8シベリアに行く? いいえ、冗談です!
「あ、あはは。せ、先輩のご家族、ずいぶんと個性的なんですね?」
「……すみませんでした」
苦笑いする奏に向かって、俊介は平身低頭、心から奏に頭を下げた。
本当に、穴があったら入りたいくらい、痛々しい家族を代表して。
しかし、そんな俊介を尻目に……。
「……って、何で緋雨さんまで頭を下げているんですか?」
「兄君が謝罪されるなら、わたくしめもまた罪を償おうかと思いまして」
「別に、そんな重い話じゃないんですけどね……」
なぜか同じように、否、もっと深々と頭を下げていた緋雨に、俊介はツッコミを入れた。
すると緋雨は、奏に向き直って、
「奏どの」
「は、はいです!」
「わたくしめ、井川緋雨と申しまする。井川家の3女にして、1年間の海外留学からこの度戻ってまいりました。兄のご友人ということならば、歓迎いたしまする。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたしまする」
「ああ、はい。こちらこそ、よろしくお願いしますです……」
丁重な緋雨の挨拶につられて、奏もペコペコと頭を下げた。
多少時代錯誤とはいえ、ここまでで唯一まともな挨拶。奏もさぞ気が緩んだことだろう。まあ、本当は5姉妹の中で1番の危険人物なのだが。
挨拶を終えた緋雨が、ぐいっと奏に詰め寄る。
「では奏どの。お近づきのしるしに、少々お聞きしたいことがあるのですが」
「は、はい? 何でしょう……?」
「出身地、出身校、本籍、家族構成、過去の男性遍歴、携帯番号、ラインのIDなどです!」
「ぜ、全然少々じゃないですううううううううううっ!」
精々『ご趣味は?』程度の質問だと思っていた奏は、目を丸くして叫ぶ。
そんな奏は放っておいて、緋雨は話を進める。
「そのようなことはどうでもよいのです! いい加減に、こちらの質問に答えてくださいまし!」
「あら~? いい加減にするのは、緋雨ちゃんの方じゃないかしら~?」
恫喝する緋雨を、窘めたのは麗子だった。
にっこにこ笑顔だったが、眉間にしわが寄っている。
「緋雨ちゃんは、何回言ったら分かってくれるのかしら~?」
「ああっ、母君。こ、こ、こ、これは、その……」
母、麗子からの詰問に、緋雨は言葉さえおぼつかなくなってしまった。
「言い訳は止めてね~? それとも、ママさんの言うことはどうしても聞けない~? 日本出ていく~? シベリア行く~?」
「申し訳ございませんでしたっ!」
叫びながら、緋雨はジャンピング土下座をする。
その姿たるや、鬼軍曹からの叱責に謝罪をする新米兵のごとくだった。
「……いやあねえ。緋雨ちゃんったら、ほんのジョークよお♪」
しかし、麗子はニコッと笑って言った。
先ほどまでの怒りを抱えた笑顔ではなく、本当の笑顔だ。
「最近緋雨ちゃん、ママさんに少し怯えすぎよ~? ママさんが鬼嫁みたいに思われるじゃない。緋雨ちゃんがしっかりしていれば、ママさんだって怒ったりしないんだから。ママさんとのや・く・そ・くよ♪」
「は、はい……」
優しく諭され、緋雨は涙目で答えるのだった。厳しく怒られた後に優しくされたことで、心の涙腺もまた緩んでしまったのだろう。
緋雨が大人しくなると、麗子は奏に向き直った。
「改めまして、東条さん。ウチの俊ちゃんが、いつもお世話になっております」
「あ、い、いいえ! こちらこそよろしくしてもらってるです!」
麗子の発するオーラに圧倒されたのか、若干おかしい日本語で奏が答える。麗子はニコッと笑って、
「んも~、このコ達ったら、かしましすぎて、ビックリしちゃうでしょ? お気に障わったなら、ごめんなさいね?」
「い、いいえ! とんでもないです!」
軽く社交辞令を述べた麗子に対し、奏は萎縮しながら答えた。
「でもね? 聞いてくださる? 俊ちゃったら酷いんですのよ。ママさんがハグしたら嫌がるし、『あ~ん』もさせてくれないの」
「はい……? は、ハグ? 『あ~ん』?」
きょとんと聞き返す奏に向かって麗子は、
「そうなの~。俊ちゃんったら、最近少し反抗期入ってるのかしら~。小さい頃は、あんなに素直だったのにね~。初めてこの家に来た時なんか、車の中で私の手をずっと掴んで離さなかったのに……」
「お義母さん! そんな昔の話は止めてください!」
恥ずかしい話を次々と暴露され、たまらず俊介は口を挟んだ。
これ以上麗子に話をさせると、場がカオスになり過ぎる。
そう判断した俊介は、奏に向き直って、
「すみません奏さん。一緒に登校します。しますから、ちょっと待っててもらえますか? 準備したら、すぐ行きますので……」




