55.報復(クラウディア)
目が覚めて、やっぱり私は神様に愛されていると思った。
エルディアでの出来事を何も覚えていないと涙を浮かべ、不安げに訴えると皆が同情してくれた。
これですべて無かったことにできるわ。
だって何かの間違いだったのよ。
エルディア国が悪いの。
私は巻き込まれただけでしょう?
「はじめまして、クラウディア王女殿下。私は医療魔法士のミゲル・オルティスと申します」
そう挨拶をしてきたのは、あの腹立たしいルシアの兄だった。
「お父様が無理を言ってごめんなさい。道中よろしくお願いするわ」
あの女に少し似ているのが癇に障るけれど仕方がないわ。魔法士としては優秀みたいだし、あの気持ちの悪いエルディア王に弄られた体を綺麗に治してほしいもの。
そうでなければ何も無かったことに出来ないから。
「治療を開始します。何か痛みや不快感があったら教えて下さい」
宿に着く度に治療を受ける。移動の疲れを癒やし、体調を整えてくれる。
本当。なかなかいい腕ね。顔も悪くないし。
このまま私の専属にしようかしら?
「ねえ、このまま私のもとで働く気はない?」
城務めは下級貴族が憧れる職業でしょう?
「……本当に醜い女だな」
突然魔法士の態度が変わった。
今、なんと言ったの。私が醜い?
「お粗末な演技で罪から逃げて、もう次の男漁りか?
まさか国に戻ったら今までの様に愛される王女として、見目のいい男を侍らせて面白楽しく生きていけると勘違いしていのか」
「……お前、何を言っているの……」
「しっかり診る必要もない。お前は記憶を無くしてなどいない。ただ責任逃れがしたくて忘れたフリをしているだけだろう。お前の父親にもすでに報告済みだ」
どうして分かったの?!いえ、それよりもお父様に報告……?そんな……
「……お前が何を言っているのか分からないわ。ただ分かることはある。それはお父様が私を愛していることよ!
だから何があっても私を守ってくれるわ。
私に無礼な態度を取ったことをすぐに後悔することになるでしょう!」
私は王女よ。家族の中で一番お父様に愛されていた。その私を貶した罪は重いわよ?
「フッ、ここまで馬鹿だと笑えてくるな」
「なんですって?!」
「確かに王はお前を可愛がっていた。父親としてな。だが、父で在る前に国王だ。父としてなどという感情は王としてのあの男にとっては塵芥だぞ。
だからお前はエルディアに嫁いだのだろう?」
「!」
そう……そうだった。お父様は……
「なぜ俺がお前の面倒をみていると思う?」
「それは……お父様が……」
「俺が頼まれた事は3つ。
1つはお前の記憶喪失の確認。俺は嘘を見抜くのが得意なんだ。視線、動悸、発汗……お前の場合はそんなに注視しなくてもすぐ分かって楽だったが。
2つ目は子宮の治療。早く次の夫との子を産めるようにな」
次?あんな目に遭って、やっと戻ってくる娘をもう次の相手に嫁がせるの?!
「3つ目。もう少し従順になるようにきちんと躾けることだ」
「え?」
「次の相手はパスクアル国王だ。よかったな、優雅な暮らしは維持できるぞ」
パスクアル……そこは確か……
「……一夫多妻制の?」
「ああ、お前は第10夫人だ。あそこは妻達を後宮で囲う。夫が来るのを待つだけの暮らしだ。楽をしたいお前にはぴったりだな。
残念なのは後宮内は男子禁制なことか。まあ、いなくは無いがアレを切り取った奴しかいない。良かったな、妻達の為にそこまで気を配ってくれる国で」
何それ。後宮に囲われて一生出られないの?
それに妻が10人って何?そんな中でいつ来るか分からない夫を待つだけの生活?
「……うそよ、お父様がそんな酷い国に……」
「あの国はウルタードにはない香辛料と、国独自の美しい織物がある。新しい貿易を結ぶんだとさ」
「どうして?!たかだか香辛料と引き換えに結婚だなんて!」
「頭も素行も悪く、取り柄は顔だけの王女を引き取ってくれる国だ。感謝するがいい」
……やっと気が付いた。この男は私を憎んでいる。
「……私がセシリオを奪ったから?」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたがようやく気が付いたか」
私は悪くない。あれは真実の愛で……あの女がセシリオを醜くしなければ、ずっと幸せでいられた!
「ごめんなさい!私が愚かだったの……知らない国で寂しくて、つい、優しいセシリオに縋ってしまった……本当に申し訳ないと思ってるわ……」
腹立たしいけれど、今はこの男を懐柔してお父様への報告を変えてもらわなければ!
「やっぱ馬鹿で浅はかだ。嘘は分かるとさっき教えただろうに」
「嘘じゃない!本当よっ!!」
どうして!私が泣いているのよ?なぜ優しくしないの?!
「さて、そろそろ仕上げをしないとな」
「え」
ガクンッ。
体から力が抜ける。男が支えてくれたから大丈夫だったけど……なぜ?
「子宮はもう綺麗だ。これならすぐに孕める。お前は夫に相手にされるのとされないのとではどちらが屈辱だろうな。ああ、顔のいい男が好きだったか。なら、たくさん愛される様に少し協力してやる」
……怖い……何を言ってるの……
「大丈夫。高級娼婦に施すタイプの魔法だ。具合がいいと男が喜ぶ。お前の夫も気に入るだろう」
いやよ!そんなこと望んでないっ!!
「たくさん愛され子を孕んで。ただ心配だな。他の妻達の悋気をお前は上手く躱せるかな。
毒や怪我に気を付けろよ?いや、どちらでもいいか。
ウルタード王はお前が嫁いだという事実があればいいんだ。その後に殺されようが顔を刻まれようが、どうせ死体になってからしか外に出られない。1年後でも30年後でもたいして変わらないだろう」
うそ……、嘘よ……お父様は私を捨てるの?
国の為に利用して……それでお終い?
「あとは自傷防止の魔法と。どうするかな。相手の好みが分からないからあまり精神の縛りは出来ないな。生意気な女が好みという男もいるし、このままでいいか。
よし。体は娼婦並みにしてやったし、自殺も出来なくした。これで王からの依頼は完了だ。
もう動いていいぞ。声も出るだろう?」
「……どうして……あなたは医療従事者なのでしょう?どうしてこんな酷い事が出来るの!!」
娼婦の様な体?具合がいいって何なの?!
パスクアル王は私の好みではないのでしょう?そんな醜い男に抱かれるなんて最低だし、そのせいで命を狙われる日々を送るというの?!
自死すら許されないなんて……地獄じゃない!
「『愛する娘が嫁ぎ先で困らない様にして欲しい』それが王からの依頼だ。
だから夫に愛される体にしてやったし、子も産まれやすくした。父親より早く死なない様にもしたし完璧だろ?
大丈夫。殺されはしないさ。殺人は重罪だ。多少の怪我とかで済むだろう」
「……お父様に言いつけるわ!お前がやったことを裁いてもらうから!!」
例え駒だとしても私は王女よ!この男だけは許さないっ!!
「分かっていないな。なぜ王が俺を指名したと思ってるんだ?」
なぜ……理由があるの?たまたま彼処にいたからではないの?
「お前はオルティス家を分かっていない。
今、治療院で使われている薬や魔法の多くはオルティス家が開発したものだ。そして、それらの権利は国じゃない。オルティス家にある。
意味が分かるか?権利があるという事は、勝手に使うなと言う権利もあるという事だ。
突然薬も魔法も使えなくなったらどうなる?」
「……うそ」
「だから今回のお前のやらかしに王は大慌てだったよ。だからお前の始末を我が家に託した。
さっき言ったな。医療従事者だと。そうだよ、本当なら殺してやりたいくらいだがそれは出来ない。だから、治療として許される範囲で報復させてもらっただけだ。恨むなら自分を恨め」
綺麗なセシリオが欲しかった。
ただそれだけだったのに。
私の恋は……そこまで許されないものだったの?
セシリオ、助けて。私の騎士でしょう?
お願い!助けてセシリオ!!
一月後、パスクアル国へ嫁いだ。
セシリオは道中の警護として側にいた。
私的な会話は一切なく、私が逃げないよう、不貞を働かないよう見張る監視者でもあった。
そして──
「王女様、お幸せに」
そう言って私を残し、去って行った。




