1妖○ウオッチ? いいえ、妹ウオッチです!
「――俊介君の妹さん達のこと、もっとよく知りたい」
彼女がそう言ったのは、昼休みに屋上で弁当を食べている時だった。
隣で弁当を食べていた少年に向かって、そう発言したのである。
彼女の名は、瀬戸内恋華。
千本桜高校2年A組。17歳。
藍色のロングヘアーをした美少女。
大きく澄んだ瞳と、高くハッキリした鼻、雪のような白い肌。そして、誰にでも分け隔てなく接する明るい性格によって、ミス千本桜に輝く学園のアイドルであった。
「何でですか?」
そう答えた少年の名は、井川俊介。
恋華と同じ2年A組。17歳。
学園1の秀才である。
見た目は少し痩せ気味ではあるが、中性的で整った容姿をしている。
その俊介は瀬戸内恋華から3ヶ月前、偽装恋人の案を持ちかけられたのだった。
偽装恋人というのは、文字通り偽装の恋人。付き合っているフリをして、周囲の人間を騙す演者。なぜそんなことをするかというと、恋華は男子生徒からモテにモテまくっていて、毎日のように告白を受けている。しかし平穏無事な学園生活を送りたい恋華は、フェイクとなる彼氏が欲しい……とのことだった。
「そんなことをしても、無意味でしょう」
と、彼は箸を置くと、
「妹達となら、もう会って話したじゃないですか。しかも、勝負までしましたし」
「あの勝負で分かったことは、妹さん達が思ってた以上にブラコンってことだけだよ」
「うーん。それだけ分かれば十分だと思いますがねえ」
というより、その妹のブラコンを治したくて、俊介は恋華と偽装恋人になることを承諾したのだ。
「偽装恋人」である瀬戸内恋華とは、今は「お試し恋人」として妹達から認められている。
要するに、それはこういうことだ。『過剰なスキンシップの禁止』、『デートの際は必ず報告をする』、『お兄様へプレゼントをする際はわたくし達の許可をとる』
お試しとは名ばかりで、その実、恋人に必要なことのほとんどを封印されているのだった。
恋人として一応認められているが、いつ爆発してもおかしくない危うい均衡。
それが、恋華と妹軍団との現況なのだ。
「ダメダメ。私は妹さん達のこと、もっとよく知らないと」
「どうしてです?」
「私たちは『偽装恋人』なんだよ? 学校の人たちは、もうほとんど私達の関係を認めてくれてる。じゃあ、最大の敵は俊介君の妹さん達じゃない」
井川俊介と瀬戸内恋華が付き合っているという噂は、学園中に流れていた。嫉妬する者。羨ましがる者。好奇の目を向ける者。反応は人それぞれだが。ミス千本桜に輝いた学年1の美少女、瀬戸内恋華と、学内でもトップクラスの成績を誇る井川俊介。この2人が付き合い始めたのだから、無理からぬことである。しかし、人の噂も75日。今では、たまに噂される程度である。
「――だから、あとは俊介君の妹さん達さえ何とか出来れば、もう私達に敵はいなくなるでしょう?」
恋華が卵焼きを口に入れながらそう言うと、俊介は「そうですね」と頷いた。妹のブラコンぶりには、彼も困らされてきたからだ。
なにせ、食事の時は「あーん」をさせようとしたり、風呂上りや寝込みを襲われたり――とにかく、妹達の兄離れを強く願っていたのだ。
俊介は大きくため息をつくと、
「僕に恋人が出来れば少しは落ち着くのかと思いきや、ますます酷くなりましたからね。たまりませんよ」
「うん、そうみたいだね」
恋華は箸をピッと俊介の鼻先に向けて「で・も・ね?」と念を押した。
「それは、俊介君も悪いんだよ? まさか、あそこまでブラコンだとは普通思いもしないじゃない。ちゃんと説明してくれたら、私だって最初からそれなりの手は打ってたのに」
「はあ……すみません」
「まあでも、今後の問題点についてはよく分かったよね? 俊介君の妹さんを何とかしない限り、私達の『偽装恋人』関係が上手くいかないってことも」
「確かにそうですね」
「てゆーか、俊介君がキッパリと『迷惑です! 僕には恋華さんという、エッチまで済ませた恋人がいるんです!』って妹さん達に言ってくれれば、こんな苦労はしなくて済むんだけどね?」
「そんなこと出来るわけないでしょう。血が繋がってないとはいえ、みんな可愛い妹達なんですから。というか、あなたと性行為をした記憶はありません」
そう。俊介は幼い頃、井川家に養子として孤児院から拾われたため、井川家の人間とは血縁関係はないのである。偽装恋人の件といい、こんな話をクラスの連中に聞かれたら大騒ぎになるだろう。だから2人は、誰もいない屋上で密談を交わしているのであった。
「まあ、エッチは後々するとして。とにかく今は俊介君に妹さん達の性格とか趣味とか、出来れば弱点なんかも。教えてもらえなかったりしないかなーなんて、思ってみたり」
「いや、教えるのは別にいいんですけどね。そんな、急に言われても……」
「一緒に暮らしてるのに、妹さん達のことそんなに見てないの?」
「まあ、そんなに注意して見てるわけじゃないですね。家では勉強に集中してることが多いですし」
「ふーん、そうなんだ」
「でもまあ、分かる範囲でいいなら話しますよ?」
「ダメ! 私はもっと、詳しい話を知りたいの! にわかダメ! 絶対!」
――と。
俊介がやむを得ずといった感じで了承しようとすると、恋華は激しく首を横に振った。
にわかはダメだと。
しかし俊介からしてみれば、家族というものは大事なものであると同時に、空気のような存在でもあるのだ。要するに、そこにいるのが当たり前のような――。それがいきなり、家族について詳細な説明をしてと言われても、答えに窮するのは当然というものだろう。
「にわかはダメと言われても……じゃあ、どうすればいいんですか?」
と、学年1の秀才である俊介は、恋華に教えを請う。
ニヤリと笑う恋華。
そして、俊介にピッと指差し、こう言うのであった。
「今から一週間! 妹さん達の詳細な情報を集めて! 普段の様子、言動、食べ物の好み! ありとあらゆるデータを収集するために、『妖○ウオッチ』ならぬ『妹ウオッチ』をしてきて!」




