15どうしたらいい? いいえ、分かりません!
瀬戸内勝。
瀬戸内家の長男で、恋華の義理の弟。
血の繋がりがないため、恋華を異性として見ている。かつては恋華の恋人を名乗り、俊介と恋華の仲を引き裂こうと企んでいたが、失敗に終わっている。身長180㎝という長身、派手な金髪、大人っぽい容貌とは裏腹に、まだ小学6年生の子供である。
その勝が、いつの間にか恋華の部屋に入ってきていた。
目をぱちくりさせて数秒間を置いた後、恋華は叫んだ。
「キャー! エッチ!! 何であんたがここにいんのよ!」
叫ぶやいなや、手元にあった枕を勝の顔に投げつけた。
「ぐへ!」
ジャストミートした勝は、当然床に倒れる。
しばらくすると、痛そうに首をさすりながら起き上がり、
「……いてて。何すんだよ、いきなり」
「……ご、ごめん。でも、いつも言ってるでしょ? 人の部屋に入る時はちゃんとノックしなさいって」
流石にやり過ぎたと思ったのか、バツが悪そうに恋華は謝った。とはいえ勝は小学生ながら恋華よりも背が高いので、あまり手加減する気になれないのだが。
「それで? 私に何の用なのよ? 勝」
「何ってことねーだろ。散々妙な叫び声上げといてよ。心配して来てやったんじゃねーか。それに、聞きたいこともあってよ」
「聞きたいこと?」
「俊介のヤローだよ。姉貴、アイツと別れたのか?」
「アンタ……どこでそれを?」
恋華は眉を潜めながら聞き返した。俊介とのことは一切、勝には話していないはずだ。
「分からないはずねーだろ。ちょっと前まではうざってーほどノロケ話してたのに今は全くしなくなってるし。毎晩寝る時間まで長々と電話してただろ? それもしなくなった。別れたと思うのがフツーだろうが」
「はぁ……。まったく、変な所で鋭いんだから」
恋華は呆れたようにため息をついた。前に自分と俊介の仲を邪魔しようとした前科があるので、勝には知らせまいとしていたのだ。
「黙っててごめんね。そうよ、勝の言うとおりよ」
「何で別れたんだよ」
勝は興奮気味に問いかけた。
「あんなに俊介のこと気に入ってたじゃねーか。毎晩欠かさず電話までしてたのに、何で……」
「うるさいわね。勝には関係ないでしょ?」
恋華はイラついたように答えた。俊介の妹に倉庫に監禁され、あわや死にかける壮絶な修羅場の末に別れたとは流石に説明できない。
「さあっ、これで満足でしょ? 私と俊介君はも、もう別れた。でも私のことは心配いらないんだから。納得したならさっさと出てってよ」
俊介と別れた。その言葉を口にする時わずかだが言葉に詰まった。
恋華は無意識の内に、俊介と別れたことを否定したかったのかもしれない。
「いや、まだ納得してないね。じゃあ聞くけどよ。姉貴はこれからどうすんだよ。他の男と付き合うのか? 付き合わねーのか?」
「それも検討してるよ。でも、今はとりあえず1人でいい。当分他の人と恋愛はしたくない」
すると勝は、鬼のような形相で、
「なんでだよ!」
「えっ?」
「んなこと納得できるかよ。あんな勉強だけが取り柄なガリ勉野郎は捨てて、とっとと新しい彼氏でも作ればいいじゃねえかよ。何で、姉貴が独り身になんなきゃいけねーんだよ!」
「ちょっと! 俊介君のこと悪く言わないでよ!」
「いいから、俺の話聞けって!」
抗議する恋華の声を遮って、勝は声を荒げる。
「それとも、もうセックスまでしてんのかよ。だったらまだ分かるけどよ。精々キス止まりだろ? そんな陰キャの童貞野郎のことなんか、さっさと忘れちまえ!」
「はあ!? せ、せ……? 何言ってんのよ、バカ!」
「だって、そうだろうが!」
勝は息を荒くし、ますます声高になって叫ぶ。
「あんなヤツのどこがいいんだよ! 姉貴が別れるって言ったら、食い下がるわけでもなく受け入れたんだろ? そんな根性なしの腑抜けなんか――」
「……!」
その言葉の続きは、勝には言えなかった。
なぜならば、その頬を思い切り恋華に引っぱたかれたからだ。
「勝、落ち着いた? 落ち着いたんなら、これからお姉ちゃん怒るよ?」
「……ああ、いいよ」
赤く腫れた頬を手で撫でながら、勝は頷いた。
「まずね、俊介君は何も悪くないの。悪いのは、何もかも私なの」
そう言うと勝は「は?」と恋華に聞き返した。
「いやいやいや。それは無理があるだろうよ、姉貴。どこからどう見たって、俊介の方に問題あるだろうがよ」
「――もう2度と言わないから。俊介君のこと悪く言わないで」
しかし恋華は、心底凍えそうなほど冷たい視線を、勝に送った。
「いい? 次俊介君の悪口言ったら、姉弟の縁を切るからね」
「……分かったよ」
いや、分からざるを得なかった。
流石に小学生の勝でも分かる。家族とはいえ――。いや、家族だからこそ、これ以上は踏み込んではいけない領域なのだと。
「……もういいでしょ? 1人になりたいから、出てってよ」
「……ああ」
恋華の言葉に、勝は大人しく部屋を後にした。その後ろ姿は、意気消沈としていた。
「……俊介君」
1人部屋に残った恋華は、ポツリと呟いた。先ほどの勝の言葉を思い出す。
――とっとと新しい彼氏でも作ればいいじゃねえかよ。
やはり俊介が奏と付き合わないのは、自分に遠慮してるからなのか? 恋華を差し置いて、自分だけ幸せにはなれないと。あの俊介のことだ。十分ありえる。
「……じゃあ、私が彼氏を作ったら、俊介君も奏ちゃんとくっつくのかな……」
自分でつぶやいておきながら、恋華はブルっと肩を震わせた。俊介のことが大好きだ。俊介さえいれば、何もいらない。そう思いながらこの10年間を生きてきた恋華が、他の男と付き合う――? あまりにも突拍子がなさすぎて、気分が悪くなる。
「でも、それでみんなが――俊介君が幸せになるなら……?」
恋華は、手元のスマホを眺めた。アドレス帳をタッチし、連絡先一覧から俊介の番号を見つめたまま固まる。
「……お願い、俊介君。教えて。私、どうしたらいいの……? もう、わっかんないよ……」
スマホを握りしめたまま、恋華は子供の用に泣きじゃくった。しかし、その問いに答える者は、誰もいなかった。




