59許す? いいえ、許しません!
「それでは、恋華さん」
俊介は恋華と向き合うと、真っすぐ彼女の目を見ながら、
「単刀直入に言います。あなたは、僕に好意を抱いている。そうですね?」
と、大きく通る声で言った。
レイラからのアドバイスはこうだ。「自信を持って大きな声でゆっくり話す」。あえてゆっくり喋ることにより、余裕をもっていると思わせるためだ。
これはあくまでもジャブ。相手の動きを見るための、牽制にすぎない。
恋華は落ち着いた様子で口を開くと、
「私が俊介君のことを好き? 何を言ってるの? 愛してなんかいないって、あの時言ったじゃない」
冷たく恋華はそう言い放った。
流石にここで「そうなの! あなたにまだ未練があるの!」とはならない。想定の範囲内の受け答えだが、俊介にとってはかなりのショックだった。
しかし、ショックを受けようともいい。重要なのは、恋華からの返答を出来るだけ引き出すことにあるからだ。
「恋華さんは照れ屋さんですからね。思ってもいないことを、つい言っちゃうんじゃないですか?」
俊介は冗談めかして言った。少しでもペースを握り、優位に立つためだ。
思惑通り、あっさりと恋華は食いつき、
「おめでたい人だね。偽装恋人役に選ばれたからって、本気にしちゃったの? 私が俊介君を選んだのは、たまたま条件が合っていたからだよ」
「条件というのは? もう少し具体的にお願い出来ますか?」
俊介はそう尋ね返した。
会話をそこで終了させず、相手に出来るだけ多くのことを喋らせ、ボロを出させるテクニックである。
「学校でもトップの成績。見た目まあまあ。性格ふつう。ガツガツした人に頼むと裏切られそうだし、俊介君なら無難だって思ったの」
「それなら、僕じゃなくてもよかったんじゃないですか? それに、あなたは10年前に結婚の約束までした『レンちゃん』じゃないですか。こんな偶然が他にありますか?」
「ただの偶然だよ、そんなの」
「いいえ、違います! あなたは僕のことを『俊君』だと初めから知っていました。だから偽装告白をしたんです! 偽装恋人として付き合っていく内いつの日か、僕に気づいてもらえることを願って!」
話の主題に関わるところは、声を大きくする。レイラに教わったことだ。
決して早口にはならず、ゆっくりと。威圧的にはしない。
理屈立てて効率的に話すことで、自身の言うことの正当性を高める策略だ。
「そ、それは……。まあ、私だって別に、誰でもよかったわけじゃないけど」
どもりながら、恋華が答える。
ここで俊介は、確かな手ごたえを感じていた。
思えば偽装とはいえ、恋華と付き合っていた頃は、毎日のように一緒に登校していたし、メールもしまくっていたし、電話もしまくっていた。
契約相手として、パートナーとの信頼関係を深めておきたかった、といってしまえばそれまでだが……。
「私、俊介君のこと、別に嫌ってるわけじゃないよ。いい人だとは思ってる。それは認めるよ。でもね?」
間に俊介が入ることを許さず、恋華は続けてまくしたてた。
「もう私は、新しい恋人を探してるところなのよ。テニス部のキャプテン、野球部のエース、生徒会長――みんな、素敵な人ばっかりだよ。それなのに、どうして私が俊介君に惚れてるって思うの? 少し自意識過剰なんじゃない?」
耳が痛いが、それは俊介にとって正論だった。
確かに、成績だけが取り柄の自分よりも、いわゆるリア充と呼ばれる生徒の方が、男としてのランクは大分上なのだろう。
「僕のことなんて興味もないんだったら、どうして奏さんとのこと、色々世話を焼いたりしたんですか?」
内心の動揺を気取られぬよう、努めて冷静に、俊介は話した。
「視聴覚室で僕にスカートの中を見せつけてきたり。それにさっきだって。本当にどうでもいいと思ってる相手なら、そんなことはしないでしょう?」
「そっ、それはだから……! 分かったわよ、今度から見せないわよ。ていうか、セクハラだよ今の発言は!」
恋華は顔を真っ赤にして叫んだ。自分からは積極的に行動するくせに、話を蒸し返されるのは苦手らしい。
「まあ、それは俊介君の言うとおりだよね。パンツなんか見せちゃったら、勘違いするのも分かるよ。でも、もう気持ちを切り替えたから。これからは、彼氏以外の人にパンツは見せない。これでどう?」
自信ありげに、恋華は胸を張りながら言った。
――この自信を、力ずくで打ち砕かなくてはならない。
俊介はキッと目を細めると、反撃に打って出た。
「そもそもあなたは、やってること全てが中途半端なんですよ。偽装恋人なんて面倒くさいことをして。告白を避けることなんて、幾らでも一人で出来るじゃないですか?」
「断り文句をその都度考えるのも大変なんだよ? 家の中以外に自由がないみたいなものだし。少なくとも学校の中では、告白対策は必要だよ」
「奏さんを焚きつけたことは?」
「それは、俊介君のことを想って……じゃない。ただ単に、寝覚めが悪くなるのが嫌だっただけ。私のせいで俊介君がずっと独り身だったら、責任感じちゃうじゃない」
「完全な空回りでしたけどね。少なくとも僕は、奏さんと付き合うつもりはありません」
「別に、奏ちゃんじゃなくたっていいじゃない。誰か好きな人とかいないの? 先輩とか。男の子なら家の中でえっちぃ妄想したりとかするでしょ?」
「恋華さんのように……ですか?」
俊介がそう言った途端、恋華は黙りこんだ。
額に汗をかきながら、口をパクパクさせている。
これまで俊介が言ってきたことは、いわば仮定の話である。それが家庭の話になったのだから、動揺するのも無理はないが。
「な、なにを言ってるのかね俊介君……」
精一杯の強がりなのだろう。
ジョークっぽく話をそらそうとする恋華に、俊介は追撃をした。
「勝君に聞いたんですよ。あなたが夜な夜な、僕の名前を叫びながら、淫らな妄想にふけっているとね。録音も取れていて、データファイルを転送してもらいました」
「あ……あのガキ」
恋華は、わなわなと体を震わせながら呟いた。
実際には妄想どころではなく、付き合っていた頃拝借した俊介の私物を使って、自慰行為に及んだことすらある。
その音声さえ録音されていたとしたら……。もう学校にこれない。
「恋華さん。勝君を許してあげてください。あの子はあの子なりに、あなたのことを心配しているんですよ。それに、もうそろそろ素直になったらどうですか?」
「何を言ってるのよ。そんなデータ、捏造よ捏造。それに、勝のことは許しません。家に帰ったら、お尻1000叩きの刑に処します」
「0がひとつ多いですよ。もういいじゃないですか。勝君も認めてる。奏さんも認めてる。妹達だって、あなたとの仲を応援してくれたんですよ? 何が問題なんですか?」
「……」
俊介の問いに、恋華はすぐには答えなかった。
唇を噛みしめ、視線を右往左往した結果、ようやく口を開くと、
「……俊介君は、何がしたいの?」
「え……?」
「私が仮に俊介君のことを好きだったとして。俊介君は私のことをどうしたいのよ? 一体、何が言いたいのよ?」
この言葉だけは、特別なように思えた。
今までの澄ました言い方でも、取り繕った言い方でもない。戸惑いや不安や期待を宿した、恋華の本心からの問いかけに思えた。
「……お答えします」
俊介は、手汗をズボンでぬぐった。
ついに、この時がきた。
計画の、最終段階を果たす時が。
和姫から受けた最後のアドバイス、それは――
「恋華さん。僕は、あなたのことが好きなんですよ」




