いた。
「うん。やはりエスカランテの娘だね。とてもしっかりしている」
「それに美人さんだわ。こんな女性を放置していたリカルド様は犯罪級ね」
「その様に褒められたのは初めてです」
いつもの微笑みのようでいて、どこか嬉しそうだ。でも、どの部分がその笑みを引き出したのかが分からない。
いや、そうではなく。
「どうして君達が?」
「頼まれたのよ。絶対にリカルド様ではイメルダ様の鎧を外すことは出来ないって。ね?」
「うん。だって3年も気付かないリィには無理だよ。リィはね、ちょっと鈍感だもんね」
ウルタードに残ると決めたはずのラファエルまで来ている。
「……ラファエル様……」
それまで笑顔を保っていたイメルダの瞳から涙が溢れた。
「ただいま、イメルダ」
「……おかえりなさいませ」
イメルダがふわっと微笑んだ。
……これか。
その柔らかな、いつもとほんの少しだけ違う笑顔。少しだけなのに、なんて嬉しそうな……
私は本当に今まで何を見てきたのだ。
いや、忙しさを言い訳に何も見ていなかった。
二人の、こんなにも危うい姿を微笑ましいと思っていただなんて!
「やっと現実が見えたか?」
「……本当に大馬鹿ものだったようだ」
驚いたことにミゲル殿とマリアまで来ていた。
「妊婦と馬車は相性が悪いんだよ」
そう言ったミゲル殿は不機嫌だ。共同研究の途中で連れて来られたのが不満らしい。
「来たついでに診察しよう。悪阻が辛そうだな」
そう言ってイメルダが答える前に診察を始めてしまう。彼が優秀なのは知っているが、少し粗暴な所がある。怖がったりしないだろうか?
しかし、イメルダは素直に診察を受けている。私の気にし過ぎのようだ。
「胎児の状態はいい。ただ、少し水分不足だな」
「申し訳ありません」
「謝ることじゃない。水でも吐くのか?」
「……ときおり。……その、戻すのが辛くて、あまり口に入れたくないのです」
「そうか。ではいくつか口当たりのいい飲み物を準備しよう。少しずつ試して、君に合うもの見つける。
飲み方はひとくち、口を湿らせる程度から。脱水症状は怖いが、吐いてしまうと体力も落ちる。無理して量を飲もうとするのは止めておけ」
「……はい」
あきらかにホッとしている。
赤ちゃんがいるからと、少しでも多く食べさせようとしたことが本当に苦痛だったのだと分かった。
いくつか問診をして診察は終わったようだ。
「二人に提案なんだが、ウルタードの医療魔法士を雇わないか?」
「あの、理由をお聞かせ頂けますか?」
ウルタードとエルディアではそこまでレベルの差があるのだろうか。
「悪いがリカルドの失言のことは聞いたよ。それが少し気になってな。それってさ、医者の口癖じゃないか?」
イメルダを診てくれているのは王宮から手配された医療魔法士だ。陛下がイメルダを心配して寄越してくださった高名な医師だと聞いている。だが……
「……確かに、そうかもしれない」
「やっぱりな。この国は残念ながら男尊女卑が当たり前だ。基本的に男性が優先だから、母体よりも男かもしれない赤児を一番に心配する。更に国王陛下の孫だろう?過剰に大切にする余り、母親のことをあまり考えていないのだろう」
そんなことがありえるのか?イメルダは陛下の大切な娘なのに。
「信じられないか?そうだな……
イメルダ夫人。さっき水が飲めないことを謝っていたな。なぜだ?」
「……」
「医師の問には正確に答えなきゃだめだ。それこそが二人を守る事になる。自分の為にも子供の為にも、隠さずに話してくれ」
膝の上に重ねていた手に少し力が入るのが見えた。恐らく言い難いことなのだろう。それでも、イメルダは表情を変えない。
「私が、母として至らないからです」
「どうしてそう思ったんだ」
「……悪阻は病ではありません。世の女性は皆それを乗り越えて元気な子を産んでおります。それなのに、食事や水分を取れないと甘えるなど恥ずべき行為だと、もっと努力してお腹の子を守るのが母親としての責務だと言われました」
何という事だ。本当にそんなことを言われたのか?!
「高名な医師だと聞いていたのに!」
「この国自体がそれを当たり前だと思っているんだ。王宮から来た医師がそう考えているのは当然なんだよ。ムカつくけどな」
ミゲル殿が苦々しく吐き捨てるにこの国を責める。
「気付いてくれて感謝する。ウルタードの医師を紹介してもらうことは可能だろうか」
「すでに探してもらってるよ。私達が来て良かっただろう?」
「ああ、本当に。だが、ルシアは大丈夫なのか?」
私が出た後すぐに追いかけて来てくれたのだろう。
「危険があるならアルが止めたはずだから大丈夫よ。というか、リカルド様はどうして全部終わったみたいな顔してるの?まだここからが本番なのに」
「……本番……」
何を言っているかは分かっている。イメルダとの仲違いを心配して来てくれたのだから、それに決まっている。
ただ……
「まさか……このメンバーの前で?」
一言でも間違えたら殺される気がする……




