23嫌い? いいえ、嫌いじゃありません!
「それじゃあ、お義母さん。お元気で」
国際空港の旅客ターミナルにて。俊介は、麗子にそう話しかけた。
チェックインは済ませ、荷物をカウンターに預け、あとは検査場を通り手続きをするだけという状況だ。そう、チケットを持たない6人とは、ここでお別れである。
なので井川家の子供達は、保安検査場の入り口まで、麗子の見送りをしにきたのだ。平日の遅い時間ということもあり、展望デッキの周りは空いていた。
それでも俊介たち同様に旅行客を見送る人は大勢いて、悲し気な嗚咽や、笑い声なんかが聞こえてくる。俊介たちも、なるべく暗くならないように見送ろうと考えていたのだが、どうしても湿っぽくなってしまう。
もう2度と会えなくなるわけでもないが。以前は1年間家を空けていたのだから、今度も長い期間向こうに滞在することだろう。
そう考えると。
嫌でも気分が滅入ってしまうのだ。
「いやあねえ! みんな、お通夜みたいな顔しちゃってさ~」
反対に麗子は異様なハイテションで、6人に笑いかけた。
長旅になるので、今日の麗子は黒のレザージャケット、下はライトベージュのジーンズという、比較的動きやすい服装だ。
サングラスをかけ、長く美しい足を包むショートブーツを履き、高級感のあるスーツケースを手にするその姿は、ハリウッドのセレブ女優と見まがうほどである。
「お母様に申し上げるのは失礼かと存じますが、どうかお気をつけ下さい」
「天より舞い落ちる懺悔の雷がないよう、高位領域に天使の祝福をかけといたわ」
「母君……お仕事頑張ってくだされ。くれぐれも、ご無理はなさらずに」
「お父さんによろしくね! あと、今度戻ってくる時はもうちょっとゆっくりしてよね!」
和姫、レイラ、緋雨、美鈴と、次々と別れの挨拶をかけていく。
「うふふ♪ みんな、ありがと~。なるべく早く帰れるようにするからね~」
笑顔で答えていく麗子だが、ふとましろの前にかがみ込むと、
「でも~。ましろちゃんだけ、お別れの言葉がないのかな~? ひょっとして、ママさんに怒ってる~?」
「あ、あうう……」
ましろは目を涙で潤ませながら、大きく首を横に振った。
「次いつ帰ってこれるか、ママさんにも正直分からないの~。だから、何か言ってもらえないと、ママさん寂しいな~。でも、もしママさんが嫌われちゃったとしたら……」
その続きは、もう言えなかった。
麗子の体に、ましろが抱きついたからだ。
「ママ、ましろ、やっぱりさみちい! ずっと、ずっと一緒にいてほちい!」
「ましろちゃん……」
先ほどまで朗らかだった麗子が、悲しそうに表情をゆがめ、
「ましろちゃん。来年の誕生日までには、絶対に帰るから。その時には、特別に何でも好きなプレゼントをあげるね」
と、涙ながらにましろを抱きしめながら言った。
いくらキャリアウーマンといえども、可愛い我が子に泣きつかれているのだ。心を動かされないわけがない。
しかし、突き放すのもまた愛情の内。
麗子が去ることによって、ましろのこの甘えん坊な性格も、少しは大人っぽくなるかもしれない。
「俊介」
ましろが泣き止んだ所を見計らって、麗子は俊介に声をかけた。
いつも「俊ちゃん」と呼ぶ麗子が「俊介」と呼ぶ時は、決まって厳しい話をする時だ。
「今朝も言ったけど、みんなのこと、頼んだわよ? あなたは、お兄ちゃんなんだから。みんなのこと、よろしくね?」
と、話す麗子の表情は、真剣そのものである。
確かに恋華との勝負の件といい、緋雨の事件といい、俊介は妹軍団の暴走を上手く止められていない。
だから、これまで以上に注意しながら、みんなを見守ってあげなさいということか。
そう気づいた俊介は、表情を引き締めて、
「……大丈夫です。皆さんのことは、僕に任せてください」
「よ~し♪ いいお返事よん☆」
俊介の返答に、麗子は満面の笑みを浮かべた。
そして、一同の顔を見渡しながら、
「和姫ちゃん」
瞳を赤くしていた和姫は、急に呼ばれて驚いたような声をあげる。
「は、はい。何でございましょう! お母様!」
「いつも家事を任せちゃってごめんなさいね。とっても助かっちゃってるわ。あなたはもう、いつでもお嫁に行ける。ママさんが保証するわ」
「お、お母様……」
和姫は涙をポロポロとこぼしながら、麗子を見つめた。
やはり母親からの励ましの言葉は、特別心に染み入るらしい。
麗子は、今度はレイラを見て、
「レイラちゃん」
「な、なによ。母さん」
本当は泣きそうなくせに、強がって気丈な答え方をするレイラに、微笑みながら麗子は語りかけた。
「レイラちゃん、最近ちょっと中2病が悪化しすぎてると思うの~。今はまだいいけど、高校生になったら死ぬほど痛い目で見られるわよ~? あなた頭はいいんだから、もっと優等生キャラの方がいいと、ママさん思うの~」
「な、ち、ちがうわよ! これは中2病じゃなくって! わたしは天界との魂の絆を深めてるのよ!」
「あら、そうなの~?」
「そうよ! そうすることによって、より高次元からのメッセージを受信することが出来て、魂のステージはより高度な宇宙に昇ることが出来――」
「緋雨ちゃん」
尚も反論しようとしたレイラの言葉を遮り、麗子は緋雨に向き直った。
「は、はい。母君。わたくしめは……」
「もう何も言わなくていいのよ。あなたのこと、信じてるから」
その言葉に、緋雨はハッとなった。
「うふふっ、もしかして怒られると思ってた? 顔が青ざめていたものね~」
麗子が楽し気に、緋雨の顔を覗き込んだ。
「なっ、ち、違いまする! わたくしめは、ただ……」
「分かってるわよん♪ あなたの気持ちは」
唇に人差し指を当てながら、麗子は笑った。
「ぶっちゃけ、緋雨ちゃんのその一途さ、ママさん別に嫌いじゃないわ」
「……ほ、本当でございまするか?」
「うん♪ だって、ラブは女の原動力だものね~」
麗子はくすくすと笑いながら言った。
以前工場内で再会した時は、鬼神の如き怒りで緋雨を殴りつけ、制裁を加えたものだが。ここまで和やかな雰囲気になれるとは、誰が予想し得ただろうか。




