44友人? いいえ、偽装友人です!
そして翌日。
俊介と恋華が別れたというニュースは、既に学校中に広まっていた。
恋華みずから流した噂はこうだ。
自分は理由あって井川俊介をフッた。しかしそれは、決して彼に問題があったからではない。お互いの時間を大切にするために別れたのだ、と。
もちろん、恋華の目論見どおり、別れてすぐの恋華に告白しにくるような男はいなかった。しかし、フリーになった恋華を一目見ようと集まる野次馬は後を絶たなかった。
それでも暴動が起きなかっただけ、出だしとしては好調といえるだろう。
一方で俊介には、特に何も無かった。
最初の内は、物好きな生徒から色々と聞かれることはあったが。
それも最初の内だけで、休み時間をまたぐ内に、回数は少なくなっていった。
結局周りの生徒からの評価はこうだ。
井川俊介は勉強だけが取り得のガリ勉野郎である。
だから、瀬戸内恋華に飽きられ捨てられた。
しかし井川で付き合えたんなら、俺も付き合えるかも、と恋華を狙う男子生徒もチラホラ出始めてきている。
学校が終わった後、俊介は奏に呼び出された。
ちなみに場所は、昨日も来た体育館裏である。
恋華とセンセーショナルな破局直後ということで、俊介もそれなりに有名人となっていた。当然のことながら、他の女性と話してるところを見られたら、ゴシップになりかねない。それを気遣って奏は人目につかない場所を選んだのだった。
「はあ……」
俊介は、奏に聞こえないように小さくため息をついた。
奏はおそらく、昨日の告白の返事を聞こうとしているのだろう。
しかし今の俊介は、それどころではない。
偽装とはいえ、彼女と別れてすぐまた違う女性と付き合うだなんて、容認できるわけがない。いくら奏が魅力的な女の子といっても、タイミングが悪すぎる。
それに……。
俊介が色々と考えを巡らせていると、奏が口を開いた。
「突然のお呼び出し、すみませんでした。先輩」
「ああ、いえ」
「聞いてもいいですか? 瀬戸内先輩と別れたって噂、本当なんですか?」
奏は、ストレートに尋ねてきた。
「はっ、はい。本当ですよ」
俊介はどもりながら答えた。他の生徒に何回も同じ質問をされているのに、奏に対してだけはなぜか動揺してしまう。
対照的に奏は冷静に、じっと俊介を見つめながら言った。
「じゃあ、私とお付き合いしてもらえるですか?」
「それは……できません」
俊介は目をそむけながら言った。
しかし奏は、追撃の手を緩めなかった。
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
「私、あきらめません」
そのまま奏は、俊介に抱きついてきた。
まず感じたのは、体温。とても熱くなっていた。
「瀬戸内先輩と別れた後ですけど、あの人は偽装恋人ですから。それに私、もう我慢できないんです。先輩を好きな気持ちを。どうか、お付き合いしてもらえますか?」
「…………」
奏の心臓の鼓動は、どんどん高鳴っていた。
俊介は考えた。もしこの場で、奏を受け入れたとする。
そうしたら、恋華は一体どうなるのだろうか。
一生恋人も作らず寂しい人生を歩むのか。
それとも新しい恋人を見つけ幸せな人生を歩むのか。
普通ならば後者だろう。恋華はなんといっても学園のアイドルだ。恋人なんて、探そうと思えばいくらでも見つかる。
もしそうなら、話は大分変わってくる。
自分が別の恋愛を見つけなければ、恋華も次のステージには進めないのではないか?
俊介への罪悪感から、自分だけ幸せになるのは申し訳ないと、そう思うのではないか?
それならば――いっそ。
「正直な話を、してもいいですか?」
「……はい」
「僕はもう、誰とも付き合うつもりはありませんでした。だって誰かと付き合うって、凄く苦しいことじゃないですか。それに、他の誰かを傷つけなくてはならない。僕には、それが耐えられないんです」
「だから私とは付き合えないと。そう言うですね?」
「はい」
「分かりました。では――」
奏が、俊介から体を離した。
そして、真っ直ぐそのまま向き合うと、
「私と、偽装友人に、なってもらえますか?」
その表情は晴れやかで、どこか楽しげだった。
「偽装友人? なんですか? それ」
わけが分からず、俊介が聞き返すと、
「文字通り、偽装の友人ですよ。私のことを、恋人としてでも単なる後輩としてでも、好きなように扱ってください。そして、周りの人から関係性を聞かれたら、こう答えるといいです。『あの人はただの友人ですよ』と」
「……」
俊介が答えに窮していると、奏はさらに続けた。
「俊介先輩と瀬戸内先輩を見ていて、私思ったです。『恋人なんかになるから』って。恋人になるから苦しい思いをする。だったら、ならなければいい。表面上は友人として関係性を築けますし、飽きたらすぐに解消してくれてもいいです。そうした方が、お互い気楽じゃないですか?」
奏の顔は紅潮し、口調にも熱が入っていた。
「先輩、何も難しく考える必要なんてないです。ただの友達ですから。しかも、偽装。その上で私のことを好きになってもらえたら、正式な恋人にしてほしいです。私、いつまでも待ってますから」
「奏さん……」
俊介は頭の中で、必死に考えた。
友人同士なら、傷つくことはない? 果たして、本当だろうか。
いや、違うはずだ。
……しかし、偽装の「恋人」よりは、気楽に付き合えるのではないだろうか。
「分かりました。僕は奏さんと、『偽装友人』になります」
そう言った瞬間、奏の表情がパアッと輝いた。
「先輩……ありがとうございますです! これからよろしくです♪」
「……はい」
「それじゃあ早速、ラインの交換でもしますか。お友達なのに連絡先も知らないなんて、変です」
言われたとおり、俊介はスマホを取り出した。
そのまま、奏のIDをラインに登録する。
「これからは、毎日ラインしますね。あっ、無理に返信しなくてもいいですから。私達はただのお友達、なんですからね」
「わかりました」
ただの女友達なのに毎日ラインしてくるなんて、変な感じだ。
恋華と付き合っていた頃は、毎日のように電話していたのに。そしてそれを、ちっとも疑問に思わなかったのに。
スマホの『友達リスト』を見ながら俊介は思った。
果たして、本当にこれでよかったのだろうかと。
答える者は誰もいなかった。代わりに、恋華の笑顔が脳裏をよぎった。




