50嫌い? いいえ、嫌いじゃありません!
「僕はあなたを、異性としては見れません」
俊介は、ハッキリとそう言った。
それぞれへの返事は、全員の告白を聞いてから。そう約束したのに。
ましろにだけは、そう伝える必要があると思ったからだ。
自分で言ったように、俊介はましろのことを異性としては見ていない。可愛い妹だし、末っ子だし、目に入れても痛くないほど愛しく思っている。しかし、ただそれだけだ。
もちろんこれは、ましろの幸せを思えばこそである。もっと歳の近い男の子、例えばクラスメートの男子であったり、一つ上の先輩だったりと付き合うべきだ。ましろが自分と同じ年頃になる頃には、もう俊介は30近くなっている。
だからましろには、お似合いの相手と幸せになってほしかった。
俊介の気持ちは伝わらなかったようで、ましろは一筋の涙をこぼしながら、
「にーにー、どうして?」
呆けたように、尋ねた。
まさか、自分だけが先にフラレるとは、考えてもいなかったのだろう。その表情からは、悲しみがにじみ出ている。俊介も同じだ。出来ることなら今すぐ抱きしめて「嘘ですよ」と言ってやりたい。しかし、それは出来なかった。自分の思う通りに、突き進むと決めたのだから。
俊介の無言にしびれを切らしたのか、ましろはもう一度、
「どうして? にーにー、ましろのこときらいなの?」
「違います! そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
俊介は、折れそうなほど激しく首を横に振った。
そして、辛そうに目を細めながらましろに視線を向けて、
「ましろさん。ちゃんと説明します。聞いてもらえますか?」
「う……うん」
ましろは心細そうに頷いた。
俊介は一呼吸置いてから話し始める。
「最初に言っておきますが僕は、ましろさんのことを愛しています。ましろさんは可愛いですし、優しいですし。嫌なことがあった時でも、ましろさんの笑顔を見ているだけで、癒されます。だから僕は、ましろさんのことを、心の底から大事に思っているんですよ」
「じゃあにーにー、ましろのこと、こいびとにしてくれる?」
「それは出来ません」
「うそつき! だっていま、ましろのこと愛してるって言ったじゃない!」
「うそなんかじゃありません。ましろさんを愛する気持ちは本物です。ただ、種類が違うだけなんです」
「しゅるい?」
「僕はましろさんのことを、女性としては愛していないんですよ」
俊介は唇を噛みしめながら言った。
「家族と恋人は、違います。少し前、僕と恋華さんは『恋人ごっこ』をしていました。でも、ごっごはあくまでもごっこです。本物の恋人じゃない。あの人はただ僕と契約していた、偽装の恋人だったんです」
ましろは、首を傾げた。
「にーにー、何いってるの? けいやく……? ぎそう……? それ、たべもの?」
「違います、そうじゃなくて――」
俊介は真剣な顔で、ましろの間違いを指摘した。
「ましろさんにだって、クラスメートの男子がいますよね? もちろん、仲がいい子だっている。その子はお友だちとしては好きですけど、じゃあ結婚できるかと聞かれたら、出来ないですよね?」
「んー。ましろ、男の子とはそんなに仲良くないかなあ」
ましろは、頬に人差し指を当てながら言った。
俊介はさらに論じる。
「僕はましろさんだけじゃなくて、和姫さんやレイラさん、緋雨さんや美鈴さん、お義母さんやお義父さんのことも、みんな好きです。愛してます。でもこの感情に関しては、恋愛ではなく家族愛なんです。ましろさんは、そう言われてもまだピンとはこないでしょう? だから、ましろさんにはまだこの話は早いんです」
俊介がそう言うと、ましろは頭を抱えながら、
「ましろ、バカだから、にーにーに、きらわれちゃった……?」
「そうじゃありません。僕だってましろさんぐらいの歳では、全然分かってませんでしたよ」
「じゃあ、ましろがもう少し大人になったら、いいの?」
「ましろさん……」
俊介はフッと寂しげな笑みを浮かべると、すぐに表情を引き締めた。
「残念ながら、それは出来ません。僕は今日、みんなの前で結論を出すと決めたんですから。みなさんにだって、同様の覚悟や想いがあります。ましろさんの都合だけで、結論を先延ばしにするわけにはいきません」
そう言うと、俯くましろの瞳から、一筋の涙が零れる。
「……にーにーやっぱり、ましろのこと嫌いなんだ……」
「……それは違います」
「にーにー?」
俊介の言葉に、ましろは顔を上げた。
俊介は、ましろの目をじっと見つめて、
「僕はね、ましろさんのことが大好きなんですよ。こんな冷たいことを言ってる自分を、殴りつけてやりたいくらい。本当なら、今すぐましろさんのことを抱きしめて、何でもお願いを聞いてあげたい……! でもだからこそ、僕はあなたのことを突き放すしかないんです」
「……にーにー」
ましろは泣いてるような、怒ってるような、笑っているような、そんな、呆然とした表情をしていた。
ましろにこんな表情をさせてる自分に、俊介は腹が立っていた。
今まで俊介は、ましろのワガママなら何でも聞いてあげてたし、甘えられて悪い気はしていなかった。むしろそれが、喜びですらあった。
幼い妹に優しくする。間違ってはないのだろう。
しかし、この件に関しては話が別だ。
ましろを傷つけることが怖い、もしくはましろのことを気遣って、自分の心に嘘をついたまま、ましろと恋人同士になったとして。
……それは、「本物の恋」と呼べるのか?
「でもね、ましろさん」
俊介の言葉で、ましろはハッと我に返った。
「僕は本心から、あなたのことを愛してます。大切に思っています。しかし、恋人にはなれません……。だから」
「にーにー?」
見上げるましろに、俊介は膝の上の拳をギュっと握りしめながら言った。
「僕はましろさんの、父親にだったらなれますよ」




