16許す? いいえ、許しません!
俊介はリビングに入ると、テーブルの上座に座らされた。その周りを囲むようにして和姫、レイラ、美鈴、ましろの4人も静かに席につく。その重苦しさは話し合いの場というより、まるで裁判の被告席に座っているようだ、と俊介は思った。
時刻は午後8時。外も暗くなってきている時間だ。
そんな遅い時間に、俊介は沈鬱な表情の妹達と向かい合っていた。しばらく無言ではあったが、やがて俊介は口を開いた。
「それで、僕に聞きたいこととは何でしょうか?」
「誤魔化さないでよ! あたし達、ちゃんと見たんだからね! お兄ちゃんが女の人とデートしてるのを、この目でハッキリと!」
美鈴は椅子からガタッと立ち上がると、大きな声で、
「しかも、映画館の入り口では力いっぱい抱きしめ合ったり、館内ではウットリしながら手をつないじゃったりしてさ! その上ファミレスでも楽しそうにイチャイチャしだすしっ! そ、それに、あーんなことやこーんなことまで!」
ふーっ、ふーっと、息を荒くしながら美鈴は叫んだ。
顔を耳たぶまで真っ赤に染めて。
「あたし達がいながら、勝手に彼女を作るなんて! しかも、あんな可愛い人を! あたし達なんてもういらないってこと!? そんなのひどいよ!」
美鈴の話は段々大げさになっていったが、それだけ興奮しているのだろう。
「あ、あのですね。美鈴さん……」
「――そうね。確かに兄さんは大罪を犯したわ。これは、お仕置きが必要ね」
俊介が美鈴に釈明をするより先に、レイラが口を開いた。
そして俊介の前に、ぐいっと身を乗り出した。
そのまま俊介に顔を近づける。
レイラは無表情のまま、俊介のことをじっと見つめていた。
シミひとつない、真っ白な肌。目も眩むほど整った美しい容貌。そして、かかる熱い吐息。しかし、レイラは何もせず、無言で俊介を見つめたままである。
「あ、あの、レイラさん……?」
たまらず、俊介が声をかけたとき。
レイラは右目にかかった眼帯を外し、閉じていた右目をゆっくりと開いた。
深海のような青い瞳があらわになる。
「どう? かかった?」
「何がですか」
意味が分からず、俊介は尋ね返した。
「兄さん。わたしの目、見えてるよね?」
「ええ。青いカラーコンタクトが見えます」
「カラコンじゃなくて魔眼! それで、催眠にかかった?」
「いえ、かかってないですけど」
俊介がそう答えると、レイラは雷に打たれたように、
「ええええええええ!? ど、どうして!?」
「どうしてって……」
逆に、あんなカラコン1つでどうやって催眠術を使えると思ったのだろうか。俊介は心の中でため息をついた。レイラには、少し漫画やアニメは規制した方がよかったのではないか。
「にーにー!」
ましろはガタッと立ち上がりながら叫ぶと、俊介の元まで歩み寄り、足元にしがみついた。そして大きな瞳を涙で滲ませながら、
「にーにー。ましろのこと、すてないで!」
と、まるで雨の日の子犬のように、俊介を見上げて言った。
「ましろ、もっと良い子になるから! にがてな割り算も、がんばって出来るようになるから!」
「あの、ましろさん。違うんです。別に、ましろさんが悪いわけじゃ……」
「きらいなセロリ、のこさないで食べるから! ぎゅーにゅーもちゃんと飲むから! もうワガママ言わないから、ましろのこときらいにならないで!」
「……ましろさん」
「おねーちゃんたちのお手伝いもちゃんとするから! あらいものも、おかたづけも、おせんたくも、おべんきょうも、きちんとやるから! だから、おねがい!」
「……」
ましろは、懸命だった。
幼いましろのことだ。おそらく、俊介が誰かに取られるということに、1番恐怖しているのだろう。だからこそ、必死に俊介の心を繋ぎ止めようとしている。
いっそのこと、もう偽装恋人なんて止めにしようか。
そう思い、俊介が口を開こうとした時。
「兄さん! 兄さんは私と付き合うって、小さい頃から定められているのよ! 暗黒の使者なんかに、騙されてはいけないわ!」
「お兄ちゃん! あたしだって、お兄ちゃんのこと、ずっと前から好きだったんだからね! 世界中の誰よりずっと! 学園のアイドルだからって、渡さないんだから!」
「にーにー! ましろといっしょにいて! ずっとずっと、いっしょにいて!」
口々に叫ぶ3人。
今まで溜めていた鬱憤が爆発したのか、冷静なはずのレイラまで声を荒げている。その光景を、俊介はただおろおろしながら見つめることしか出来なかった。
自分こそが選ばれるべきと、権利を主張するレイラ。
自分こそが1番俊介のことを愛していると主張する美鈴。
癇癪を起こしたように、ただ泣きじゃくるましろ。
俊介は――
「お黙りなさいなっ!!」
大きく、それでいて鋭い刃物のような声が、喧騒を切り裂いた。
わめき立てていた妹達はビクリとし、俊介はその声の主を見た。
会議中、唯一無言を貫いていた――和姫であった。
しんと静まり返り、注目が集まる中で和姫は、すうっと息をつきながら、
「皆様、少し落ち着きなさいな。あくまでこの場は『話し合いの場』と定めたはずですわ。それが守れない方は、出て行ってくれてよろしいのですよ?」
――水を打ったように。
先ほどまでの騒ぎがまるで嘘であったかのように、室内は静寂に包まれていた。
妹達は、沈黙したまま俯いている。
俊介も同じであったが、やがて顔を上げると、
「皆さんは悪くありません。悪いのは、この僕です」
俊介の言葉に、妹達は顔を上げると、目に涙を溜めながら彼を見つめた。
「金星の姫たるわたしが。少々取り乱してしまったようね」
「あうう……興奮しちゃって、恥ずかしい……」
「にーにー、ごめんなさい……」
レイラ、美鈴、ましろの3人は。
俊介に向かってそれぞれ謝罪をした。
和姫はその様子を見守ると、俊介に向かって、
「とはいえ、お兄様に責任がないとは言えませんわ。彼女達がこうなってしまった理由は、お兄様にあります」
「……」
和姫の非難に、俊介は心を痛めた。
しかし、もう釈明は何の意味もなさない。そこで俊介は、
「……ごめんなさい。僕は、彼女――瀬戸内恋華さんと付き合うことにしたんです。昨日、彼女から告白をされ、お付き合いすることになりました。皆さんには、もう少し親しくなってから紹介しようと思っていたんです。決して、隠すつもりなんてありませんでした」
と、「偽装恋人」の件だけを隠し、事実を説明した。
それに対し、和姫は、
「許せませんわ、そのようなこと……っ!」
和姫は、唇をぎゅっと噛んで、拳を強く握り締めていた。
先ほど、誰よりも冷静だったはずの和姫が。
体は小刻みに震えて、瞳は怒りの炎で燃え上がっていた。
「和姫さん……?」
俊介が声をかけると、和姫は俊介に向かって、
「ここに連れてきてくださいな! その瀬戸内恋華とやらを! その方がお兄様と釣り合う方かどうか、わたくし達で見極めてさしあげますわ! 容姿、性格、炊事、洗濯、掃除のレベルにいたるまで隅々と! もし、お兄様に相応しくない場合、わたくし達はその方との交際を断固反対いたしますわ!」




