50俊介? いいえ、俊君です!
「これ、私の弟だよ!!」
恋華の叫びは、屋上中に響き渡った。
俊介が思わずたじろいでしまったくらいに。
が、とりあえずは恋華の言ったことを反芻してみる。
――弟?
確かに、彼女は弟がいると言った事がある。しかし、
「……えっと。弟さんって小学生じゃなかったでしたっけ?」
気まずい雰囲気に気圧されるように、俊介は小声で尋ねた。
その表情は、イタズラを咎められた子供のように困った表情をしていた。
「だから、今小学6年生だよ。瀬戸内勝。身長は私より高いし、顔も全然似てないけど、正真正銘、私の弟だよ。何なら、戸籍抄本でも見せようか?」
恋華は眼に涙を溜めながら、キッと俊介を睨みつける。
怒り――悲しみ――安堵――色々な感情を携えた瞳で。
「そ、そうだったんですか……。すみません、僕が勘違いしてました」
俊介はその瞳を直視できず、視線を逸らしながら謝罪をした。
「ほ、本当に……何と言ったらいいか……。僕は、恋華さんに裏切られたと思い込んで……いえ、これは言い訳ですね。本当にすみませんでした。パフェもおごりますし、デートだっていくらでも付き合うので、許して頂けないでしょうか?」
「……」
恋華からの返答はない。
まだ怒りは収まってないのだろうか。
俊介が、ふと恋華の正面に向き直った時。
「れ、恋華さん……?」
――恋華は、泣いていた。
――嗚咽し、肩を震わせ。
――顔を赤くしながら、大粒の涙を流していたのだった。
「恋華さん……」
その時初めて、俊介は自分がしてしまったことの意味に気づいた。いくら騙されたとはいえ、自分は恋華よりも見ず知らずの男の言葉を信じてしまったのだ。
恋華は、俊介がどんなに冷たい態度を取ろうとも、最後まで自分のことを信じてくれたというのに。
なんて自分は浅はかだったのだろう。そして、なんて恋華は強いのだろう。
「……わた、し、また俊君に置いていかれるかと思って……」
赤くなった目をこすりながら、恋華はそう呟いた。
「……え? 恋華さん、またって……?」
俊介の問いも聞こえていないかのように、恋華はペタンと地面に尻餅をついた。
「俊君と……せっかくまた会えたのに……。今度こそ恋人になれるかと思ったのに……私、俊君に捨てられるの、怖かった……!」
俊君? また会えた?
恋華の言葉に、俊介は違和感を覚えた。
まるで恋華が、俊介の幼馴染でもあるかのような――
それに俊君という呼び方は、ひどく懐かしいような気がした。
そんなことがありえるのだろうか。
自分は幼い頃ずっと孤児院にいたというのに。
恋華は俊介の疑問に答えず、両手で顔を抑えながら慟哭を続けている。今までずっと耐えてきた恐れを、一気に吐き出しているような、そんな泣き方だった。
「……」
だから、俊介は何も言わずに、恋華を抱きしめた。
もう言葉はいらない。たとえ、過去に何があったとしても、恋華は恋華で、俊介は俊介なのだ。それ以外に、何が必要だというのだろうか。
恋華が泣き止むまで、俊介は彼女のことを抱きしめ続けていた。




