16ないがしろにしてる? いいえ、してません!
「えっ。お義母さん、アメリカに帰っちゃうんですか!?」
翌朝のリビング。みんなが集まる食卓にて、俊介は叫んだ。
「そうなのよ~。ごめんね~♪」
納豆ご飯をまぜまぜしながら、麗子はニコニコと答えた。
「急で悪いけど、パパさんから連絡があってね~。仕事の都合で、どうしてもママさんが戻らないとダメみたい~」
「そ、それは分かりますけど……。でも、あまりにも急で……」
不満げに、俊介は声を潜めながら言った。納得はしていないが、仕事の都合と言われると反対はしにくい。
「いや~、パパさんから困った声でどうしてもって言われたらね~。流石のママさんも、助けてあげないわけにはいかないでしょ~?」
「分かりましたわ、お母様」
和姫は答えた。
「お兄様、少しは落ち着いてくださいまし。温かいお茶でもいかがですか?」
沈着冷静な和姫の口調に気圧されながら、俊介は茶碗を受け取った。
「あ、ありがとうございます……」
そのまま、暖かいお茶にゆっくりと口をつける。のどの渇きを潤すと共に、じんわりと胃が満たされていくのを感じた。
麗子は「納豆まぜまぜ~♪」と鼻歌を歌いながら、手際よく納豆をかき混ぜている。ちなみに、今朝の料理を作ったのも麗子だ。納豆ご飯、豆腐の味噌汁、卵焼きとほうれんそうのおひたし、焼き鮭、そして納豆ご飯というメニューだ。
「あら? 俊ちゃん何も食べないの? 一生懸命作ったのに。ママさん悲しい……」
「あ、い、いえ。いただきます」
本当は食事どころではないが、麗子に涙ぐまれ、俊介は焼き鮭を口にした。火の通り加減は均等で、皮はパリパリ、身は箸でサクサクッとほぐれるくらい。絶妙な焼き加減だった。
「まあ、急なのは確かなことね」
ほうれんそうのおひたしを箸でつまみながら、レイラが呟いた。
「まさかいきなり帰国してしまうだなんて。そんな未来はこのわたしの眼でも幻視出来なかったわ」
「あらレイラちゃんったら。相変わらずの中2病ね~。もうすぐ3年生になるんだから、いい加減アニメキャラ設定は卒業しなさいね~」
「な、違うわよ母さん! これは設定じゃないわ! わたしは前世にて志半ばで果てた救国の姫騎士、選ばれた伝説の聖剣を操るディゼット・アイリス=シズカ・ジゼルの生まれ変わりよ!」
「うん。だからそれ、アニメ『エターナル・ファンタジー』の真似でしょ? 昔マンガをよくねだられたから、こっちも覚えちゃったわよ~?」
母親ならではの鋭い麗子からの指摘に、さしものレイラも「ぐぬぬ……」と歯噛みするしかなかった。
すると、それまで無言で食事をしていた美鈴が、カチャリと箸を置いて言った。
「それで? お母さん。いつ出発するの?」
「今日19時発の便で、ニューヨーク国際空港へ向かうことになったわ~」
すると、美鈴はジト目で麗子をにらんだ。
「じゃあ、お別れ会もろくに出来ないじゃない! なんでそんな大切なことを今言うのよ。っていうか、まだ帰ってきて一ヵ月くらいしか経ってないじゃない! 積る話だってあるし、あたし達に何の相談もなしだなんて、そんなのひどいよ!」
「いやぁ~。そう言われるとママさん弱いな~」
麗子は寂しそうに笑みを浮かべると、両手を顔の前に合わせて、
「でもこれだけは言っておきたいんだけど、ママさんだってみんなと一緒にいたいんだからね? それと、美鈴ちゃん。全国大会、応援に行けなくてごめんね! でもママさんは、いつだって応援してるからね!」
「お……お母さん……」
美鈴は目に涙を溜めながら、麗子を見つめた。
美鈴の所属するテニス部は、この夏、全国選抜大会への出場が決まった。1回戦は勝ち進んだが、2回戦で惜しくも負けてしまった。美鈴はまだ1年生なのでベンチだったが――。一生懸命に、チームのサポートをしていた。麗子はその頃海外にいたので、当然応援には参加できなかった。しかし、俊介たちがビデオ録画や写真撮影をし、逐一報告をしていたのだ。麗子はどんなに仕事が忙しくても、美鈴のことを気にかけていた。
決して、ないがしろにしているわけではないのである。




