36誰かのため? いいえ、自分のためです!
和姫は目を細めながら、
「2点ほど、ルールをもうけませんか? 皆さん」
「……ルール?」
美鈴が聞き返すと、和姫は低い声色で、
「そう、ルールですわ。まず一つ。お兄様の迷惑になるような告白をしないこと。例えば、選んで頂けなければ死ぬ――というような。もう一つ。告白する時は、わたくし達全員そろって、ですわ。抜け駆けは許しません」
和姫の言葉に、3姉妹までが揃って頷いた。
では、誰が首を縦に振らなかったのかというと、
「……ということは。それ以外のことは、何をしてもよいということですな?」
ニヤリと笑う緋雨だった。和姫は慌てて、
「姉妹同士で争い合うのも無しですわ。お兄様を悲しませます。特に緋雨は気をつけるように」
「し、承知しておりまする」
和姫の牽制に、図星を突かれたようにどもりながら、緋雨は答えた。
和姫は、それぞれの顔を見渡しながら、
「それでは、ルールは以上ということで。明日、お兄様が東条奏とのデートから帰ってこられたら、ひとりひとり、想いを伝えることとしましょう。美鈴。あなたは他に何か言いたいことなどありますか?」
「ふえ? あたし?」
急に話を振られ、慌てて美鈴は、
「そうは言ってもねぇ。正々堂々戦うって決めたんなら、特に付け足すルールはなくない?」
「そうですわね。あまりルールで縛ってしまうのも、感心は出来ませんわ」
「強いて言うなら、恋華さんにこのこと、伝えるべきなのかな?」
「「「「…………」」」」
美鈴の言葉に、妹達は黙りこくってしまった。瀬戸内恋華は、微妙な立場にある。そして、何かと複雑な思いがある。軽率に言葉を発することが、ためらわれてしまうのだ。
「緋雨ちゃんは、どう思う?」
美鈴に話しかけられ、緋雨は「ふむ……」と腕組みをした。このポーズをする時は、緋雨にとって難題に向き合う時のものだ。今回の場合は、数分ほどたっぷり時間をかけて、
「①伝える。②伝えない。③伝えはするが、突き放す」
緋雨は真剣な声色で、そう言った。
「①と③って、何か違いがあるの?」
「①はただ情報を伝えるだけ。③は、情報を伝えつつ、恋華どのに対して糾弾をする。いわば、遠回しに『兄君に手を出すな』と警告すること」
「別に、①でいいじゃん。これ以上恋華さんに、追い打ちかけることもないでしょ」
美鈴は呆れたように答えた。かつて緋雨が恋華を監禁して凌辱を加えようとしたことは記憶に新しい。その手の発言にはうんざりしているのであった。
「レイラちゃんは、どう思うの?」
「愚問ね」
ふん、とツンデレ気味にレイラは切り捨てた。
「ふえ? あたし、なんか変なこと聞いた?」
「瀬戸内恋華は、もう兄さんの彼女でも何でもないのよ? 教える義理なんか、これっぽっちもないわ」
「うん、それはあたしもそう思うよ。でも一応元カノってことになるし。伝えといた方がいいんじゃないのかな……」
「ただの偽装恋人でしょう。あのダークエルフは虚言によって、わたし達の仲を引き裂こうとしてきたわ。しかも、今は新しい恋人を作ることにご執心らしいじゃない……。ほっとけばいいのよ。人がいいのは結構なことだけども。敵に塩を送るのも、ほどほどにしておくことね?」
と、レイラは辛らつな態度を取るのであった。
こうは言っているがレイラは、恋華と俊介が付き合っていた時は、恋華のことを特に評価していたのである。
しかし、今のレイラは恋華を嫌悪している。
レイラは「恥ずかしいから止めなよ~」と母親から中2病を指摘されても辞めない剛の者なので、俊介を巡る戦いから逃げた――否、諦めた恋華のことなど、到底認められないのだろう。
「う~ん。それもそうだけどさ~」
美鈴が複雑な表情でレイラの言葉を吟味していると、和姫がレイラに向かって身を乗り出し、
「つまり、恋華さんはもうお兄様のことを諦めているから。敵とは見なさず放置する、ということですか?」
「そうよ」
「で、ですが……。わたくしには、何やら嫌な予感がするのです。あの恋華さんが、そう簡単に諦めたりなどするでしょうか?」
和姫は顔を強張らせながらそう言った。
一同にも、その表情から緊張が走っていることが分かる。
しかしレイラは冷静な様子で粛々と、
「諦めたからこそ、あのダークエルフは今、兄さんの隣にはいないんでしょ。精神汚染を恐れ、自ら兄さんの元を去っていった堕天使なんかに、興味はないわ。このことを伝えたところで、面倒なことになるだけよ。もうこっちからは関わらない方が賢明よ」
「レイラ……本当に、そう思っているのですか?」
レイラは和姫の問いにすぐには答えず、数秒間を置いてから口を開いた。
「無論よ。敗残者に情けをかけるいわれはないわ。もう、彼女の話は止めましょう。仮定の話なんかいくらしたって、きりがないわ……」
レイラは腕を組み苦しそうに目をつむると、そこで言葉を打ち切った。
どうやら彼女にも、瀬戸内恋華に対してはただならぬ思いがあるらしい。
その後も、とりとめのない話で盛り上がる一同ではあったが、
「ましろ、なんだか眠くなってきちゃった」
そう言葉を発したのは、眠そうに目をこするましろだった。
「そうね。そろそろお開きにしない?」
「うん。明日は大事な決戦の日だからね!」
レイラと美鈴も、同意しながら頷き合う。
「分かりましたわ。それでは、本日はここまでにしておきましょう」
和姫がそれぞれの顔を見ながら言った。
そして、
「皆様。よく考えておいてください。どうやって、お兄様に想いを伝えるのか。それによって、選ばれたとしても選ばれなかったとしても。お母様が言ったように、悔いだけは残らないようにしましょう。いつの日か、今日という日を笑い話に出来るように」
その言葉を、和姫は締めくくりの挨拶とした。
全員が選ばれるわけじゃない。勝つ人間がいれば、負ける人間もいる。そんなことは分かっている。
だけど、そこから逃げるわけにはいかない。運命をあるがままに、受け入れるしかない。
それは俊介のためではない。
まして、他の誰かのためじゃない。
自分自身の幸せのためだ。




