62.初恋
この日を夢見てきた。
愛する人と笑いながら。
美しい純白の衣装。触れたら溶けてしまいそうな、繊細なベール。
祝福の声を聞きながら、お父様の手をとって歩む。顔を上げれば、アルが幸せそうに私に視線を向ける。
お父様から離れ、アルの隣に立つ。
「ルシア、綺麗だ」
「アルも素敵だわ」
本当に素敵。今更だけど、私はアルの顔も好きみたい。泣きぼくろが色っぽいって思う。
優しい瞳が好き。私を呼ぶ時の声が好き。
照れるとすぐに赤くなるのが可愛い。本当は凄くしっかりしてるのにね。
お人好しで懐に入れた人には甘々で。ちょっと人たらしな所が悩みどころ。
あら?見た目から外れたわ。
病める時も健やかなる時も。
どちらかというとマイナススタートの私達。
「誓います」
誓うに決まってる。
私達は生死を越えてきた。それ以上にどんな乗り越えられない困難があるというの?
「誓いのキスを」
何度でも誓う。貴方なら信じられる。貴方となら幸せになれる。貴方とならどんな時も。
いつの間にこんなに好きになったのかしら。
ゆっくりと、優しく口付ける。
もうダメ。胸が一杯になる。
「幸せになろうね」
「うん。愛してるよ、ルシア」
もう一度キスをする。だって幸せ過ぎて感情が抑えられなかった。
家族で囲んだお祝いの晩餐はとても穏やかだった。
披露宴はやらない。まだ情勢が落ち着ききらないエルディアから王様や英雄達が駆けつけて来そうだから。
その日の夜、ずっと聞きたかったけど聞けなかったことを勇気を出して質問した。
「正直に答えて。愛人は何人いたの?」
愛人がいたことは知っている。でも人数は知らない。
私は初めてだから。
比べられたら泣きたくなる。そんな人じゃないと分かっていても。せめて経験値を聞いて納得しておかないと手際の良さに途中で腹を立ててしまうかもしれない。
……泣いちゃうかもしれない。
アルが呆然としている。こんな姿は初めて見るかも。
「ごめん!」
力強く抱きしめられた。アルは意外といい体だ。細身に見えて脱ぐとしなやかな筋肉が……違う!
ダメよルシア。旦那様の肉体美にドキドキしている場合では無いわ。
「不安にさせてごめん。あの頃の事をすっかり忘れていた。君と出会ってからは毎日が楽しくて。あんなに大変なことがあったのに……
あの、笑わないで聞いてくれるかな」
うん?愛人の数が呆れて笑うしかないくらい多いという事?
「……ルシアが……初恋なんだ……」
はつこいなんだ……はつこい、初恋っ?!
信じられなくてアルを見ると顔も耳も首まで真っ赤。可愛い。いや、そうじゃない。
「そんな目で見ないで。分かってるよ、25歳で初恋だなんて恥ずかしいよね?!
でも仕方がないじゃないか!能力のせいで基本嫌われていたし、それでも寄ってくるのは王妃になりたいか暗殺者しかいないし!」
「え、違うわ!ただ驚いただけよ?でも、初めて会ったのなんてあの時でしょ?私がクラウディア様をやり込めてた時。どう考えても一目惚れ要素がないなって」
どちらかというと、私はかなり険悪な態度だったはず。まさか罵られることに快感を覚える性癖が?
「待って。何か変なことを考えてないか」
相変わらず鋭いな。
「……あれより前だよ。私が一方的に見かけただけだ。
君が、急遽追加でメンバーに入ったことは知っていた。でも、エルディアには女性の医療魔法士はいないし、危険だからすぐに国に帰ってもらおうと思っていた」
「え?!」
「だから君だけ王宮には入れず、男性寮に案内させたんだ。それを見たらすぐに諦めて帰国を願うと思っていたから。同伴者は嫌だと聞いていたからね」
知らなかった。だからあんなに扱いが悪かったの?自分から帰りたいと思わせるために?
「それなのに君が横柄な態度の職員を殴り倒したと聞いて本当に驚いたよ」
……それ以上の攻撃もしましたね。
「そんな剛腕の女性はどんな人なのか気になって見に行ったんだ。そうしたらこんなに華奢で綺麗な女性だったから更に驚いた。
君は何の悪びれも無く相手の非を伝えて、正当防衛ですから!って堂々と報告しているから、そのギャップが凄く面白かった」
まさかの面白さで一目惚れされたの……
「君を見て考えが変わった。国に帰ってもらうつもりだったのに、選択肢に辺境を追加してしまった。
……ずっと勘だと思ってた。でも今だと分からないな」
「そういえば馬車がボロかったのは?」
「それは初めて聞いた。ボロかったのか」
「ええ、とっても」
やっぱりカハールの独断か!
話の腰を折ってごめんなさい。続きをお願いします。と促す。
「最初は興味があるだけだと思った。でも、クラウディア王女に堂々と説教する姿や私にも真正面からぶつかって来ただろう?
ルシアの凛とした真っ直ぐな心根が凄く……胸に響いて。気が付いたらいつの間にか凄く大切な人になってた。
今考えると一目惚れだったんだなって思う。
だから君に帰って欲しくなくて……リカルドの所ならきっと気に入ると思ったし、そこなら君に会える。触れる事は出来なくても、時折見ることが出来る場所にいて欲しかった。
あのまま王宮に残るのが危険だと感じたのは本当だ。でも、ルシアと少しでも近くにいたいと願ったのも本当」
「アル……」
そんなに前から私を見ていたなんて本当に知らなかった。だって彼は王子でクラウディア様の夫で。
そっか。だから彼は私に思いを知られてはいけなかったのね。
「私を見つけてくれてありがとう」
私なんてただ気の強い無鉄砲な女なのに。
そんなに前から守ろうとしてくれていたのね。
「貴方は神様じゃないわ。能力なのか貴方の欲で辺境に残したのか判らないのが辛い?」
「……辛くはないよ。ただ、君にとって本当によかったかが分からない」
「駄目な人ね。よかったに決まっているでしょう?
私は今日が人生で一等素敵な日なの。ようやく愛する人と式を挙げられて今は初夜。どれだけ愛人が多かったのかだけが不安だったけど。ねえ?」
ちょっと意地悪かな?でも未だに私の幸せを疑う貴方が悪いのよ。
「……ゼロです」
どうしよう。恥ずかしそうだけど、私はその方が嬉しいのに。
「私達初めて同士ね。じゃあドキドキする?」
「当たり前だろ。心臓が壊れそうだ」
あ、この顔も初めて。
余裕が無くて私だけを求めてるのが分かる。
「嬉しい。貴方の初めてが全部私だなんて」
「私は少し悔しいよ。君の初恋はセシリオだろう?」
「ふふ、残念ね。小さい頃はお父様と結婚するって言っていたみたいよ?」
「……義父上なら仕方ないか」
お互いにクスクスと笑い合いながら抱きしめる。
愛しくて、ただ触れたくて。
「好きだよ」
何度も愛を囁きながら、優しく触れる手。
私をバリバリと食べてしまいそうなくらい余裕の無い目をしてるくせに、私の負担を考えてゆっくりと丁寧に触れてくれる。
「もっと好きにしていいよ」
「……ルシアは悪い子だね。私の宝物なんだから大切にさせて」
もう無理っていうくらい愛撫に溺れた。
これで初めてなんて嘘だ!と泣きが入った。
「だめ、もっと愛させて」
ああ、やっぱり食べられる。
全部全部ぺろりと。
でも、凄く満たされる。
「うん……もっと愛して」
それは、とっても幸福な夜だった。




