最終話 恋人? はい、恋人です!!
「恋華さん。僕は、あなたのことが好きなんですよ」
俊介がそう言うと、恋華は目を見開いたまま硬直した。
「だからなんですよ。恋華さん。あなたのことを愛しているから。だから誰も選ばなかった。奏さんも、和姫さんも、レイラさんも、緋雨さんも、美鈴さんも、ましろさんも。みんなフリました。あなたのことが、好きだから」
「……」
屋上には、俊介の声だけが響いていた。
恋華は金縛りに合ったように、俊介の言葉をただ黙って聞いていた。
それは、俊介にとっても好都合だった。
こうなったらもう駆け引きも何もない。ただ捨て身でぶつかるのみだ!
「最初はあなたのことを、とても強引で変な人だなと思っていました。ついでに言うと、あなたが幼馴染の『レンちゃん』であることも忘れていました。偽装恋人役を、ただ無難にこなすつもりでいました。でも、あなたはとても優しい人だった。普通なら僕の妹達と会った女性は、みんなドン引きして去っていきます。でも――あなたは逃げなかった。それどころか、和姫さんの策略や緋雨さんの暴力にも、真っ向から立ち向かおうとした。
おそらく、あなたはこう考えたのでしょう。僕の家族をメチャクチャにするくらいなら、自分ひとりが身を引こうと。自分が『恋人』を名乗り出たことなのだから、自らが傷つくことによって、『偽装』を騙った罰を受けようと」
俊介の言葉を、恋華は辛そうに目を細めながら聞いていた。
俊介は、それを肯定と受け取って話を続けた。
「そんなあなただから、僕はあなたのことを好きになったんです」
その時の恋華の表情を、何と表現すればいいだろう。
消えかけのろうそくのような、そんな激しさと、儚さがある。
「お喋りなあなたが好きだ。お節介なあなたが好きだ。家庭的なあなたが好きだ。勇敢なあなたが好きだ。ちょっとおバカなところも、オヤジギャグが寒いところも、妄想が少し痛々しいところも。僕は……、僕はっ」
――わたくしからのアドバイスは、たった一つですわ。
ここで俊介は、最後に残った妹、和姫からのアドバイスを思い出していた。
誰よりも俊介を愛した女性であり、支え続けた家族。
そして、恋華のことを一番認めている妹。
そんな彼女から、俊介に贈った言葉とは。
――四の五の言わず、『愛してる!』と叫ぶことですわ!
和姫は、両手をバッと広げて言った。
――そしてお兄様、恋華さんの唇を奪い取るのです!
「恋華さん! あなたを愛しています!」
そう叫ぶと、俊介は恋華の手を取った。
腕を引っ張り、無理やり自分の元へ引き寄せる。
そして、キスをした。
ちなみに、キスの仕方までは、妹達から指導を受けていない。
荒々しい、強引なキスだ。
唇の中に舌を入れ、深く絡めていく。粘膜でべとつく口内を押し広げ、強く舌を吸い上げる。
摩擦によるものか。それとも――。とにかく、信じられないくらいの熱い体温と、恍惚さを感じていた。
恋華はというと、頬を桜色に染めながら、されるがままでいた。
「……」
「……」
やがて、口のまわりがべたべたになった頃。俊介は、唇を離した。
恋華は、白い頬をリンゴ色に染めて、これ以上ないほど息を切らして。一瞬、ものすごく幸せそうな表情をしたが、すぐに怒ったように眉を吊り上げ、
「な、なにするの俊介君! 私まだ、返事もしてないよ!?」
「……すみません」
「謝ってすむ問題じゃないでしょ! どうしてなの!? どうしてこんなことするの!」
「……恋華さん」
恋華は絹糸のような髪を激しく、ダンスを踊るように振り回した。
俊介は、深く息を吸い込んだ。
もう、妹軍団からのアドバイスはない。
やれるだけのミッションはクリアした。
後はただ、想いをぶつけるだけだ。
「別に、ファーストキスじゃないでしょう? 観覧車に乗った時は、あなたの方からしたじゃないですか」
「何よそれ! 『どうせ初めてじゃないからいいだろ』的な? 奏ちゃんにもどうせ、同じことしたんでしょ!」
「奏さんにはしていませんよ。ちなみに僕は、恋華さんがファーストキスの相手です」
「……っ♡♡♡♡」
また恋華は「ふにゃあ」と表情をとろけさせた。
しかし、すぐに表情を引き締めると、
「だからって、確認もしないでキスなんかする!? 私がフるつもりだったら、どうしてたの!?」
「その時は、責任を取ります」
神妙な顔で俊介がそう言うと、恋華は口をつぐんだ。厳しく責めたてようとしたが、俊介のあまりの真剣な表情に、気勢を削がれてしまったらしい。
「僕たちは、偽装とはいえ元々付き合っていました。連絡先を交換しましたし、手もつなぎました。キスだってした仲です。ビジネスライクな付き合いが前提とはいえ、これで情が移るなという方が無理でしょう」
「だから、キスぐらいしてもいいだろうって?」
「いいえ、ちがいます」
俊介は恋華の目を真っすぐ見ながら否定した。
「だから、『偽装』って言葉を取ってしまえばよかったんです。お試しだの偽装だのと、そんな言葉で着飾ってないで。キスは、恋人じゃなければしません。でも恋人だったら、手をつなごうがキスをしようが普通のことじゃないですか。だから……」
「私が嫌だって言ったらどうするの? 俊介君と恋人になりたくないって言ったら」
「その時は、潔くあきらめます」
俊介がキッパリそう言うと、恋華は悲しそうに目を細めた。
何かを言いたいような、でも言いたくないような、そんな微妙な表情で。
その表情を見て、俊介は確信した。
恋華は、やっぱり……。
「僕は恋華さんのことを、心の底から愛しています。でも強制するつもりはありません。もし恋華さんが僕のことを本当は嫌っているなら、僕はどんな罰でも受けますし、顔も見たくないと言われれば、あなたの前から消えます」
「……そんなこと、言わないよ……」
消え入りそうな声で恋華が呟いた瞬間。
俊介は、声を荒げた。
「恋華さん! 聞こえませんよ!」
俊介の大声に、恋華はビクッと肩を震わせた。
「な、なに……?」
「あなたはどうなんですか! 僕の告白の返事は!」
俊介は、校庭まで響き渡りそうなほど声を張り上げた。
時刻はもう夕方の18時。見回りの教師が来てもおかしくない時間だが、それでもかまわずに。
「僕のことが好きなんですか!? 嫌いなんですか!? ハッキリしてください!!」
「……うぅ。うううぅぅ~~っ!!」
恋華が視線を、左右上下背後と、グルグル視線を交錯させた。
俊介は泳ぎ切った恋華の瞳を、逃さず正面から見据えていた。
決して怒らず、憐れむこともしない。愛をこめて、真剣な眼差しで、彼女を見つめていたのだった。
やがて、お互いの視線がぶつかり合った時。
恋華は感情を爆発させていた。
「――俊介君っ!!」
勢いよく恋華は、俊介に抱きついた。
体当たりといっていいくらい激しく、自らの身をぶつけるように。
俊介はよろけながらも、しっかりと恋華を抱き止める。
「俊介君俊介君俊介君俊介君俊介君」
恋華は俊介の名を連呼した。
そして、
「好きだよ! 俊介君!
あなたのことが大好き!
だって優しいし! 私がどんなふざけたこと言っても怒らないで受け入れてくれるし! 父性感ハンパないよホント!
優しいだけじゃなくて勇敢だし! 私がピンチな時には、いっつも助けてくれたよね!? 路上でナンパされたり、緋雨ちゃんに監禁された時だって! いっつも、いっつも俊介君は助けてくれる! 自分の身も顧みずに! そこはもうキュンキュンきてるけど、でもあんまり無茶はしないでよね! 心配で逆にこっちが死んじゃうから!」
俊介の鼓膜を破るくらいの勢いで、恋華は叫んだ。
そこにはもはや、社会的体裁や、学園のアイドルや、偽装恋人としての外面はない。今まで隠し通してきた本心を全て、俊介の前で爆発させていたのだった。
だから恋華は、止まらなかった。
「そうだよ私! ずっと我慢してきたの!
俊介君のことが好きで好きでたまらないのに、その気持ちを押し殺してたの!
だって私、俊介君のことを傷つけてばっかりだし! 私のせいで妹さん達はギスギスしちゃってたし! お試し恋人とか言い出してたし! そのうえ緋雨ちゃんに至っては私を監禁して暴行を加えようとしてたし! あの時も、私俊介君が死んじゃうって思ってたんだからね!? 麗子さんが来てくれなかったらと思うと、ゾッとするよ!
こんなことになったのも、私が偽装恋人とかいう訳の分からないことを言ったからだよね! 本当は、普通に告白するつもりだったの! でも、俊介君が私のこと覚えてないのが悔しくて! 『私、男子に言い寄られて困ってるから、告白避けに利用したいんですけど~』って、カッコつけちゃったツンデレ的な!? まあ、ぶっちゃけ私も何であんなこと言い出したのかよく分かってないから! あしからず! ああ、もう頭こんがらがってるよ! 俊介君がキスとかするからだよ!」
怒っているのか、笑っているのか、悲しんでいるのか。
いずれにしても恋華は屋上中に響き渡るくらいの、大音声を発した。
「そうだよ! 俊介君が悪いんだよ!
何そのヘアースタイル! いつもは何もつけてないのに、こういう時だけオシャレしてあざとい! 屋上来た時どこのイケメンかと一瞬目を疑ったわうへへ! 香水もつけてるよね! まあ私は俊介君の体臭そのものが好きだから、なくても全然問題なかったんだけどね!
あとさっきの『らぶらぶ』って奴! あれはマジで可愛かった! 普段クールな俊介君があんなギャグやるとか、可愛すぎてギャップ萌えで憤死するんですけど! さっきは怒ったフリしてたけど、ホントはものすごく和んでたし、むしろ笑い出しそうになってたからねホント!
あと、さっきの壁ドンは何あれ!? あんなことされたら、堕ちるに決まってるじゃん! 冷たい目とか威圧的な口調とかマジ最高!! 私Mっけはないけど、俊介君になら幾らでも攻められてもOKだよ! あんなカッコいいことなら、毎日だってしてくれていいからね!
それに、あの冷静な言い回し! 私の逃げ道を次々塞いで論破してくれたよね! やっぱり俊介君頭いい! だからそうやって冷静なところとか、すぐに頭が回るところとか、面倒くさいと思うところもあるけど結果的にカッコいい! これから付き合う時は俊介君の蘊蓄を時々ウザがるかもしんないけど、そこはご愛嬌だから許してね!!」
ぜい、ぜい、と、恋華は息をついていた。
大声を張り上げ、一気にまくし立てていたのだから。
それは、彼女の想いの深さを意味しているのだろう。同時に、恋華が今までその気持ちを封印してきたことの過酷さも意味している。
だから俊介は、何も言わずに恋華の想いを受け止めていた。
「俊介君!
もう付き合おう! ていうか結婚しよ!
偽装なんてチャチなものじゃなくて、片時も離れないで墓場まで一緒にいよ!
毎日一緒に登校するし、家にいる時はずっと電話! 休みの日はかかさずデート! えっちぃこともしまくるからね! 子供が出来たっていいじゃん! 一緒の人生を歩もうよ! もう私我慢しない! 言いたいことは全部言う! 俊介君と愛し合いたい! 離れ離れになってた期間を含めて、その分も!
俊介君、さっきからずっと黙ってるけど、私の話聞いてる!? ……よーし、こうなったら」
ぶっちゅー、と。
恋華は俊介の唇に、唇を押し付けた。
無理やり舌をねじ込み入れる。唾液をごくごくと飲み干す。お互いの体を隙間なく密着させ、息を吸うことも忘れて、2人は唇を貪り合った。
それは、恋華からの決意表明でもあった。
なぜならば。
2人が付き合うことになった裏で、色んな人を傷つけ、犠牲にしてきたからだ。妹軍団、奏、勝と。彼女らの傷心は計り知れない。
だから恋華は、その人たちの分まで幸せにならなければならない。
甘々だろうが修羅場だろうが、手を取り合って、俊介と生きていく。
それが、本当の恋人なのだ。
実際には分からない。一時的にしろ俊介のことを嫌うかもしれないし、厄介な恋のライバルが出現するかもしれない。
だから今は、誓うのみだ。
未来のことなんて誰にも分からないから、今ここにある距離を全力で走るのみだ。
それがどれだけちっぽけな距離でも、自分の足で走ってきた道は、誇りになるから。
「……ぷは! もう本当に言いたいことはないよ!」
よだれまみれになった口元を離すと。
頬を紅潮させながら恋華が言った。
その表情は恍惚に満ち、多幸感にあふれていた。
「あ、ひとつだけあった!」
ハッと恋華が叫んだ。
――俊介にも分かっていた。
今、この場に2人が立っていること。これまでにしてきたこと。これまで関わってきた人たちのこと。それらを総称して、たったひとつの言葉で表すことができる。
今日、この場から始まるのだ。
いや、あるいは終わるのかもしれない。
ともかく、恋華は、口を開いた。
「私は! 俊介君のことが!!」
恋華は俊介の笑顔を見つめながら、大きく息を吸いこんだ。
今まで溜め込んでいたものを、全て吐き出すように。
最大限の声で、心の底から。彼への思いを、恋慕の情を込めて叫んだ。
「もうっっ、だいしゅきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ♡♡♡♡♡♡♡♡」
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!




