43またね? いいえ、バイバイです!
その言葉は。
俊介から恋華への――完全な決別を意味していた。今までにあった些細な痴話げんかとは次元が違う。これでもう、赤の他人に戻るということだ。
俊介の発言に、場に集まった皆は大いにざわついた。恋華の離別宣言にも驚かされたが、まさか俊介がそれを受けるとは、思いも寄らなかった。
「お兄様……本当に、それでよろしいんですの?」
いの一番に俊介に問いかけたのは、和姫だった。
あれだけ恋華を毛嫌いしていた和姫が、今は俊介と別れるのを阻止しようとしている。
皮肉な感情の移り変わりに、俊介は苦笑しながら、
「……いいんですよ。これで、よかったんです」
あっさりと言い切った。
妹軍団や麗子が意外に思ってしまうほど、あっさりと。
「だって、そうでしょう? 恋華さんが僕と別れたいと思う理由は納得できるものですし。そもそも僕達の関係は期限付きで――いつかは終わらせなくちゃいけなかったんですよ。恋華さんの言うとおり、僕達の間に愛なんてありませんでした。ただ偶然幼なじみだったというだけで」
俊介は淡々と、努めて機械的に話した。
「しかも恋華さんは、別れた後どうするかまでしっかりと考えていました。決して突発的にものを言ってるわけではありません。ゆえに、僕が契約解除を拒む理由もありません」
それはもしかしたら、内心の動揺を悟られないようにするための、精一杯の強がりだったのかもしれない。
「それに、僕も甘えていました。あなた達が兄離れすることを強く願っておきながら、心のどこかでチヤホヤされることに舞い上がっていたように思えます。そんな浮ついた気持ちでは、誰も救えません。みんな不幸にするだけです。恋華さんは、それを気づかせてくれました。だから――」
「別れるって言うの?」
俊介の言葉を先取りしたのは、美鈴だった。
「お兄ちゃん、いいの? それで。フェイクでもなんでも、恋華さんとは今まで仲良くやってきたんじゃないの? それが、こんな終わり方しちゃって本当にいいの?」
「いいもなにも、恋華さんとは付き合ってないんですよ。……それに、これは恋華さんが望んでることでもあります」
俊介は微笑む。
――力のない、今にも折れそうな笑みだった。
「美鈴さんからすれば、恋華さんは敵なんじゃないですか? 今まで沢山妨害をしてきたじゃないですか? それなのに、どうして今さら僕達の仲を取り持とうとするんですか?」
俊介がすがるような表情で問いかけた時だった。
「わかんないよ! そんなの!」
美鈴は癇癪を起こしたように怒鳴った。
「あたしは、お兄ちゃんのことが好き! 大好き! 世界で1番好き! でも、こんなゆずられたような終わり方は嫌なの! 恋華さんにお兄ちゃんを取られたくないし、別れてほしくもないのっ!」
「同感だわ」
美鈴の言葉を、レイラが引き継いだ。いつものような厨2な言葉遣い、飄々とした態度はない。
今の彼女は、至って真剣そのものだった。
「普通の恋人同士であれば、今の会話は破局として受け入れられるわ。でもね、あなたと兄さんは偽装恋人なんでしょう? これまで散々引っ掻き回しておいて、飽きたから止める? そんなの認められると思う? ふざけてるの?」
怒りの炎を燃やしながら睨みつけるレイラの視線を、恋華は粛々と受け止めながら、
「だって、飽きたんだからしょうがないじゃん」
「それがふざけてるって言ってんのよ!」
レイラはカッと目を見開いて声を荒げた。
「あんた、本当は怖いんでしょう? 幼なじみだか何だか知らないけど、わたし達に惨めったらしく負けて兄さんを取られるのが! だから適当な理由で身を引いたフリをして、すごすごと逃げ去ろうとする。みっともないわね! ほら、ワンワンて鳴いてみなさいよ! この負け犬が!」
レイラの罵倒に、恋華は無言でうつむいた。
そのまま肩を震わせ、藍色の髪を揺らしていたが。
「……ありがとね、レイラちゃん」
小さくだが、しっかりと。顔を上げて恋華はつぶやくのだった。
「でもね? 私といると、俊介君すごく辛そうなの。それでね、私はそんな俊介君を見てるのが辛いの。この気持ち、レイラちゃんなら分かってくれるでしょう?」
「あ……」
その顔を見て、レイラはハッと気まずそうに口をつぐんだ。
恋華はまるで赤子のように、眉間にしわを寄せて大粒の涙を流していたからだ。
「恋華どの! わたくしめに言えた義理ではございませぬが……。諦めてはなりませぬ! わたくしめが何をしても、あなたは決して屈しなかったではありませぬか!」
緋雨が、泣きじゃくる恋華に激励の言葉をかけた。
その隣に立つましろも、
「そーだよ! 恋華ねーねー! あきらめたらダメだって、ましろにおしえてくれたじゃない! だから……だから、」
妹達それぞれがそれぞれの思いを口にする中、恋華は彼女らに背を向けた。
「本当にごめんなさい! 俊介君っ!」
俊介に向き直ると、恋華は勢いよく頭をさげた。
「私から持ちかけたことなのに、勝手に契約解消しちゃって! しかも何の相談もなしに……。ほんとごめん!」
「――いいんですよ、そんなこと」
俊介は優しい声をかけた。
その言葉に恋華が顔をあげると、
「どの道無理がある話だったんです……。僕は、あなたを憎んでなんかいません」
「そう言ってもらえると助かるよ」
そう言いながら、恋華はポケットをごそごそとまさぐり、ある物を取り出した。
俊介がクリスマスの日に渡した、真っ赤な薔薇のブローチだった。
「私、みんなに酷いことしちゃった。自分のために、俊介君を思う純粋な気持ちを踏みにじった。俊介君にも、嫌な思いを沢山させた。今さらだけど、反省してるの。後悔してるの」
「それは、恋華さんが悪いわけじゃ……」
「私が悪いの」
ブローチをきつく握り締めながら、恋華は俊介の言葉を否定する。
「俊介君は、そうやって甘やかしてくれるけどね。私はもっと、利己的な人間なの。同時に沢山の人を傷つけても、平然としてるような。あくまでも、自分の都合しか考えていない。……俊介君とは、釣りあわなすぎるんだよ」
俊介は黙った。
これ以上何を言っても無駄だということが、分かったからだ。
代わりに、別の言葉をかけた。
「明日からは、一緒に学校、通えなくなりますね」
「……だね」
別れたカップルが一緒に登校するのは、流石に無理がある。
「学校のみんなに公表するのは、もう少し伸ばしてもいいんじゃないですか?」
「そんなわけにはいかないよ。私と俊介君が別れたって、ちゃんとみんなに伝えないと。それが、今までみんなを騙してきた私の、最後のけじめだよ」
そう言うと、恋華は出口に向かって歩き出した。
「俊介君、今まで本当にありがとう。つかの間だし偽装だけど、あなたの恋人になれて、あなたのそばにいられて――。私、本当に楽しかった。幸せだった」
そして、くるりと踵を返した。
笑顔とも泣き顔とも取れる複雑な表情で。
その顔を見て、俊介の胸に哀しみが突き刺さった。
今ならば、手を伸ばせばまだ届くかもしれない。
しかし、俊介は声をかけることはしなかった。
代わりに、恋華は静かに笑いながら言った。
「またね……ううん、バイバイ。俊くん」




