26.予兆
今日はいい天気ね。
エンリケ様から長々と説教をされながら、ソッと外を眺める。
アルフォンソ様の嘘つき。お礼だけでは駄目だったわよ?
あなたは私の父親か!というくらいにお小言が続いている。
貴族の令嬢なのだからとか、結婚前の女性がとか、もっと自分を大事にしなさいとか。
いや、これはもうお母様目線も入っているかもしれない。
異国に一人で来た私を、自分の娘の様に心配してくれるのは凄く嬉しいしありがたい。
でも、エンリケ様の娘マリアちゃん10歳と同じレベルで心配されるのは少し困るわ。私はもう21歳の大人です。
リカルド様とアルフォンソ様は、慰問に出ているので助けてくれる人がいない。昨日、あんなことがあったから少し心配だ。
でも、しばらく距離を置くようにとアルフォンソ様にも言われたのよね。……友達になってほしいと言っていたくせに。
私は今日からイリス様の屋敷に住まわせてもらうことになった。ラファは目に涙を浮かべていたけど、男の子だから泣かないんだって!可愛いんだから。
確かにね、今までも独り身のリカルド様の屋敷に滞在していたのは良くなかったのかもしれない。ラファの為という理由もあったんだけどな。天使と離れ離れに……辛い。
「あの!昨日の噂男はどうなりましたか?」
「……おまえは反省していないだろう」
「いえいえいえ、本当に反省はしておりますし、エンリケ様には感謝してます!」
そこは疑わないで〜っ、でも気になるものは気になるんです!
「奴のことはまだ調査中だ。飲みに行った店で頼まれただけだと言っていた。少し噂を流すだけだと言われて、金欲しさにやったそうだ。
親御さんも可哀想にな。やっと育て上げたのに、はした金で将来をふいにしたんだ。
まあ、リカルド様がどう処分を下すかは分からんがな」
なんだ。思ったよりも小物だったみたい。
「王族の批判ですからね。でもどうしてわざわざ医局で喋りだしたのかしら」
「お前がいるからだろう。愛人の前で恥をかかせたかったんじゃないか?」
「単なる馬鹿ですか」
要するに、あいつ自身が噂を信じたから私に嫌がらせをしたかったのか。
「でも、変ですよね。もともと慰問の予定は無かったんですよ。突然決めて出てきたから、殿下が辺境に向かったことを知ってる人は本当に少ないはずですし、こんな嫌がらせを準備する時間だってほとんどなかったはずなのに」
「……これ以上は手も口も出すなよ。お前は探偵じゃないし、殿下を守る騎士でもない。
医療魔法士としての仕事をしなさい」
エンリケ様にピシャリと言われて、その言葉の正しさに何も言えなくなってしまう。
確かに私がするべきことは医療魔法士としての仕事だ。
「……でも、私の友達です」
「お前は本当に鋼の心臓だな。なんで王太子殿下と友達になってるんだ……。
まあ、友達だというならあの方の弱みにならないように気を付けろ。今、お前にできる事はそれだけだ。
あと!一人での行動も控えろよ。絶対だぞ、絶対の絶対だっ!!」
……めちゃくちゃ念押しされた。
分かってる。私に出来る事なんて無いことは。
でも悔しいな。リカルド様は友としても部下としても動く事ができるのに。
私は女だから、戦えないから、部下じゃないから。側にいようとすると弱点として利用されるしかないなんて。
アルフォンソ様、何もできなくてごめん。
夕方、リカルド様が医局を訪れた。
何かあったの?怪我はしていないみたいだけど。
「ルシアお疲れ様。今日は何も無かったか?」
人を問題児みたいに扱わないで欲しい。
「はい、特に問題は無いですよ。リカルド様は?慰問に行かれたんですよね?」
「ああ。エンリケはいるか?少し相談事があるんだ」
「奥にいますよ。少しお待ち下さい」
慰問先で何かあったのかしら。
その後、二人はしばらく応接室で話し合われてから、私達医療魔法士を招集した。
「アギラルの町で伝染病が発生したおそれがある。まだ患者数は少なく、医師による検査の結果待ちだ。ただ、前辺境伯夫妻の症状と似ていた。
医局長との相談の結果、アギラルは一時封鎖する。それと医療魔法士の応援を頼む。前回治療を担当した者達で動いてほしい。以上だ」
伝染病……殿下が来た途端?そんな偶然があるのかしら。それに前辺境伯夫妻が罹った病だなんて。
「質問よろしいでしょうか」
「ああ」
「伝染病とのことですが、病名を教えていただけますか?もしかしたら、エルディアとウルタードで治療法が違うかもしれません」
エルディアで流行り病があったなんて、ウルタードには伝わって来なかった。それは何故なの?
「……分からなかったんだ。王都の協会からも医療魔法士を派遣してもらったが、まったく新種の病だと。その後も研究は続けてもらっているが、なんせ症例が少な過ぎる」
……新種か。
「では感染経路も?」
「そうだ。だから皆、慎重に動いてくれ」
「承知致しました。エンリケ様、あとで資料を見せていただけますか。ウルタードで発見されていないか確認したいです」
「もちろんだ、至急頼むよ」
アルフォンソ様じゃなくても分かる。
すごい危機感。何かが大きく動き始めた気がする。




