35.従順な部下
カハールが会うなり睨み付けてくるのだけどどういうことかしら。
「何よその顔は」
「とうとうやったのか!この魔女め!」
え、なぜ会うなり怒ってるの?
「まぁ、こんなに可愛らしいお嬢さんになんて失礼な事をいうの!」
本当だわ、おば様もっと言ってやってください。お宅の息子さんは結構失礼なんです。
「母上、騙されてはいけませんよ。この女は自分を裏切った男の毛根を死滅させる魔女なのです!」
あぁ、セシリオの髪のこと?すっかり見慣れたから忘れていたわ。
「まぁ!凄い技をもっているのね!社交界の奥様方に教えたら喜ばれそうだわ~」
「母上!?」
よかった、おば様は味方だわ。そうよね、ここは女性の立場が弱い国。やり返せるすべがあるなら知りたいですよね。
「残念ながらセシリオの頭は私じゃないわよ」
「嘘を吐くな!こんな酷いことお前以外の誰がやれると言うんだ!」
「兄よ」
「……兄?」
「そう、私よりも容赦のない兄の仕業です」
慌てて周囲を見回す姿が笑える。
「今はバレリアノにいるから大丈夫よ。それに抜けただけで毛根を死滅させるのは防いだわ。私って優しいでしょ?」
男の人にとって毛髪はそんなに大切なのね。
「……もうお前が陛下を倒せばいいんじゃないか?勝てそうな気がしてきたぞ」
「ハゲで戦意喪失して退位してくれたら平和でいいわ。本当にやってみる?」
カハールでも冗談を言うのね、驚いた。
「そろそろいいかな。君達がそんなに仲良しだとは知らなかったよ」
「殿下!ご無事で何よりです。失礼をお許し下さい。あまりにも衝撃的で」
「うん、すごいよね。パサッ!と綺麗に散ったらしいよ。私も見たかったな」
「あら、では今までの失礼の数々の罰としてカハールの髪で試しますか?」
「大変申し訳ありませんお許しを!」
まぁ、綺麗な90度のお辞儀だこと。
「さて、ふざけるのはここまでだ。宰相はどうしている?」
「最近は陛下が体調不良を理由に公務をほとんど行っておりません。その為閣下の負担が大きく窶れてきましたよ」
「クラウディアは?」
「そちらも同様で一切表に出てきません。お抱えの魔法士達もすべて陛下と行動を共にいるようです」
クラウディア様がどんな状況なのか気にはなるけど……また衝撃的な現場に出くわすのだけは勘弁してほしい。
「王妃に会うことは可能だろうか」
「……そうですね。今ならば、陛下の裁定が貰えず王妃様の元を訪れるという形にできるかもしれません」
「では衣装の用意を。私とルシアが行く」
「承知致しました。至急準備致します。閣下は本日深夜にこちらに向かうとのことです」
意外です。アルフォンソ様の前ではカハールは真面目で従順な部下なのね。
禿にするのを思い止まってよかった。
初めてお会いする宰相閣下は意外なことに、ガッシリとした筋肉質だった。なぜ?
「宰相をしているエスカランテだ」
「はじめまして。ルシア・オルティスです」
挨拶しながらもつい筋肉たっぷりの二の腕を見てしまう。
「どうかしましたか?」
「申し訳ありません!宰相という役職ですのに、ずいぶん鍛えていらっしゃるのだなと」
「あぁ!陛下や馬鹿な貴族達の相手をするとストレスが溜まるので、毎日鬱憤晴らしに剣を振っていたらこうなりました。おかげで筋肉、体力がつきましたよ」
想像していたより気さくな方だわ。
「ずいぶん大変な様だね、エスカランテ」
「はい。陛下は働かないし、殿下はいないし、貴族共は調子付くし。剣を振る暇もありませんでしたよ」
中間管理職は大変なのね。お疲れ様です。
「そんなお疲れなエスカランテには申し訳ないが、仕事を任せたい」
「……嫌な予感しかしないので、お断りしてもいいですか」
「あなたに次期国王になってもらいたい」
いきなり伝えちゃうの?宰相様が死にそうな顔をしてますよ?
「……聞きたくないと言いましたよね」
「すまない、貴方しかいないんだ」
宰相様が深い深いため息をつく。
「その言葉で嫌々宰相になったのに!」
「次は国王だから最後だよ」
見ていると可哀想になってくる。そうよね、重責ですもの。
「……よく、覚悟を決められましたね」
「うん、これ以外の勝ち筋を見つけられなかった。貴方もそう思っていただろう?」
「……貴方は最後まで王子であろうとすると思っていました」
「そうだね。私は王子であることが唯一の価値だと思っていたから。でも、王子じゃなくても変わらないと教えてくれたんだ。次の夢を見つければいいってさ」
そう言ってほんの少し微笑む。
「前半は否定しますが後半は概ね賛成です。殿下は優秀だと言ったでしょう。もっと自信を持って下さい。
貴方そこまでの覚悟が決まっているなら、私も腹を括りますよ。死ぬ程嫌ですけどね」
「……ありがとう」
宰相様もずっと前から覚悟はしていたのかもしれない。本当に国を想ってる人なんだ。
「それと母上に協力を仰ぐ」
「それは!……確かに今なら可能かもしれませんが……大丈夫ですか?」
「今更だよ、エスカランテ。それに彼女を連れて行く。私とは無理でも女性同士なら話は可能かもしれないだろう?なんせ、カハールを手下にして、辺境の獅子という恥ずかしい二つ名のリカルドを懐かせ、更には臆病者の王子に勇気を与えてくれた女神だ」
うわ、なんてことを言うの!?
アルフォンソ様は睨みつける私を見て嬉しそうに笑っている。
宰相閣下の視線がいたたまれなかった。




