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26付き合わない? いいえ、付き合います!

「やあ美鈴さん。今日も精が出ますね」


 早朝。俊介はリビングに降りると、彼女にそう声をかけた。

 井川美鈴。井川家の4女。


 背は小さめで、パッチリした大きな目をしているので、パッと見ではかなり幼く見えるが、小柄ながら引き締まった体つきで、出るところは出ている。数年後に期待といったところだ。


 オレンジがかったブラウンのショートボブは、ボーイッシュな雰囲気で、それがまた元気な美鈴のイメージに良く合っていた。


 そんな彼女は、上に濃紺のジャケットと、下はトレーニング用のジャージを履いていた。どうやら、これから走りこみでもするつもりらしい。


 が、俊介はある違和感を感じていた。


「あれ……そのジャケット、僕のじゃないですか?」


 美鈴が羽織っているジャケットが、明らかに大きいのである。大きさはオーバーサイズだし、裾のあたりなんかは完全にブカブカである。というか、最近俊介の部屋からよく服が紛失するという事件が起きているのだが、まさか美鈴が犯人だったとは。


「なんで美鈴さんが、僕の服を着てるんですか?」


「えー、だってー」


 俊介の問いかけに、美鈴は眉を潜めて困ったような表情を見せた。


「あたしのよりお兄ちゃんのジャケットの方が、ポケットが1つ多いんだもん。いわば、これは機能美を追求した結果だよ! 他意はないよ!」


「ほーう、そうですか。そして、その本音は?」


「お兄ちゃんの匂いが染み付いてる服だからね……時々ちょっと借りて癒されてるんだよ……あっ!? 言っちゃった!」


「やはりそうですか……」


 あたふたする美鈴を尻目に、俊介はため息をついた。

 今度からは美鈴に衣服を取られないように、部屋への出入りは厳重に警戒しよう。本気でそう思う俊介であった。


「それよりも。最近はずいぶん気合が入ってるようですが、何かあるんですか?」


「そうなんだよ! もうすぐ大会が近いからね。がんばらないとだよ!」


 美鈴の言う「大会」とは、彼女の所属しているテニス部の全国大会のことだ。その出場が決まった時から、美鈴は朝練を始めたのだった。元々家に帰ってきてから自主トレーニングもしていたので、朝から晩にかけて、美鈴の練習量は凄まじいものがある。


「もしかしたら、あたしにも出番があるかもしれないからね。その時になって体力不足で泣くのは、いやだもん」


「日程が決まったら教えてください。何を置いても応援に行きますから」


 俊介は、握りこぶしを固めながら闘志を燃やす美鈴に、エールを送った。

 美鈴という少女は、井川家で唯一部活をしている。

 どんな時にも笑顔を絶やさず、それでいて人を思いやる優しい心を持った女の子。そして、何よりも元気がいっぱい。

 その元気さのおかげで、井川家はどれだけ明るくなっていることか。


 彼女はまさに、井川家の「ムードメーカー」的存在なのだ。


「でもさー。ここんところ、ちょっとやる気が起きなくて」


「やる気……ですか?」


「うん。あたし1人で自主トレしててもつまんないから、ヒメちゃんとレイラちゃんを誘ったの。そしたらヒメちゃん、『わたくしには家事があるので、そんな暇はありませんわ』だって。でね? レイラちゃんからは、『わたしは闇の眷属。夜の帳が下りるまでは、力が最大限に発揮できないの』って言われた。要するに低血圧ってことだね」


「はは。和姫さんは忙しいですし、レイラさんは面倒くさがりですからね……」


 と、俊介は乾いた笑いを浮かべる。

 美鈴が必死に頼み込むのを、冷静に断る2人の姿が、容易に想像できたからだ。

 というか和姫はともかく、レイラは付き合ってあげればという話だが。


「あ~あ。誰かあたしの自主トレに付き合ってくれる人いないかな~」


 チラチラ横目で見てくる美鈴に、


「それなら、テニス部の誰かに頼めばいいんじゃないでしょうか?」


「それじゃ、自主トレじゃなくてただの部活とかわんないよ……」


 俊介がそう言うと、美鈴はため息をつきながら答えた。


「そうですか。じゃあ、誰とならいいんですか?」


 失言したのだろうかと、おそるおそる俊介が尋ねると、


「いるじゃない! あたしの身近にいて、トレーニングに協力してくれそうな男の人が1人!」


「えっ、誰ですか?」


「お兄ちゃんだよ! お・に・い・ちゃ・ん! あたしの朝練に付き合ってよ!」


 その言葉は、俊介にとって衝撃だった。

 なにせ俊介は小さい頃から勉強一筋。特にスポーツは苦手で、体育の成績は酷いものだった。体力もそれほどなく、とてもではないが、美鈴の練習に付き合うどころか、ついていけるとさえ思えない。


「そ、それは無理ですよ。僕なんかじゃ、美鈴さんの練習には付き合えません」


 俊介が正直に告白すると……。


「いいの! お兄ちゃんは付き合わなくて! ただ、あたしのことを見ていてくれさえすれば!」


「え……それ、僕がいる意味あります?」


「わかってないよ! お兄ちゃん、わかってない!」


 美鈴は腕をグルグル回してぷんぷん怒った。


「何がですか?」


「監督だって、選手と一緒に走ったりはしないけど、アドバイスをしたり気合を入れたりして、みんなに力を与えてるでしょ? それと同じで、あたしのコーチをしてほしいの」


「でも……僕なんかがいて、力になりますかね?」


「なるよ。お兄ちゃん(・・・・・)なら」


 それは。

 一寸の曇りもない、真っ直ぐなまなざしだった。


「まあ、お兄ちゃんには勉強があるし。だから、無理にとは言わないよ。でも、ちょっとでも余裕があるなら、協力してほしいな」


「そりゃ、まあ……。余裕は、ありますけど……」


 というより、恋華から命じられた「妹ウオッチ」を果たす絶好のチャンスだ。

 しかし……いや。

 俊介は、心の中で今の考えを否定した。

 妹ウオッチなんて関係ない。自分は、ただ純粋に、心から美鈴の力になりたいだけなのだ。

 妹ウオッチは、そのついでということで、いいだろう。


「わ、分かりました。美鈴さん、僕でよければ、力になりますよ」


「やったー!」


 俊介は拳を突き出し、


「やりましょう美鈴さん。2人で力を合わせて」


「おー!」


 と、美鈴は俊介の突き出した拳に、自らの拳を合わせる。

 

 かくして、俊介と美鈴の、秘密の朝練は始まったのであった。

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