6セールスマン? いいえ、奏さんです!
「も、もう止めてください。恥ずかしいです」
5分ほどたっぷりハグされ、俊介は麗子を引き離した。
「ぶ~。ヒメちゃん達にはさせてあげるのに、ママさんにはさせてくれないの?」
「お義母さんだからこそダメですよ」
和姫は何だかんだ節度をわきまえているので、踏み込んではいけない領域は超えてこない。レイラは厨2設定次第だが基本的に冷静なので問題はない。緋雨も例の一件で散々麗子に絞られてからは大人しくなっているし、美鈴も性格的にサバサバしてるせいか、そこまでオープンなエロスは求めてこない。ましろに関しては最近少し怪しいが……まあ、まだ7歳なので大丈夫だろう。
「でもお義母さんは大人の女性ですし、お義父さんもいますから。そこまで僕とイチャつかなくてもいいじゃないですか」
「ダメなの~っ」
引き離したはずの距離をまた麗子が詰めてきた。
「でも分かったわ。ハグはもう諦める。その代わりに……」
「……な、なんですか?」
嫌な予感がしながら聞き返す俊介に向かって、ニッコリと麗子は言った。
「俊ちゃんに、『あ~ん』させてほしいな♪」
その瞬間、箸やフォークやスプーンを皿に置く音が、室内に木霊した。
「おっ、お母様! いきなり何を言い出しますの!?」
「えっ、そんなにおかしい? 母親が息子にお料理を食べさせるのって、普通じゃないの?」
「そっ、それはそうですけど……。お兄様はもう高校生ですわ。妹のわたくし達からならともかく、お母様から食べさせていただくなど……」
「うーん、そうかしら。妹の方がおかしいと思うけどね~」
狼狽した和姫の問いかけに、落ち着いて麗子は返答する。
頭が良いとはいえまだ「中学生の娘」と比較すると、熟練さと包容力を持った「大人の女性」の違いである。
「ママだけずるい! ましろも、ましろも!」
「そうだよお母さん! あたしだってお兄ちゃんに食べさせてあげたいのに!」
「うんうん。その気持ちは分かるわ~。でも、この料理を作ったのは、一体誰なのかな~? 朝早く起きて苦労して作ったのはママさんなんだから、ママさんが俊ちゃんに『あ~ん』する権利があると思うんだけどな~?」
ましろと美鈴から上がった不満の声に、麗子は飄々と答える。即座に、美鈴とましろは「ぐぬぬ……」状態になった。まだ幼いましろと真っすぐすぎる美鈴では、反論の言葉もすぐには思いつかないのだ。
「ちょっといいかしら? 母さんが久しぶりに手料理を作ってくれたことには感謝するけど、それはあくまで『目的』でしょ? それを利用して兄さんとスキンシップを図ろうとするのは単なる『手段』だわ。仮にも魔神族の長である女王が、ロジックで煙に巻こうというのは、感心しないわね」
「同意! ここはレイラ姉君の言うとおりにございまする! というより、ここはわたくしめが全面的に兄君のお世話を……」
「――あなた達~? ちょっとうるさいわよ~?」
それまで間延びしてほんわかしていた声に混じる、冷たく鋭い怒気。
経験上、これ以上は踏み込んではいけないと悟っているのだろう。レイラも緋雨も、冷や汗を流しながら口をつぐんだ。
「和姫ちゃんも、美鈴ちゃんも、ましろちゃんも。文句はないわよね~?」
「「「……はい」」」
軽く尋ねるような物言いだが、その裏側には有無を言わせぬ圧迫感があり、3人とも口を揃えてそう言うしかなかった。
すると、麗子は満面の笑顔で俊介に向き直った。
そして、サクサクの唐揚げを箸でつまみ、俊介の口元に寄せると、
「はい、俊ちゃん。あ――」
その時、世界は止まった。
もちろん本当に世界が止まったのではなく、井川家の面々の動きが止まっただけである。なぜならば、インターホンの呼び鈴が鳴ったからだ。
「あら~、誰かしら? セールスマンかしら?」
疑問形で呟く麗子。声色には少しだけイライラが混じっている。
「違いますわよ、お母様。セールスマンがこんな早朝からお宅を回るとは考えにくいです。きっと、お隣の田中さんがお醤油を切らしたのでは?」
それに対し意見を述べる和姫は、まるで熟練した主婦のようだった。
他の妹軍団も、次々と自分の意見を述べる。
「いいえ。あれはきっと、魔獣族からの襲来の合図よ。神託の姫騎士たるわたしが迎撃せねばならないわね」
「もしかして、近所の子供たちがイタズラしてるんじゃないのかな~。あたしが追いかけてって注意してあげよっか?」
「違うよ! きっと、ネコさんがノックしてるんだよ!」
レイラ、美鈴、ましろと。
その間も、インターホンは鳴り続けている。
ここで口を挟んだのは、緋雨であった。
「各人。そんなに気になるようでしたら、出て確かめればよいではないですか……ちなみに、わたくしめは宗教の勧誘だと推察しますが、なぜならば……」
「ああ、もういいです! 僕が出ます!」
各々が「何か鳴ってるけど面倒くさいから出たくなぁ~い(意訳)」と言ってる中、痺れを切らした俊介が玄関口まで走った。
ドアスコープ越しに来客の正体を確かめると、俊介は小さくため息をついた。
やっぱり、この時が来てしまったかと。
自分は日常に戻ることを切望しているけれども、非日常はそれを許してはくれない。ならばせめて、非日常と仲良くすることこそが、日常も一緒に手にする最善の策ではないか。
そう考えた俊介は、ロックを外しドアを開けた。
「おはようございます」
「お、おはようございますです! 俊介先輩!」
――来客の正体は、東条奏であった。




