50.涙
どうしよう。何を話せばいいか分からない。
なんで今更緊張するのよ。
「……ルシア、ごめんね」
「へ?」
いきなりの謝罪におかしな反応をしてしまう。
「リカルドの結婚の件。こんな事になるとは思わなかったんだ」
「あ……、うん」
そうだった。アルフォンソ様はずっとリカルド様をおすすめしてくれていたのだわ。
「アイツは今は拒んでいるけど、辺境や国の事を考えると……エスカランテの娘と結婚すると思う。本当に申し訳ない」
また謝ってる。本当にこの人は……
「謝罪はいりませんよ。私とリカルド様はいつもタイミングが悪かったんです。
お互いに惹かれるものはあったのにいつも思いが重ならなくて。
残念ながら縁が無かったみたいですね。
それにエスカランテ様のご令嬢との縁談のお話が上がった今になってみると、それで良かったのかもしれません。
他国のしがない男爵の娘と宰相であり新国王である公爵家のご令嬢とでは勝負になりませんもの。また、婚約破棄になったらさすがに立ち直れなかったと思いますよ」
リカルド様は辺境の為に生きる方だ。愛の為にすべてを捨てたりは絶対にしない。
だから、こうなる運命だったのだろう。
「……無理してないか?」
「先程リカルド様とお話をしてきました。お互いに納得して終わりました。ご心配下さりありがとうございます」
「……そうか」
人の事を心配している場合では無いでしょうに。
「アルフォンソ様はここで何を?」
「ああ、借りっぱなしの本があったから返しに来たんだ」
「……いつ頃出発されるのですか?」
「もう知っているのか。たぶん、1週間以内かな。国民が不満に思うといけないからね。
それまでに仕事の引き継ぎとかクラウディアとの婚姻無効の手続きとか、やる事が山程ある。
今は息抜きの散歩だよ。そろそろ戻らないとな」
「結婚、無かったことになるんですね」
……自国のことなのに今初めて聞いた。
「もともと白い結婚だったからね。私は追放処分だし、あの契約書のこともあるし。全てを無かったことにした方がお互いの国の為だから。
クラウディアはこのまま国に戻って療養されるそうだよ。彼女もこの国に嫁がなければもっと違う人生があっただろうに。あの人にも俺にも利用された哀れな女性だな。本当は謝りたいけれど……ね」
クラウディア様はここに来てからの事を覚えていないらしい。アルフォンソ様のこともセシリオのことも国王のことも。
きっとウルタード王は全てを隠すだろう。そして噂が消えた頃にまた何処かに嫁がされるのだろうな。国の為に。
アルフォンソ様は彼女を被害者だと言うけれど、全て彼女が自分で選んだことだ。私は同情する気はない。
「ところで。アルフォンソ様は私に何も言わず旅立つおつもりだったのですか?」
さて。そろそろ説教タイムだ。
緊張が解れてきたら色々思い出した。言わなくてはいけないことがたくさんあるということを!
「……だって泣いてしまうかもしれないし」
「は?」
説教する気持ちが吹き飛んだ。泣く?誰が?
「私は本当に嬉しかったんだ。ルシアが言ってくれたことの全てが。だからいざ別れを告げるとなると……」
これは……告白?なのかしら?
いや、無自覚……というか人としての好意?
というか、こんなこと言う人だっけ。
そんなに潤んだ瞳で見つめられても……ん?
「アルフォンソ様、少し触りますよ」
額に触れる。……あっつい。
「……かなり熱が高いですね。いつからですか?」
「どうかな。よく分からない」
こんなに高熱なのに分からないって……いつもそうやって一人で我慢していたのだろうか。
「座ってください、護衛の方を呼んできます。治療は部屋に戻ってからにしましょう」
「あ、」
ドアに向かおうとすると、腕を掴まれた。
「……ごめん、間違えた……」
慌てて離そうとする手を逆に捕まえる。
……熱い。
こんなに高熱でも誰にも気付かれずに仕事をして、助けを求めることもなく私の心配なんかして。
やっと少し甘えた様なことを口にしたくせに、すぐに手を離す。
こんな人、放っておけるはずが無い。
「寂しいの?アルフォンソ様」
潤んだ瞳が見開かれる。
「私がずっと側にいるわ」
「……駄目だ。私は罪人として追放される身だ」
「私だって共犯ですよ」
だって止めなかった。黙って見届けたわ。罪だと言うのなら、あの場にいた皆が罪人だ。
「違う……君は人を救う人だ。私みたいに……親を狂わせたりしない……」
「あんな人の言うことなんか聞かないで。私を信じるのではなかったの?
貴方は優しい人よ。人を大切にできる人。
自分を大切にしない所が難点だけどね。
優しい人が損をするなんて嫌な世の中よね。でももういいじゃない、この国から解放されても。
貴方はもう自由よ。これからは何でも出来る。今まで苦労した分好きな事をしましょう?」
だってこれだけ尽くしているのに、この国は貴方を捨てるのだ。それなら貴方だって捨てればいい。貴方は辺境への愛だけ覚えていればいいわ。
「……好きな事なんて……」
「それなら私と一緒に働きませんか?医療魔法の仕組みを覚えたら強化出来るんでしょう?そうしたら、もっとたくさんの人を救えるわ。
どうせこの国は貴方の強化魔法に縛りを掛けてから追放するのではないの?だったら医療魔法のみとか、私の魔法のみとかに限定しちゃえばいいのよ。ね?」
「私が……一緒に……」
「ええ。もし医療魔法の強化が出来なくても薬師になるとか出来ることは色々あるわ。
貴方も私と同じ、人を救うことが出来るの。
だから、一緒に行きましょう。絶対に貴方をひとりぼっちになんかしないから」
潤んだ瞳から涙が溢れる。熱のせいか、何かしらの感情なのかは分からない。
それでも、泣いてしまえばいい。
今まで我慢して来た涙を全て流し切って、新しい未来を見て欲しい。
そう願いながら、熱い体をそっと抱きしめた。




