64.三年ぶりの再会
「はい、これでもう大丈夫よ。泣かなくて偉かったね」
「先生馬鹿だな、男がこれくらいで泣くかよ」
「こら!先生すみません」
さっきまで目に涙を浮かべていた少年の強がりが可愛らしい。
「そうね、騎士を目指してるのだもの。強くて格好良いね。でも、手当したばかりだから今日は大人しくしているのよ?」
「ん。……ありがと」
「お大事にね」
小さな騎士くんに手を振る。
今日はこの子でおしまいかしら。
結婚して3年。新しい治療院での仕事は順調だ。
アルは本当に事業を展開し、治療院と研究室を併設した医局を作った。2つは完全に別けるのではなく、その時に応じて兼任出来る形だ。
医療魔法士はオルティス一族ばかりなので本当に仕事がしやすい。私達って思っていたより偏った思考だったのだなと反省することもあるけど。
受付けの子達に、『マッドオルティスズ』と不名誉な名前を与えられた。
治療院が終わった後、既に夜なのに嬉々として研究室に向かって行く人達を見てそう名付けられたようだ。いや、研究室から二徹したのに凄く幸せそうなやり切った感で出て来た時か……
皆様本当にお仕事が好きなんですねと、スンとした顔で言われて少し恥ずかしかった。
まあ、そんな感じだけど評判はいい。腕がいいと褒められるのは嬉しいことだ。
「先生、もう一組大丈夫ですか?」
「はーい、もちろんよ」
時間ギリギリの飛び込みかしら。酷い怪我とかじゃなければいいけど。
「失礼します」
まだ子供の声だ。特に不調は感じられない。
入って来たのは7~8歳の男の子。栗色の髪に金眼。
「……ラファ?」
「うん!来ちゃった!」
そう言って嬉しそうに駆け寄って来る。
ずいぶんと背が伸びたし、ぷにぷにほっぺもシュッとした。
「驚いた?」
「とっても!でもどうしたの?」
「だってルーちゃんたら2年も会いに来てくれないんだもん。だから僕が来たんだよ。
アルとも会いに行くねって約束していたでしょう?」
「ごめんね。来てくれて嬉しいわ。ラファは格好良くなったわね」
「そうでしょ!」
2年前にエルディアを訪問したきり色々と忙しくて会いに行けないでいたのだ。
「そろそろ私にも気が付いてほしいな」
「リカルド様!ご無沙汰しております。でも酷いわ、連絡くらいくれたらいいのに」
「ラファが君を驚かせたいと言うからな」
「サプライズだよ。でもアルのこと叱ったら駄目だよ?僕がお願いしたんだから」
やだ、アルまで仲間なのね。でも発案者がラファなら叱れない。可愛らしいイタズラだもの。
「分かったわ。とっても驚いたしすっごく嬉しい。ラファ、ありがとうね」
「へへっ」
急いで片付けて帰宅の準備をする。
「本当に立派な治療院だな」
「ありがと。アルと兄様が設計にもかなり口出ししていたわ」
「ああ、あの二人は妥協しなさそうだ」
「しなかったわね。でも、おかげさまでとっても快適よ」
かかった費用は知らない聞いてない。
お金を気にして半端な物を作っても、絶対に後から不満が出るからそっちの方が勿体無いよ、と言われてしまえば何も言えなかった。
「さて、私ももう終わりだから帰りましょうか。アルが知っているなら、もう晩餐の支度が出来ていると思うわ。我が家に泊まるでしょう?」
「ああ、お邪魔させてもらうよ」
「よろしくお願いします」
ラファがすっかり幼児から脱してしまっていて少し寂しい。
「そういえばイメルダ様は?一緒では無いのですか?」
「そう、一緒じゃないの。困っちゃうよね」
「ラファ、止めなさい」
「本当のことでしょ」
急にラファの表情が変わる。あら?天使が小悪魔っぽいわ。
「ルーちゃん、会えない2年の間に色々とあったんだよ。後でアルと一緒に僕のお話を聞いてね」
「うん?いいけど」
何だろう。リカルド様がばつが悪い顔をしている。イメルダ様と何かあったのかしら。
それきりラファはぷいっとリカルド様から視線を逸らせてしまった。──反抗期?
「アル!やっと会えた!」
「ラファ、来てくれてありがとう」
やだ、なんて素敵な光景なの。ラファが嬉しそうにアルに抱きついている。アルも凄く嬉しそうだ。
「リカルドも元気だったか?夫人は?」
「アルフォンソも元気そうでよかった。イメルダは……妊娠したんだ。今、3ヶ月で移動が難しかったんだ」
「おめでとう!でもそんな大切な時期にこちらに来てよかったのか?その頃だと悪阻とかで辛いだろうに」
そうだよ、リカルド様。それは駄目旦那の行いでは?
「アル、ルーちゃん。聞いてくれる?
僕ね、失恋したんだ」
「えっ?!」
まさかの8歳児からの失恋報告。25歳初恋のアルは反応に困るところだろう。
「どうして素敵な女性にはもう別の相手がいるんだろうね。僕は悲しいよ」
やだ、本人は真剣なんだろうけど大人ぶった物言いが笑いを誘う。
だって、眉毛をまげげとか言ってたあのラファなのよ?……んん、笑っては駄目。彼は真剣なの。
「ラファが私達に聞かせるということは、皆が知っている女性なのかな?」
え、そういうこと?誰だろう?
「話の流れ的にイメルダ夫人か」
「……やっぱりアルはすぐ分かるね。そうだよ、イメルダと僕は仲良しなんだ。リィよりね」
ジロッと睨め付けている。リカルド様は何かやらかしたようだ。
「リカルド様は何をしちゃったの?」
全員の視線がリカルド様に集中する。居心地が悪そうにしている。
「……分からんのだ。ただ……イメルダとラファの機嫌がずっと悪い。聞いても教えてくれないんだよ」
ああ、本当にやらかしてるっぽい。
「ラファ、どうして教えてあげないの?」
「8歳の僕が分かることだし、いい大人が8歳児の助言が必要なんておかしいからね」
手厳しい!でも言っていることは正しい気がする。
「ん~、ラファだから気づけたことなのかしら。それならリカルド様には難しいかもしれないわよ?
だって年齢差は同じだけど、大人になって久しいリカルド様と成長期仲間だったラファだとリカルド様が不利だもの」
「……だって。イメルダはリィに気が付いて欲しいんだよ。人から聞いたら違うでしょう?」
ラファ……笑いそうになってごめん。本当にイメルダ様のことが大切なのね。だから大好きなリカルド様だけど怒ってるんだ。
「リカルド、もしかしてずっと手を出さなかったのか」
「はっ?!ラファの前で何を!」
「そうだよ。18歳になるまで、大人になるまで止めておきましょうって言われたって」
ラファがどこまで理解しているかは分からない。
でも、大人になるまでという言葉が彼女を傷付けたことは分かっているのだろう。
「リカルド。お前はどうしてそんなにも女性の扱いは下手くそなんだ?それは夫人を侮辱する言葉だよ」
「なっ?!どうして!」
「貴方みたいな子供は相手に出来ないということと同義だからよ。
ねえ、お二人が結婚した16歳の頃と18歳になってから。イメルダ様はほとんど身長も体重も変わらなかったのでは?女性の方が体の成長が早いですし。
お可哀想に。2年もの間白い結婚だったなんて」
「白い……違う!理由はきちんと説明した!」
「夫人だけが知っていても仕方がないだろう。周囲は夫人に問題があるとか夫婦仲を疑うものだよ」
リカルド様が呆然としている。
思い出した。学生時代の思い出話。リカルド様は女性関係でよく怒られてたって……
ようするに女心が分からないタイプか!




