63.オルティス一族の実態
それは王宮から帰ってすぐのこと。
無事に書類が通ったと喜んでいた時、兄様の思わぬ発言から始まった。
「アルフォンソが家を継げば?」
「ミゲル、いきなり何を言っているんだ」
お父様も困惑気味。破天荒な兄に慣れてはいたけれど、これはさすがに意味が分からない。
「理由はいくつかある。まずは俺のわがまま。
俺は当主としての仕事より、もっと医療に力を入れたい。それも研究の方だ」
それは知っていた。私は現場での治療に携わりたい方だけど、兄様は新しい魔法の研究が好きなのだ。
「だが我が家は領地を持っていないから、そこまで業務は多くないだろう」
「でもゼロじゃない。領地が無い代わりに医療機関としての様々な収支があるし、薬草園もある。結局は国への報告や何やと書類仕事が多いだろ。そういったものに時間を取られるのが苦痛」
「……お前が結婚しないせいだな」
そうね。お父様も研究が大好きで、当主としてのお仕事はお母様が担っている。
「そう。もう1つはそれ。好きでもない女と結婚なんてしたくない」
「本当にお前のわがままが理由だな」
気持ちは分かる。政略結婚は兄様には向かないと思うし、仕事と後継者の為だけの結婚だなんて悲しいと思ってしまう庶民派です。
「わがまま以外もあるさ。アルフォンソの能力が子孫にも受け継がれる恐れがあるから。アルフォンソ自身もだけど、本家筋に受け継がれた方が守りやすい。
まあこれは何れ分かれていくし、どう受け継がれるかは難しいけどな」
「確かに……」
「それに強化能力も遺伝するかもだろ」
「それもあったわね」
魔法の系統は確かに遺伝することが多いもの。
「……待ちなさい。強化能力とは?」
「あれ、お前言ってないの?」
「兄様が話してると思ってたわ」
そういえば、言ったっけ?と気になった時があった気がする。でもすっかり忘れていた。
「アルは魔法の強化が出来るの。ただ、使う魔法を理解していないと強化は出来ないのですって」
お父様が項垂れる。もう爆弾は無いと言ったじゃないかとぶちぶち文句を言いながら。
「すみません、義父上。強化能力はあまり使わないようにしていたので報告を忘れていました」
アルが申し訳無さそうに謝った。
「いや、すまない。うちの息子が有能過ぎて驚いただけだ。でもそうか……理解出来る魔法なら……では医療魔法を強化出来るのだろうか……それとも薬草栽培時に……」
「あなた。研究モードはまだ早いわ。お話の途中ですよ」
結局お父様も研究大好きっ子。危ない人になりかけたのをお母様が止めてくれた。
「すまん。私はね、二人のうちどちらが継いでもいいと思っている。うちの家系は本当にある意味面倒くさがりでやりたいことに全集中の問題児の集まりなんだ」
問題児って。でもそうね。事務処理が嫌だからって当主を辞退する貴族はあまりいないだろう。
「だが、アルフォンソには男爵の地位が護りになるという考えは分かったし、ミゲルとどちらが向いているかと言われたら断然アルフォンソだとも思うな」
「そうねぇ。ミゲルはあなた以上に自由人だから、数少ない社交すらしないでしょうし。
アルフォンソは当主になるのは嫌かしら」
アルを見るとめっちゃ困惑しているのが分かる。こんなに簡単に当主の座を丸投げするなんて思わなかったのだろう。
「……私を思っての演技では無いのですよね?」
「俺が?政略結婚して奥さんに宝石やドレスをプレゼントする為に働いて?屋敷でちまちま書類作ってたまに王宮行ってダンスするのか?面倒くさいだろうが。
それに貴族同士の会話も嫌いなんだよ。あいつら遠回しに嫌味を言ってくるだろう?いつか腹が立って全員ハゲにしてしまいそうだ」
兄様は貴族の振る舞いは出来るけど、私と一緒で結構短気。喧嘩は早めに買ってしまうタイプだ。
「アル。兄様は私と似てるの」
「……」
こういうのもカルチャーショックと言うのだろうか。
「あの、親族の皆さんに相談は?」
「親戚連中も似たりよったりだ。新しい術式が出来たら大慌てで来るだろうけど、当主が誰になっても気にしない。いや、ルシアの方が可愛がられているから喜ばれるかもしれんな」
「それに仕事馬鹿が多くて、後継者を作るので手一杯という有様だから親族自体が少ないし。本当にね、我が家は貴族に向かない人間の集まりなんだよ」
本当に困ったオルティスさんなのです。
アルが暫く考え込む。
「実はルシアに開業医になることを勧めたんです」
「ほう?」
「私が経営者になってルシアは治療に専念したらいいのではないかと思いまして。
ですが、今のお話を聞いて、ルシア個人では無くオルティス家として運営しては如何でしょうか」
「もしかして俺もそこで働けって?」
あの。話がめちゃくちゃ大きくなっていませんか?
「ミゲルもだけど、どちらかというと親族経営かな。
皆さん研究や治療は大好きだけど、独占とかそういう意識は無いですよね。より良いものを開発したいだけ。
それなら個別に研究をするよりも1つの研究機関として纏めたほうが成果が得られるのでは?」
「なるほど。共同事業にするのか」
「はい」
王子がまた怖いことを言ってる。事業ってそんなに簡単に始めるものなの?
「最初は治癒院の買収も考えましたが」
「え?!」
「え?どうしたのルシア」
「……驚いてるのよ」
「ごめんごめん、ただの想像だから」
嘘だ。結構本気じゃない?本気だったんじゃない?
「オルティス家の研究内容は他所に漏らさない方がいい。だからミゲルもひとりで研究しているのでしょう」
「まあな。取り扱い注意ってものは結構ある」
「ですが親族なら?もちろん魔法誓約書は作成しますが、そもそも欲をかいて情報を盗んだり悪用したりはしない人が大半なのでは」
「確かにそうだな」
お父様達は乗り気ね。目が輝いている。
「その案は、君が当主を引き受ける、という意味かな?」
「そうですね。書類仕事は得意ですし、当主という座は私の能力にもあってます。お役に立てるならお引き受けしますよ。
ルシアも反対じゃないんだよね?」
そうね。反対なら最初から駄目って言ってるわ。
「でも共同事業はどうして?」
そこなの。なぜ当主を引き受けることと事業を始めることが繋がるのか分からない。
「王家と他の貴族へのアピールだよ。まさか書類仕事が嫌だから得意な人物に譲りますとは言えないだろう?」
確かに。
「だから家門としての一大事業を私が立案したことにより当主として立つ。ということなら話が通りやすいかなって」
……すごいな、王子様。そうね、ゴミ屑とオフェリア様の仕事をしてたのよね。国を動かすお仕事に比べたら事業を始めるくらいは軽いものなのか。
「それに……開業医を勧めたけど、もしルシアに、その、いつかね……子供が出来たら個人病院だと大変でしょう?
急に医療魔法士を手配するより、同じ職場で働く信頼出来る人にフォローしてもらう方がいいかなと思ったんだ」
そんなことを照れながら言うアルが可愛い過ぎる。
でもそうね、結婚するということはそういうことも考えないといけないのよね。
「ありがとう。そこまで考えてくれて。
でも、アルは子供が出来たら家にいてほしいとは思わないの?」
「どうして?医療魔法士はルシアのライフワークだろう。家にいてだなんて考えた事もなかった」
あっけらかんと笑われ、こちらが拍子抜けしてしまう。
「ごめん。今頃聞くなんてズルい真似して」
「そう?後から気付くことなんて色々あると思うけど。でもそうだな、施設内に子供を遊ばせる場所を作ってもいいかもね。職員が働きやすいようにさ」
「アルフォンソは凄いな、ちょっと楽しみになってきた。今までに無い試みは面白い」
ああ、お兄様もとうとう陥落。
「それなら先にお式を挙げちゃいましょう?忙しくなったら貴方達は後回しにしそうだから」
お母様のこの一言がオルティス家をあらわしている。
「ねえ、アル。まさか今日から事業の為に動くとは言わないわよね?」
「それはさすがに義母上がミゲル達を止めてくれたよ。私はまだルシアとまったりしたい」
よかった。式を挙げた翌日に兄様達にアルを奪われたらたまらない。
「私も。もう少しこうしてたい」
「ルシアって意外とスキンシップが好きだよね」
「違います。貴方だからよ」
「……煽らないで。昨日の今日で無理させたくないんだから」
本当にもう。どこまでも理性が強いわね。
ありがたいけど、でもくっつきたいじゃない?
「やっぱりスキンシップが好きみたい」
ギュッと抱きついてやった。




