7迷惑? いいえ、迷惑じゃありません!
井川家の玄関口にて。
瀬戸内恋華から『偽装恋人』役を解消された後、俊介に『偽装友人』役を持ちかけてきた張本人が現れた。
「す、すみませんです! 先輩!」
まだ挨拶もそこそこに、奏は入社早々大遅刻を犯した新入社員の如く、深々と頭を下げた。
「連絡もなく、こんな朝早くから急に来てしまって! 私の命がいくつあっても謝り切れないですうっ!」
「いや、そこまで大げさな話じゃないんですけどね」
俊介は両手を振りながら、尚もお辞儀をする少女に向かって言った。
東条奏。
腰元までの艶やかな黒髪を、ツインテールにまとめた美少女だ。すーっと通った形のいい鼻、純粋すぎるほどパッチリとした大きな瞳と、誰もが振り返る美少女ではあるのだが、いつもおどおどして、周りの顔色を窺ってばかりいるという欠点もある。
そして――。恋華と別れた後の俊介に対し、周囲の前では友人として振る舞う〝偽装友人〟を申し込んだ張本人でもある。
そんなことを――。
本当にただ何となく考えていると、奏は黒目がちの綺麗な瞳を向けてきた。
「すっ、すみませんです! 先輩!」
「えっ何が?」
俊介が尋ねると、奏は困ったような顔をして、
「よ、よく分からないですけど……もしかしたら怒ってるのかなって」
「どれだけ僕は狭量なんですか……」
ビクビクと怯える奏に呆れる俊介。
しかし、その無垢な瞳を見つめていると、何も言えなくなるのが現状だ。
「俊介先輩」
「な、なんですか?」
「私のことグチャグチャにしていいので、許して頂けませんか?」
「だから、別に怒っていませんて!」
そもそもグチャグチャな状態とは何か。俊介はため息をつきそうなのを懸命に抑えていた。
その時。
「お兄様、最愛の妻であるわたくしを放置して、玄関先で別の女性とイチャつくとは、これは許すことのできない不倫ですわね……」
「暗黒魔界からの招待客が、ついに来たようね」
「暴漢に絡まれてるものと思い、助けにまいりましたが……その必要はありませんでしたな」
「わーっ、本物の奏さんだー。背高い、足長い、顔ちっちゃーい」
「この人が、奏おねーちゃん?」
「あら~? あらあら、あら~!」
和姫、レイラ、緋雨、美鈴、ましろ、麗子と。
玄関口までぞろぞろと現れたのは、リビングで食事をしていた井川家一同であった。
さて、奏のことはどう説明しようか。
俊介が悩んでいると、奏の方から先に口を開いた。
「あ、あの。皆さん初めまして。朝早くに申し訳ありません。わ、私は東条奏というです。俊介先輩の後輩です」
「東条奏さんね? 初めまして。井川麗子と申します~。あなたの話は色々と聞いてるわ~。もう、俊ちゃんとはお付き合いしてるの~?」
真っ先に答えたのは、麗子であった。
奏は大きな瞳を少しだけ細めると、
「いえ……。まだ、お付き合いはしてないです」
「『まだ』、ね~」
「……! べ、別に深い意味はないです!」
「オホホ。そんなにムキになることないのに。俊ちゃんのことが好きなら、好きって言ったらいいのよ~」
「あ、あう……。あうあう」
「お母様! ちょっとそこよろしくて!?」
口元に手を当て微笑む麗子の横から割って入ったのは、和姫であった。
和姫は美少女にあるまじき光の消えた目で、奏を睨みつけると、
「奏さん」
「は、はい」
「お兄様と、もう性交はしましたの?」
「は、はははははははははははい!?」
「とぼけないでくださいまし! 男女のまぐわいのことですわ! 接吻は? 体への接触は? それともまだ、手を繋ぐ止まりですの? 教えてください!」
「わ、私、そこまで積極的じゃないですよう!」
奏は首をぶんぶん横に振って否定した、その時。
「ほんとう? 奏おねーちゃん、お友だちのふりして、にーにーのこと狙ってるんじゃないの?」
大人びた口調で奏に問いかけたのは、若干7歳のましろであった。
そのあまりに成熟した物言いに思わず奏は、
「そ、そそそんなこと、あるわけ……ないですうっ! お気に障ってたら、ごめんなさいですううううう!」
思わず敬語で謝ってしまった。
高校生が、小学生に。
15歳が、7歳に。
…………。
……そんな様子を見て、美鈴がポツリと呟いた。
「うーん。何かほんとに『小動物』って感じだよねえ」
「は、はい? ……小動物?」
「あっ! いえ! なんでもないです! ……昨日の会議でヒメちゃん達が散々言ってたから、つい口から出ちゃったなんてことは、これっぽっちも……」
不用意な発言を隠すように、美鈴がブンブンと両手を振り回していると、
「スズの言いたいことはこうよ。もっとインキュバスかと思っていたら、思いのほかフェアリーぽかったとね。ちなみにわたしは未来を、この眼帯の奥に隠された右目――月光眼によって幻視しているから分かっていたわ」
「は、はあ……」
よく分からない中2理論を振りかざすレイラに、呆けたように奏が答えた。
ちなみに困っているのは奏だけではなくて、その場にいる全員なのだが。




