41恋華さん? いいえ、レンちゃんです!
「――私と俊介君はね、偽装恋人なんだよ」
恋華が発した言葉は、その場にいる全員に衝撃を与えた。
特に、妹軍団は。
「偽装恋人? なんですの? それは」
「偽装とは、事実を偽り曲げて、もっともらしく設らえ装うことよね。偽装の恋人とは、正にそのまんまの意味なんじゃない?」
和姫の疑問に、被せるように、レイラは答えた。
「え……でも、なんで? なんでお兄ちゃんと恋華さんが偽の恋人さんなの?」
「ふええ……ましろ、よくわかんない」
美鈴とましろは、ただただ困惑しているようだ。というより、レイラの理解力がありすぎるだけなのかもしれないが。
「そ。レイラちゃんの言うとおりだよ」
恋華はこつこつと歩き、全員の顔がよく見える位置で止まると、くるりと踵を返し、そして言った。
「私と俊介君はね、恋人でもなんでもなかったんだよ」
「は?」
「やっぱり……そういうことね」
「どういうこと? どういうこと!?」
「よくわかんないけど、たいへん!」
和姫、レイラ、美鈴、ましろと、それぞれが声を上げた。
緋雨だけは黙り込んでいる。まだ自分のせいではないかと自責しているようだった。
俊介はというと――じっと恋華のことを見つめ考えていた。
なぜだ。せっかく緋雨とも折り合いがつきそうになったというのに。なぜこのタイミングで秘密を暴露するのか、と。
「恋華さん? 1つよろしいですか? どうして、お兄様と偽装恋人などになったんですの?」
俊介の思惑を無視し、和姫が恋華に問いかけた。
「自慢じゃないけど、私けっこう男の子からモテるんだよね。毎日のように告白を受けてるし、軽いストーカー被害にあったりもしてるの。それで、当たり障りのない男子と付き合ったフリをして、告白避けをしたいなって考えたの」
「……そうでしたの」
和姫は相槌を打った。まるで納得してない様子だったが。
「え、で、でも。何でお兄ちゃんなんですか?」
続いて身を乗り出し質問したのは、美鈴だった。
「んー。理由は特には。強いていうなら、『ちょうどよかった』からかな?」
「ふざけないでください!」
恋華が答えると、美鈴は声を荒げた。
「そんなくだらない理由で、お兄ちゃんに訳の分からない役を押し付けたんですか? あたし達がどんな思いをしたか、分かってるんですか!?」
恋華は寂しそうに笑うと、
「ごめんね。でも、もう別れたからいいじゃない」
「あなたって人は……!」
美鈴は、今にも噛み付きそうな様子で恋華をにらみつけた。
「スズ。少しは落ち着きなさい?」
興奮する美鈴を制し会話に割って入ったのは、レイラだった。
「ねえ、瀬戸内恋華? あなたがさっき言った『ちょうどいい』っていうのは、どういう意味? どうして、兄さんだとちょうどいいの?」
「それはね。俊介君も似たような悩みを抱えてることに気づいたからだよ。ブラコンな妹さんが5人もいる。何とかして妹離れをさせたい。だから偽装恋人案も受け入れてくれる。そう思っただけだよ」
「ふーん」
レイラは気のない返事をした。顔も無表情で、どんな思いで話を聞いているかはうかがい知れない。
「たしかに、兄さんはイケメンだし、優しくて女性に対する配慮もあるものね。それになんといっても知的だし」
「そうそう。俊介君って、実は学校だと女性人気がけっこう高かったんだよ。だから余計に、偽装恋人としてはうってつけだったわけ」
俊介の長所について、なぜか2人の間で意気投合してしまった。
「お待ちください! 肝心な点が、まだ解明しておりませんわ!」
まとまりかけた話を、強引に本筋に戻したのは、和姫であった。
「恋華さん。わたくしはあなたの考えていることが、さっぱり分かりませんわ。あなたは以前に、お兄様のことを愛していると仰ったではありませんか?」
「うん。そりゃ言うよ。だって偽装恋人なんだもん」
「では、実際は愛していなかったと?」
「そうだよ。私と俊介君の間に、愛なんてなかったんだよ」
「嘘ですわ!!」
和姫は叫んだ。声のでるかぎりに。
しかし、かつては恋華のことを一番敵視していたのも彼女なのだ。恋華という人間と触れ合うことによって、情が芽生えたのかもしれない。
「嘘じゃないよ。てか、和姫ちゃんにとってはそっちの方が都合いいでしょ? 厄介なライバルである私が、自ら身を引くんだよ? それとも、このまま俊介君を取られちゃってもいいの?」
「そ……それは」
その一言で、完全に和姫は黙りこくってしまった。
静かになる工場内。口を開いたのは、麗子だった。
「恋華ちゃん。ママさん日本にいなかったから、詳しい事情はよく知らないの。でも逆に聞きたいのは、どうして俊ちゃんじゃダメになったの?」
「別に正式な理由はありませんよ。さっきも言ったように、緋雨ちゃんのせいじゃありません。私が、恋人ごっこに飽きちゃっただけですよ。この気持ち、ママさんなら分かりません?」
恋華はそう言って麗子に同意を求めるが、
「そうね。乙女心は秋の空っていうものね。でも、この件に関しては分からないわ」
「なにがですか?」
「俊ちゃんの家庭環境を考慮したら、こういう面倒なことになるのは容易に想像がつくでしょ? それでも、あなたは『偽装恋人』役に俊ちゃんを選んだ。そこには、明確な理由があったんじゃないかしらってこと」
「うーんと……」
麗子の追及に、恋華は初めて言葉を濁らせた。俊介はその姿を見て、あることを考えていた。
麗子が言うように、恋華には何か違う目的があったように思えてならなかったからだ。そして、違和感もある。自分と恋華は遠い昔に出会っていたのではないかという違和感が。
「しょーがない! じゃあ、それについてお答えします!」
しばらくして痺れを切らしたのか、恋華が大声で言い切った。そして、俊介の目の前まで歩み寄る。
「な……なんでしょうか?」
俊介の質問には答えず、恋華はぼそりと言った。
「俊くん」
「はい?」
「やっぱり、覚えてなかったんだね」
恋華は悲しそうにため息をつくと、じっと俊介を見つめて、
「じゃあ教えてあげる。私と俊介君はね、昔すでに出会っているんだよ」
「え? それって……」
「こういったら分かる? 私もあの孤児院……『心の家』にいたことがあるんだよ」
「……ちょっと待って。待って、ください……」
俊介は動揺しながら言った。心臓の鼓動がかつてないほど昂ぶる。
しかし恋華は、涼しい顔で続きを話した。
「私だよ。俊くんの幼なじみの『レンちゃん』だよ」




