48つまらない? いいえ、面白いです!
緋雨の告白というか懺悔を聞き終えて。
俊介はすぐさま1階まで降りて、今度は美鈴の部屋を訪問した。
部屋の中には、ダンベルやバランスボール、ハンドグリッパーなどのスポーツ器具が沢山置かれていた。トレーニングベンチ、エアロバイクの横には姿勢を確認できる大型ミラーがあって、テーブルの上には様々な種類のプロテインが置かれているという徹底ぶりだ。正に、体を動かすための部屋なのだろう。
「ようこそ、お兄ちゃん!」
朗らかな口調で美鈴は、体を元気よく揺らしながら言った。
「失礼しますよ。でも美鈴さん。その恰好は……?」
もちろん美鈴も私服ではなかった。何かしらの衣装に着替えてくることは予想していたが。これは想定外だった。
まさか、ブルマ姿でくるとは。
戸惑う俊介の視線に、美鈴はボッと頬を赤らめながら、
「そ、そんなにまじまじと見ないでよ! この格好すっっっごく恥ずかしいんだからね!?」
「す、すみません……」
美鈴に怒られ、俊介は慌てて目を逸らすが、もうバッチリ見てしまっていた。
上は白のシャツ、下は紺色のユニフォームパンツと、美鈴が着ていたのは一昔前に絶滅したブルマであった。
なめらかで適度に肉付きがよくスラリとした足が、股の部分だけ隠してほぼ全体まで見えてしまっている。
これは本来、スポーツをするための正式な衣服だ。
……なのに、何故これほどいやらしく感じるのだろうか。
ほどよく筋肉質で小麦色の肌が、やたらとボディにフィットしていることが原因だろう。首元からウエスト部分がピチピチしいてるのも、スレンダーな体を強調するのに一役買っている。
似合っていることは似合っているのだが。
俊介は頬をひくつかせながら、
「えーっと。一応聞きますけど、何でブルマなんですか?」
「だって、あたしって言ったらスポーツ。スポーツって言ったらブルマ姿でしょ?」
美鈴は腰に両手を当て、「えっへん」と威張りながら言った。
「一世一代の告白なんだから、自分が一番好きな恰好でするのがいいって思ったの!」
「でも美鈴さんの中学って、ブルマじゃなく体操服ですよね?」
「男の人は、えっちぃからブルマの方が好きって聞いたよ!? ちなみにこれは通販サイトで買いました!」
「……そうですか」
俊介は呆れたような顔で頷いた。
美鈴はそんな俊介にずいっと詰め寄りながら、
「ところでお兄ちゃん――どう? ヒメちゃんとレイラちゃんと緋雨ちゃんの告白まで聞いて? 付き合うの? それとも、断るの?」
「それはお答え出来ません」
俊介は冷静に首を振りながら答えた。
「皆さんの告白を全て聞き終えてからお答えします。じゃないと不公平ですから」
「ちぇっ、ケチだなぁお兄ちゃんは……」
美鈴は口をすぼめながら不満を垂れた。
「というか、一人だけを選ぶ必要ってなくない? あたし達5人全員と付き合えばいいじゃない。それと恋華さんや奏さんを加えて8人でハーレムを築こうよ!」
「そんな美少女ゲームの主人公のような真似はしません」
俊介は肩をすくめながら返事をした。
「って、8人? 奏さんや恋華さんを加えても7人じゃないですか? あと1人は誰なんです?」
「えっ、お母さんのことだけど?」
「お断りします!」
全力で俊介が拒否すると、美鈴は眉毛を逆ハの字にしながら、
「だったらもう、誰とも付き合わずに一生独身でいるっていうのは?」
「……だから、どうしてそう極端なんですか、あなたは」
俊介は苦笑しながら言った。合理的な俊介と感覚派の美鈴では、話が合わないことは仕方ないが。
「まあ、僕がどうするのかは僕が決めますよ。話を聞いてから判断するのは同じことですけど。自身の気持ちに従って行動することに決めたので」
俊介がそう言うと、美鈴は「おーっ」と唸った。
感心したのか呆れたのかは分からないが。美鈴は天然なので、何を考えてるのかよく分からない節がある。
「よく言ったよお兄ちゃん! 人を好きになるって理屈じゃないからね! 流石あたしが愛したお兄ちゃんだよ!」
「ふむ。それで? 美鈴さんは僕のどういう所が好きになったんですか?」
「えーっとね。いっぱいあるよ。優しい所とか、几帳面な所とか、冷静な所とか、顔とか……。でも、一番はね」
そこで美鈴は溜めを置いた。
これまで挙げたところだけでも充分すぎるくらいだが。それより一番な美点が果たしてあるのだろうか。
俊介が自問していると、美鈴は桜が咲いたような満面の笑みで、
「やっぱり、面白いとこかな!」
「へ……?」
俊介は、思わずズッコケそうになった。
自分はバカ真面目だし、融通も利かないし、ギャグセンスもない。そんな自分の、一体どこが面白いというのだろうか。
「えーっと。それが一番の理由なんですか?」
「うん! そうだよ!」
美鈴は胸の前で両手をグーにし、元気よく叫んだ。
「でも僕、そんなに面白い人間なんかじゃないですよ。むしろ平凡で、地味な人間です。過大評価し過ぎてるのでは?」
「そんなことないよ! あたし、お兄ちゃんと一緒にいるだけで、すっごく楽しいもん!」
美鈴に言われて俊介は思い返した。確かに美鈴は俊介と一緒にいる時は、いつも笑っている。暗い顔をしている所など、ほとんど見たことがない。
「まずお兄ちゃんはさ、ツッコミのセンスがいいよね。あたしが何かボケた時いつも全力でツッコんでくれるじゃない? しかもボキャブラリーがあるから、色々な言い回しでツッコんでくれるから、あたしも心置きなくボケられるんだよね。いやーっ、まさしくお兄ちゃんは、生まれついての天才お笑い芸人だよ!」
「……いや、そんなことはないと思いますけど……」
俊介は思いきり複雑な表情で否定した。
真面目な自分が生まれついての天才お笑い芸人とか言われると、喜んでいいのかどうか分からなくなる。
それに美鈴だけではなく、あれだけ個性的な家族に囲まれて育ったのだ。俊介以外は全員非常識な家族である。だから俊介自身、自然とツッコミのスキルが身に着いたのだろう。それが証拠に、学校では俊介はほとんど目立たないのだ。一般人相手の細かいツッコミなど俊介には出来ない。
――そう、普通の相手なら。
「美鈴さん。一つだけ聞いていいですか?」
「ん? なぁに?」
美鈴が聞き返すと、俊介は怪訝そうな表情で、
「さっき美鈴さんは自分がボケだと言っていましたけど。今までの美鈴さんの言動って、全て計算だったんですか? それとも、本当に天然?」
「んー」
俊介の質問に、美鈴は唇の下に人差し指を置いた。
そして、しばし考えた後、
「まあ、計算といえば計算かな。天然な部分もあるけど」
キリッとした表情でそう言った。
俊介は小さくため息をつきながら、
「何かそれ、天然の人が天然を誤魔化そうとしてるように見えるんですけど」
どう見ても美鈴がそんな計算高い人間に見えないので、そう聞いた。
美鈴は慌てて両手をブンブン振りながら、
「ち、ちがうよ! ちょっと頭いい子に見られたいからって見栄を張ったとか、そんなことはないから! あたし本当にビジネス天然だから!」
「まあいいですよ。分かりましたから」
バレバレな嘘をつく美鈴にくすりと笑いながら、俊介は言った。
「それで? 美鈴さんが僕のことが好きなのは、僕が面白いからと。それだけでしょうか?」
「……」
美鈴は何も答えなかったが、しばらくしてから口を開いた。
「じゃあ、もうひとつだけ言っておこうか。笑わないで聞いてくれる?」
「……いいですよ」
そう答える俊介を、美鈴は真剣な目で見つめ、
「あたし、お兄ちゃんと一緒に、プロのテニスプレイヤーになりたいの!」
「ええっ!?」
笑わないと約束した俊介だったが、代わりに驚いてしまった。
美鈴はともかく、自分は……。
「いや、ていうか、無理ですよ」
テニスの経験もないですし、と言う俊介に美鈴は、
「うん。今のままだとお兄ちゃんは少し厳しいと思う。だってお兄ちゃん、家で勉強ばっかりしてるじゃない。お風呂で勉強、トイレで勉強、寝る時まで睡眠学習してるでしょ?」
「流石にそこまではしてませんけどね……」
美鈴は「そうなの?」と首を傾げながら、
「前から聞いてみたかったんだけど、お兄ちゃんってスポーツ嫌いなの?」
「え? ……いや、別にそういうわけじゃないですけど」
見てる分にはいいが、自分でやるとなったら話は別だ。自慢ではないが、俊介は運動神経があまりよくない。体を動かすという行為に、そこまで楽しさを見いだせないのだ。
「あたしにはむしろ、スポーツのよさが分からないお兄ちゃんが異常だけどね。家に帰ってまで勉強してるなんて!」
「いや、むしろ家の中だからこそでしょう。人間の脳なんて、一度の勉強で覚えられることは30%程度らしいですよ。それを予習、復習することによって100に近づけてるんじゃないですか」
「むむむ……」
美鈴は口をすぼめて、
「初めてお兄ちゃんのことがほんのちょっとだけ嫌いになったよ。そんな難しいこと言って話を誤魔化そうとするなんて」
「今の話のどこが難しいんですか」
「妖怪ガリ勉メガネ」
「急に悪口ですか!?」
しかもメガネはかけてないしと、だんだん美鈴のボケにツッコミが追い付かなくなってきた。
「でもね。勉強も大切だとは思うけど、スポーツにはスポーツのよさがあるの。体を動かして汗を流すのって、すっごく気持ちいいんだよ?」
「それは……そうでしょうけど……」
勉学に情熱を燃やしている俊介といえど、体育の授業などがそこまで嫌なわけではない。
「それにね。お兄ちゃんと一緒なら、すっごく楽しいと思うんだ。すっごくすっごく……」
急に遠い目をしながら、寂しげに美鈴は言った。
「……美鈴さん?」
「あたしね、本当は自信がないんだ。胸はないし、ヒメちゃんみたいに家事はできないし、レイラちゃんみたいに頭がよくない。ましろちゃんは可愛いし、緋雨ちゃんは化け物みたいに強いし……。だから、もしかしてあたしは選ばれないんじゃないかって」
「……そんな」
美鈴の辛そうな表情に、俊介は心を痛めた。美鈴にまさか、こんな顔をさせてしまうなんて。
しかし美鈴は、すぐに明るい笑顔に戻って、
「なんてね!」
「美鈴さん?」
「もしフラレちゃったとしても、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなるわけじゃないでしょ? 今までどおりのお兄ちゃんでいてくれるんだよね?」
「当然です!」
俊介は叫んだ。
「約束しますよ、美鈴さん。もしお付き合いすることがなくても、僕は一生あなたの兄です。時間が合えばトレーニングにだって付き合います。テニスプレイヤーには……正直なれないとは思いますが」
「……」
「もちろん美鈴さんのペースには僕はついていけないですからね。手加減をしてもらうという条件つきですが」
そう言うと、美鈴は喜色いっぱいの笑みを浮かべて、
「言ったね! それじゃあお兄ちゃんには、とことんあたしのコーチをしてもらうからね! もちろん、エッチのコーチもね!」
「そんなこと一言も言ってませんけど!?」
困ったように叫ぶ俊介ではあったが、内心では笑っていた。
やはり、美鈴には天然で元気な姿が一番よく似合う。
もしも美鈴と付き合うことになったら、きっと慌ただしく、落ち着かない毎日を過ごすことになるのだろう。体を動かしながら、こうして漫才をしながら。
……やっぱり、もう少しはお淑やかになってほしいかな。
今後のイメージを働かせて、頭を悩ませる俊介であった。




