28叩く? いいえ、叩きません!
俊介と美鈴は、河川敷を走り回っていた。
俊介は竹刀を持っているということもあり、自転車で美鈴の後ろをついていくだけだが。それでもフォームの乱れを指摘したり、エールを送ったり、大変重要な仕事だ――と、美鈴に教えられた。
「ねえ、お兄ちゃん! 朝から走るのってきもちいーよね!」
「そうですね。まあ、僕は走ってないんですが」
チラリと後ろを振り返った美鈴の言葉に、俊介は返事をする。
気持ちいいかどうかはともかく、木漏れ日が差し込む中、青々とした新鮮な空気を吸うというのは、案外いいものかもしれない。俊介はそう思っていた。
美鈴はクスッと笑って前を向き、
「それならさあ、毎日でも付き合ってよ! お兄ちゃんだって、いつもお勉強ばっかしてたら、頭でっかくなってタコさんみたいになっちゃうよ?」
俊介は苦笑しながら、
「いいんですよ。勉強は好きでやってることなんですから」
「そうなの? あたしは勉強すごーく苦手だからなー。お兄ちゃんが羨ましいよ」
「僕は美鈴さんの体力が羨ましいですけどね」
「とにかくさっ!」
美鈴は目だけを俊介に向けて言った。
「たまにでいいから、いっしょに走ってよ。ね、コーチ!」
「ま、まあ、たまにでしたら……」
テンション高く尋ねる美鈴に、消極的な返事をする俊介であった。
……それから1時間ほど。
「美鈴さん、ちょっと休憩しませんか?」
と、俊介はペダルを踏む足を止め言った。
美鈴はきょとんとしながら振り返ると、
「ふ、ふえ? どーして?」
「どうしても何も、これ以上はオーバーワークですよ」
「おーばーわーく?」
美鈴がキョトンとした顔でオウム返しをする。
「はい。これ以上は授業にも差し支えが出てしまいますし、午後は部活だってあるでしょう? いくら大会出場が決まったからと言って、無理は控えるべきです」
「む、無理なんかしてないよ!」
「じゃあ、その滝のような汗は何ですか?」
俊介が、体中に滲んでキララ輝く汗を指摘すると、美鈴は、
「……まだやれるもん」
気まずそうに目をそむけ、プクッと頬をそむけながら言った。
「いいですか? 美鈴さん」
俊介は、少し厳しめの声でたしなめた。
「確かに大会に出場するんですから、一生懸命なのは分かります。でもね? 美鈴さんはまだ成長期なんですよ? 骨格だってまだ固定されていません。それなのに、過度な運動を続けたらどうなりますか? 不調や怪我は言うまでもなく、後遺障害にだってなりかねないんですよ。それでもいいんですか?」
「……はうぅ……」
トン、トンと小気味よく踏んでいた美鈴のステップが、だんだんと小さくなり、ついには止まった。
「よって!」
俊介は竹刀で地面をバシンと叩いた。美鈴はビクンと肩を震わせる。
「休むことだって、立派な練習です。それに、部活動に専念することは結構ですが、本業は学生なんですから。学業に支障が出ない範囲で頑張る。これが約束できないなら、僕はもう練習には付き合いません」
「うん……わかったよお。お兄ちゃんの、言うとおりにする」
ふええ、と俯きがちに、泣きそうな顔で美鈴は頷いた。
その表情を見て、俊介は一瞬心を痛めた。
美鈴の体を案じたとはいえ、少しキツい言い方になったのではないかと。
しかし、すぐに顔を上げると美鈴は、
「……と思ったのに」
「はい?」
不明瞭なつぶやきに、思わず聞き返す俊介。
すると美鈴は、ハッキリとした声で、
「竹刀であたしの体! ビシバシ叩いてくれると思ったのにー!」
河川敷に、美鈴の悲痛(?)な叫び声が響くのであった。
……というか、やっぱりその為に竹刀を持たせたのか。俊介は内心で呆れながら泣き崩れる美鈴を見下ろしていた。




