45亭主関白? いいえ、違います!
最初の告白は、和姫から受けることとなった。
俊介はノックをし、和姫の部屋に入る。
大和撫子な彼女のイメージにぴったりな、和風な内装だ。
床にはい草で作られた置き畳が敷かれており、壁面には蔦文様の壁紙クロスが貼られていて、ぶら下がった掛け軸には達筆な字で「お兄様命」と書かれていた。
座卓の上には一輪挿しの生け花、その横にはポットと急須、湯呑み、和姫手作りの特製和菓子など、これでもかというほどの和風モダンな部屋だった。
「お兄様。ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞお座りになって」
和姫に促されるまま、俊介は座布団の上に座って、
「和姫さんの部屋は、相変わらず落ち着きますね」
「そう仰って頂けて、大変嬉しゅうございますわ。何でしたら、明日からこの部屋で寝食を共にいたしますか?」
「い、いや……それは遠慮しておきます」
「あら、お兄様ったら。お冷たい」
「それよりも、その着物。とてもよく似合っていますね。思わず見とれてしまいましたよ」
「うふふ、本当ですか? お兄様」
和姫は嬉しそうに微笑むが、正直似合いすぎて怖いくらいだった。
白い顔に、濃淡のある藍色の着物がとてもよく映えていた。
ほっそりとしたうなじも、結い上げた光沢のある黒髪も、淡い藍染の柄と相まって、一層儚げな印象を与えている。
ともすれば地味な薄い色合いの布地なのだが、これほど華麗で幻想的な美しさを醸し出せるのは、和装を愛する和姫ならではなのだろう。
「それとお茶も。お茶受けの和菓子もございますのよ。抹茶の水羊羹でございます。お兄様が出かけている間に、わたくしが作りました」
「あ、ありがとうございます」
言われるがままに俊介は羊羹を食べた。ぷるんと柔らかい食感から、抹茶のほのかな苦み、白あんの甘味が絶妙だった。
「美味しいですよ、和姫さん」
舌鼓を打ちながら爪楊枝を動かしていると、和姫は口を開いた。
「このようなもの、毎時間でもお作りしますわ。お兄様がわたくしの夫になりさえすれば」
「毎時間ですか。それは少し遠慮したいですね……」
「わたくしは、本気ですわ」
和姫の声色に、真剣さが混じった。
俊介は羊羹を皿の上に置くと、佇まいを直した。
「分かりました。真面目に聞きましょう」
「流石お兄様。わたくしの愛するお方ですわ。お礼に、わたくしの処女を捧げましょう」
「……言ったそばから茶化さないでもらえますか?」
「うふふ」
和姫は楽しそうに笑った。
真剣なのかふざけているのか、よく分からなかったが。
俊介は乱されたペースを落ち着けるためにお茶をすすると、湯呑みを置いてこう言った。
「和姫さん、ひとつ聞いていいでしょうか?」
「はい、なんなりと」
「あなたが僕のことを好きだということは、何の疑いもないことだと思います。自意識過剰なのかもしれないですけど、ここまであからさまに好意を寄せられては……」
「うふふ、はい」
「でも、和姫さんは僕のどういうところを、そんなに好きになったんですか?」
俊介が質問すると、和姫は無表情で黙り込んだ。
どう答えるかによって、俊介と付き合えるかどうかが決まってくるのだ。慎重にもなるだろう。
――長い、長い沈黙が流れ。
ようやく和姫が、口を開いた。
「全て、ですわ」
穏やかに微笑みながらそう言われたので、俊介は面食らってしまった。
「す、全て、ですか?」
「お兄様の容姿、能力、趣味、嗜好。短所に至るまで。全てを愛しています」
「……あ、ありがとうございます」
あまりの傾倒ぶりに、思わずどもってしまう俊介。
「えーっと。たとえそうだとしても。僕を好きになった理由は? 関心を持つに至ったきっかけは、何かないんですか?」
「きっかけ……ですか」
そう呟くと、またもや和姫は黙りこくった。
どう話せば自分の好意が伝わるのか、懸命に考えているのだろう。
俊介が微妙なリアクションをしている今は特に。
「お兄様と初めて出会った、その日からですわ。お兄様を一目見た時からこの方しかいないと感じ、生涯を捧げると誓いました」
和姫はまたしても、堅苦しい言い方をした。
というか、理由になっていないだろうと俊介が思った、その時。
「うふふ……」
和姫は優雅ではあるが、どこか茶目っ気のある笑い方で笑った。
どこか影を感じさせる、寂しげな笑みだ。
「告白というものは、難しいんですのね。色々と伝えたい言葉があるのに、半分も伝えられない。昨日はあんなに練習したというのに」
和姫は自嘲気味に笑いながら言った。
そして、まっすぐ俊介を見つめながら、
「えーっと、お兄様を好きになった理由……でしたわよね? 覚えてらっしゃいますか? 昔はわたくし、お料理やお掃除などが、全く出来ませんでしたのよ。レイラや緋雨や美鈴と違って、不器用でしたから。長女であるにも関わらず、ね。そんな自分に嫌気が差し、また妹の前ではキチンとしなくちゃいけない重圧も感じておりました。そんな折でした。お兄様と出会ったのは」
和姫はそこで一端言葉を切り。
すーっと、息を吸い込むと、
「お兄様は、褒めて下さいました。拙いわたくしのお料理やお掃除を。よくやりましたねと、労ってくださいました。そのお言葉があったからこそ、今のわたくしがあるのです。それまで長女としての重圧に悩まされてきたわたくしですから。義理の長男にも関わらず、勉学に励み、わたくし達への気遣いを怠らないお兄様を、気づけば羨望の眼差しで見ていたのです」
「和姫さん……」
俊介はポツリと呟いた。
まさか和姫がそんな苦悩を抱えていたなんて。
何でも出来る和姫が自分を羨望の眼差しで見ていたなんて。気づかなかった。
「わたくしを選んでいただいた場合のメリットとして」
真面目に考え込む俊介をよそに、和姫は頬を赤らめながら話を進める。
「まず炊事、洗濯、お掃除。これらが人より秀でてるということは、大きな武器になりますわよね?」
「それは……まあ」
「やはり殿方というのは、家庭的な女性が好きなものです。大和撫子、というのでしょうか? 落ち着いて控えめで優雅で。お兄様が帰れば暖かい料理で出迎え、お兄様が投げ捨てたゴミを拾い、お兄様が脱ぎ捨てた衣服を綺麗に洗う。前時代的と言われるかもしれませんが、このような女性に魅力を感じるのではなくて?」
「さりげなく人を亭主関白みたいな扱いにするの、止めてもらえます?」
「それに」
和姫は、俊介の反論を無視して言った。
「何よりも一番のメリットは、このわたくしの体ですわね。他の妹達と違い、わたくしの胸はDカップありますわ。この豊満な胸は、恋華さんにもないものです。この巨乳を好き放題に凌辱できる。これは、男性にとってはたまらないでしょう」
しかし発せられた言葉は、とんでもなく下品だったが。
俊介は「いやいや」と首を横に振り、
「別に僕は、女性を胸で評価したりなんかしませんよ?」
「お兄様といえども性欲は存在するはずです。若さと色気で迫れば、男性である限り落とせないはずがありません。お兄様もそろそろお認めになったらいかがですか?『僕は女の人の大きな胸が好きです!』と」
「そんなこと言ったら、大事なモノを色々となくしそうな気がしますね」
「あら残念。これだけの美女に囲まれて生活していながら、お兄様ってどうしてそんなに禁欲的なのでしょうね?」
「和姫さんこそ。始めはお淑やかな大和撫子だって思っていたのに、どんどん本性が現れていきますね?」
「ええ。わたくし、計算高いですから♪」
げんなりしながら言う俊介に、和姫はニッコリと笑って言った。
しかし先ほどまでの寂しげな雰囲気よりは、こうしてバカ話をしてる方がずっと幸せな気持ちでいられる。
もしも和姫と付き合うことになったら、毎日が騒々しくて意外と楽しいのかもしれない。そう思う俊介であった。




