61.悪あがき
「私は嬉しいけど、どうして?」
アルが難しい顔をして考え込む。
「……さっき王家と聞いて嫌な感じがした。このまま平民でいるのはよくない気がする。お許しいただけるなら今すぐオルティス家に婿入りさせていただけませんか?」
王家か。なんせあの王女の父親だ。賢王とは言い難い人物なのよね。
「国王が何かしらの情報を持っている可能性がある、か。確かに、平民でいるのは危険だな。
分かった。すぐに手続きをしよう」
「すみません、利用するみたいになって」
「いや、書類はすでに準備していたんだ。だから聞いただろう?結婚をいつにするかって」
まさか書類が出来ているとは!
「それなら私はお友達に手紙を書こうかしら。娘に素敵なお婿さんが出来ましたって。籍は今日入れて、式は身内のみで行いますと書けば、妨害しにくいし、他の貴族への牽制にもなるわよね?」
確かに、平民でいるのは色々な意味でよくない。王族だけが問題ではない。貴族すらも危険なのだ。
「ありがとうございます。では私もエルディアに手紙を送ります」
能力持ちの元王子様は大変だわ。
そういえば強化魔法が得意だってお父様は兄様から聞いてるかな?
肉体強化が出来る人は多いけど、魔法を強化出来る人はとても少ない。まぁ後でいいか。
そこからは早かった。先に手紙を送り、その翌日、婚姻とそれにともないアルをオルティス家に入れる手続きに向かった。
しかし──
「申し訳ございません。こちらの書類はお受けすることが出来ません」
本当に邪魔が入った。アルの勘が当たった。
「……困ったくらいに役立つな」
「おかげさまで今まで無事に生きてこられました」
「さて、どうする?」
チラリと係員を見る。
アルがニッコリと王子スマイルを見せると、ビクッと怯んだ。
「誰の命令だ?」
「……王宮から通達がありました。罪人に貴族籍を与えてはならないとのことです」
「ふぅん。なるほどね。
分かった。では決済はしなくていい。ただし、受付印は押してくれ。少し伝達ミスがあるようだから、私が直接陛下に会いに行こう」
係員が悩んでいる。優し気なのに王族特有の圧がある。余りにも堂々とした態度に、本当にミスなのでは?という考えも浮かんでいるのだろう。駄目とは言いづらそうだ。
「君達が頼まれたのは書類を通さないようにすることだろう?受付印を押してもその状態で止めておけば罪にはならない。そうだね?」
王子様モードのアルは腹黒王子。結局係員が負け、受付印を押して保留という形になった。
「本当に王宮に向かうの?危険じゃない?」
「大丈夫だよ。ルシアは待ってる?」
「どうしてよ」
置いていかれるなんて嫌なんだけど。
「さすがに王様の髪を抜いたら捕まるから」
「やるって言ってないじゃない!」
私を揶揄う余裕があるみたいだから本当に大丈夫なのよね?まあ、何があっても負けないし守るけど。いざとなったら毛根死滅も辞さない。
お父様はとりあえずお留守番。なるべくオルティス家を巻き込まないためだ。
私はつ、妻ですから?一緒に行きますとも。
妻か……早く皆にそう言いたいな。
事前に謁見願いを出していなかったのにも関わらず、あまり待つことなく通される。
「思ったよりも早い行動でしたな。アルフォンソ殿」
「お久しぶりです。ウルタード王。
無駄話は結構です。なぜ私がオルティス家に入る邪魔をするのですか?」
陛下ったら駄目ね。また太ったわ。何よそのお腹は!
「オルティス家の為だよ。父親殺しで国外追放された男を籍に入れるなど以ての外だ」
「それで?」
「その様な重罪人は王家で管理するべきだということだよ」
うーん、さすがクラウディア様の親だ。
清々しい程に自分勝手で醜悪。
少し呼吸が荒い気がする。心臓に負担がかかってるのかな。クラウディア様のせいで心労が?検査が必要ね。
「陛下、太りましたね」
「……なんだ、ルシア嬢。突然」
「自己管理も出来ない人が他人を管理なんて出来ないと思いまして」
「不敬罪で捕まりたいようだな?」
内々の話だからと警備が最低限の人数にしているがゼロではない。剣に手をかける音がする。でも、この王様はゴミ屑と違ってそんな暴挙には及ばない。そこまでの勇気も力もないから。
だってアルはもう王子ではないのに、利用しようとしているくせに、いままでの態度を許している。王として負けているわ。
「あなたは愚かだな。どうせ何も調べていないのだろう」
「何だと?」
「私は罪人ではありませんよ。入国の際、気付きませんでしたか?ああ、到着したことしか確認しなかったのかな?」
そう。国民には罪人として国外追放したと伝えられたけれど、実際には裁判も何もしていない。アルが自ら責任をとって王籍を抜け、国を出ただけなのだ。
アルを慕う人々と、アルの呪いを恐れる人。それぞれの真反対の理由で彼を罪人にしないと決まったあたりが何とも皮肉なことだ。
「ですから貴方の心配は無用です。他に理由はありませんね?では今すぐに命令を撤回して下さい」
「……だが父親殺しは事実だろう。それは我が国では罪だ。人として許されるべきでは無い!」
……許せない。何も知らないくせに!
思わず体が動きかけた私をアルが止める。
大丈夫だよ、と囁いて。何も大丈夫じゃないのに!
「では、クラウディア王女も罪に問いましょう」
「……何だと?」
「彼女は自分の護衛騎士に本人の意思を無視して制約魔法を掛けましたよ。ウルタードでは禁止項目ですよね?
更には脅して体の関係を強要した。婚約者がいると知っていたのに。権力を使った脅し行為も罪だったはずだ。
さあ、どうする?まさか、王族は罪に問われないとでも?それならば私だって当時は王族だった。罪では無いな」
王子として話すアルはあまり好きじゃない。
早く家に帰りたいわ。優しくて可愛いアルを抱きしめたい。
「私が訴えてもいいですよ。婚約者を寝取られたと大騒ぎしましょうか?実際この目で見ましたから。ベッドで抱き合って眠る姿。なかなかに屈辱でしたわ」
アルが私の手を握る。今更傷付かないよ、気持ち悪いから思い出したくはないけど。
「王よ、諦めろ。すでに国中…いや、エルディアにも結婚の知らせを送った。今更無かったことには出来ない。
貴方は疲れているよ。この計画が無理だと本当は分かっているのだろう。そろそろ王子にその場を譲った方がいい」
やっぱり嘘。王子モードも少し格好いい。
陛下は自分の衰えが分かっているから少しでも力が欲しかったのかな。それがアルを手に入れることだったのかも。
「そうですね。早めに精密検査を受けて下さい。体調が悪いですよね?怪我と違って生活習慣病は魔法でも治療が難しいんです。引退して健康的な生活を送ることをお勧めしますわ」
暴飲暴食はストレスが原因なことが多い。この人に王の冠は重いのだろう。
「思ったほどのことは無かったね。急ぎで籍を入れることになって悪かったよ」
あの後、すっかり大人しくなった陛下は諦めたようだ。無事書類は通り、私はアルの妻になった。
「私は嬉しいって言ったじゃない」
「そうだったね」
アルを信じてる。二人を比べるつもりもない。
それでも、セシリオにされたことは私を不安にさせるのだ。結婚の約束が延びることは怖い。また失いそうで。
あなたの妻になれた。それだけでこんなにも安心できる。
「これからよろしくね、奥様」
アルはきっと私の不安を感じ取ってる。でも何も聞かずに、私の喜ぶ言葉をくれた。
「こちらこそ、旦那様!」
優しい貴方が大好き。
二人で手を繋いで歩く。これからの二人の話をする。照れくさいけど嬉しい。アルも幸せそう。
陛下のせいで大慌てだったけど許してあげちゃうわ。
「そうだ。住む所はどうする?あとお仕事も決めないとね」
「そうだなぁ。仕事を先に決めた方がいいかな。ルシアは治癒院に戻るんだよね?」
「そうね、とりあえずは」
「とりあえずなのか」
「うん。私はね、治療を続けたいの。でも、治癒院では上の道に進めって言われてて。それが嫌で困ってたのよね」
「ふ~ん。ならルシアが開業したら?」
「えっ?!」
「経営は私がやって、ルシアは治療に専念する。どう?」
怖っ!王子様な発言怖いっ!
すんごく簡単に開業医を勧められたわ!
何処かに手頃な建物売ってないかな、とか呟かないで。即金で買いそうで怖い。
でも……ちょっと魅力的かも。でもなぁ。
「ご両親にも相談してゆっくり考えよう」
「貴方の親でもありますけど?」
「……義父上達に相談しよう」
照れて可愛いな。さっきは陛下をやり込めてた癖にね。




