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31寒い? いいえ、寒くありません!

 お昼休みに女の子と一緒にお弁当を食べるなんてことは、今までの俊介にはなかったことだ。

 いや、恋華と付き合っていた頃は毎日のようにしていたか。しかし「偽装恋人」としてだが。そして今、「偽装友人」と一緒にお弁当を食べている。何かと偽装に縁があるな、と感じずにはいられない。


「いいお天気ですね、俊介先輩♪」


 秋の淡い光を浴びながら、奏は気持ちよさそうに言った。


「そうですか。僕には少し寒いですけどね」


 昼休みの校庭の中庭には、他の生徒は誰もいない。晩秋となり、気温が下がってきているからだ。


「わ、私はぜんぜん、寒くないですっ」


 頬を紅潮させながら、奏は反論した。


「だって……俊介先輩と一緒にいるから」


 上目づかいで、手をもじもじさせたりもしてくる。


「そ、そうですか……分かりました」


 俊介は慌てて目をそらした。奏の可愛さは反則だった。じっと見つめているだけで、特に理由もなく抱きしめてしまいそうなほど庇護欲をそそられる。


「ところで俊介先輩? 私、先輩に謝らないといけないことがあるです」


「……なんでしょうか?」


 何だか分からないが、話の矛先が変わるなら大歓迎だ。

 そう思い、俊介は尋ね返した。


「今日の放課後なんですけど、私、クラス委員の仕事頼まれてしまいまして。俊介先輩と一緒に帰れそうもありません」


「ああ、なんだ。そんなことですか」


 そんなこと、と言った時、奏の眉がピクリと動いた。

 そしてずいっと顔を突き出し、大きな瞳で俊介を見つめると、


「なので、明日、私とデートしてください」


「……」


 俊介は、一瞬黙りこくってしまった。

 あまりにも、話の脈絡がなさすぎたからだ。


「えーっと、どういうことですか? 確かに明日は、学校休みですけども」


「だ、だから、一緒に帰れないお詫びに。それとも、私の体をメチャメチャのグチャグチャにする方がいいですか?」


「そういう意味じゃありません!」


 たまらず俊介は叫んだ。ちょっと一緒に帰れなかったぐらいで体を要求するとか、鬼か。


「勘違いしないでください。別にメチャクチャのグチャグチャはOKなのです。ただできれば、高校を卒業するまでは清らかな関係でいたいというか……」


「別にOKなんですか……」


「で、でも! 私達お友だち同士なんですから! 休みの日に遊びに行くことは普通でしょう? 俊介先輩はもう、恋華先輩と別れたんですから!!」


「まあ……それは」


 友だちとして、と言われると弱い。

 恋人としてデートなら断ることも出来るが、こうやって頼まれるとどうにも断りづらいのだ。恋華と別れたのも事実だ。しかも向こうは他に彼氏を作ろうとしている。


 後は俊介の心構えの問題だが。

 

「でも、やっぱりマズいですよ。僕は恋華さんと付き合ってたからと、学校ではちょっとした有名人なんですよ? 恋華さんと別れた途端、別の女性に手を出す男として、悪い意味で注目されるのは明白です。僕だけならまだいいんですけど、その……」


「私にも迷惑がかかるってことですか? 私、そんなの全然気にしないです!」


「そう言われましてもね……」


「それを言うなら、恋華先輩だって新しい彼氏作ろうとしてるじゃないですか? 大丈夫です。先輩が何か言われたら、私が体を張って守るです。俊介先輩は、私の将来の旦那様なんですから♡」


 語尾にハートマークをつけながら、奏は熱弁をふるう。


「本当に私、先輩と一緒だったら、どんな試練でも乗り越えられると思うです♡ 最初は、みんなから冷たい目で見られるかもしれません。でも私、俊介先輩さえいてくれたら大丈夫ですから! そして辛い困難を二人で乗り越えた時、私達は……♡♡♡♡」


 多少の脚色を加えつつ、これからの人生をシュミレートしているようだ。語尾どころか、目の中までハートにしている。


 ここまで慕ってくれる少女の幻想を打ち砕くことは、俊介には出来なかった。


「分かりましたよ……友達としてですよ? あくまで友達として、遊びに付き合うだけですからね?」


 しつこいぐらい「友達」を強調する俊介だった。


「だってそうですよね? さっきから旦那様とか夫婦とか、友達にあるまじき単語が行き交ってましたけど。元々はそういう話ですよね?」


「もちろんです。というか、旦那様とか夫婦とか、そんなこと誰が言ったんですか?」


「あなたですよ!!」


 思わず全力でツッコんでしまった。

 東条奏、思ったよりもボケ体質なのかもしれない……。


「私と俊介先輩は今、〝偽装友人〟です。それは認めるです。でも私、こうも言いましたよね? 将来的には、どういう関係になるかは分からないって」


「……はい?」


「つまり」


 奏は一度言葉を切ると、俊介の顔をじっと覗き込んだ。

 弱々しい子ウサギから、凛々しい女豹の表情に切り替わる。


「今の私たちの関係は、あくまで『お試し期間』です。もし私に至らない点があったら、関係を解消してくれても構わないです。恋華先輩とそうしたように……。でも、逆もありえますよね? 私と俊介先輩が結ばれるっていう』


「……」


 俊介は、呆然としながら奏の顔を見ていた。


「……奏さん……」


 何とか、それだけを呟いた。

 奏の情愛を、少し甘く見ていた。

 あきらめが悪くて、とことん前向きで。


 まるで……。

 まるで、恋華みたいに。


「私が思うに、俊介先輩が恋に奥手なのは、『偽装恋人』なんて経験したからです。お友だちだったら気軽に付き合えますし、そう簡単には仲違いしません。要するに、そこから発展していく恋もあるってことです!」


 そう語る奏の表情はハツラツとしていて、太陽のように輝いて見えた。

 対照的に、俊介の心中には暗雲が垂れ込めていた。


 本当に、これでいいんだろうか?

 このまま流されるように、奏との関係を続けていいんだろうか?

 分からない。


 何もかも分からなかった。


 ……恋華ならば、分かるのだろうか?


 パッと考えた思いつきを、必死になって頭から追い払う俊介であった。



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