29子供? いいえ、大人です!
「それじゃあ、美鈴さん。僕は冷たいものでも買ってきますから。ここで待っていてくださいね」
俊介はそう言うと、美鈴に背を向けて歩き出した。
「うん! ありがとう、お兄ちゃん」
ベンチに座る美鈴が、元気に礼を述べる。
今2人が来ているのは、河道の奥にある河川公園だ。
河川敷なだけあって、せせらぐ青々とした川や、生い茂る樹木、まるで緑のカーペットを敷き詰めたような芝生は、小さな森といっていいほどだった。
「……それにしても美鈴さん、少し焦りすぎじゃないですかね」
自販機のボタンを押しながら、俊介はひとり呟いた。なにせ放課後の部活や夜の自主トレに加え、朝練までするというのだ。美鈴はまだ1年なのだから、レギュラーが取れなくてもそんなに焦る必要はないはずだ。
……それとも、全国大会が決まったことが、彼女の心から余裕を無くしたのだろうか。
「お待たせしました、美鈴さん。スポーツドリンクでいいですよね?」
俊介は美鈴の元に戻って。
自販機で買ってきたペットボトルを渡した。
「ありがと! お兄ちゃん超優しいね! 略してC・Y・OマークⅡだね!」
嬉しそうに美鈴はペットボトルを受け取る。
俊介は隣に腰掛けると、苦笑しながら言った。
「なにがCYOですか。飲み物買ってきただけで。それに、マークⅡの意味も分からないですよ」
「まーまー。いいからいいから!」
「そ、そうですか……?」
「あんまり難しく考えるの、止めた方がいいよ!」
そう言いながら美鈴は、ゴクゴクとスポーツドリンクを飲み始めた。
隆起するのど仏。きらめく唇。
白く引き締まった体には汗がにじんでいて、それが朝の陽光に照らされ健康的な美しさを醸し出している。俊介は自分の分に買ってきたコーヒーを飲むことも忘れて、一瞬見惚れてしまった。
が、すぐに平静さを保つと、
「飲み終えたら、家に戻りましょうか。なるべくスローペースで。あまり根を詰めすぎて、授業中に居眠りでもしたら大変ですから」
「もー! またそうやって子供あつかいするー!」
美鈴は、プクーッと頬をふくらませた。
「なんでお兄ちゃん、あたしのこと子供あつかいするかなー。ヒメちゃんやレイラちゃんには、もっと大人っぽく接してるくせに。あたしだって、もう自分のことぐらい自分で解決できるんだからね。だからお兄ちゃん。もうあたしのこと、子供あつかいするのはやめてほしいな」
「してませんよ」
「してるもん! 体だって小さいし、胸だって全然ないし……まだまだ子供だって思ってるでしょ?」
「そんなことないですよ。それに、言ったでしょう? 美鈴さんはまだ成長期なんですから。胸だって、これから大きくなりますよ、きっと」
「うぐ……そ、そうかな?」
冷静に言い返され、美鈴は納得するしかなかった。
そして、
「……ねえ、お兄ちゃん」
「何ですか?」
名前を呼ぶと共に美鈴は、俊介のすぐ横までにじり寄ってきていた。
そして俊介の腕を取ると、自らの胸に押し当てた。
小ぶりだが、形のいい乳房だった。
型崩れなどという言葉とは無縁な、形のいい均整美。汗でタンクトップから透けて見える乳が、まるで瑞々しい果実のように思えた。
「ど、どう? あたしだって、こうすると谷間ができるでしょ?」
「な、何してるんですか、美鈴さん!」
俊介は動揺しながら美鈴の行動を咎めた。何しろ、今俊介は完全に美鈴の胸をさわっているのだ。しかも、公共の場で。
「まずいですよ、美鈴さん! ここは家じゃないんですよ? 幸い早朝だから誰もいませんけど……いつ、誰が通りがかるか、分かったものじゃないんですからね!」
「いいよ。見たい人には見せてあげれば」
あわてふためく俊介とは対照的に、美鈴の口調は落ち着いていた。
そして美鈴は、俊介の腕を抱く力を強めながら、
「あたし、今がんばってるんだ。部活もそうだけど、勉強だってがんばる。何でもできる自立した女の人になりたいの――瀬戸内恋華さんみたいに」
「恋華さんみたいに……ですか?」
「うん。朝練に誘ったのも、そういうあたしの頑張ってるところ、お兄ちゃんに見てほしかったからなんだ。あたしのことを見て、褒めてほしかったから」
「……美鈴さん」
「あたし……もう大人なんだからね?」
そう言うと。
パッと美鈴は、俊介から体を離し立ち上がった。
「えっ? 美鈴さん?」
不思議そうに俊介が尋ねると、美鈴はまぶしそうに朝日を見上げていた。
そして、ふと振り返り俊介を見つめると、
「ほら、お兄ちゃん! ランニングの続きしよ! いつまでも休んでたら、学校間に合わなくなるって!」
「えっ……ああ、はい」
そう言われ、俊介もベンチから立ち上がった。
しかし、俊介には分からなかった。突然迫ってきたり、突然やめたり。一体どういう心境の変化なのかと。
いや、本当は分かっていたのだ。
……美鈴はただ、俊介に自分の成長を認めてほしかっただけなのだと。
「いくよーお兄ちゃん! 家までレッツ・ゴー!」
俊介はハリキリながら走る美鈴の後ろを自転車で追いつつ、思うのであった。
これからは、もう少し美鈴を大人扱いしてあげようと。




