39別れない? いいえ、別れます!
「僕は、緋雨さんを許しません」
必死に謝罪する緋雨に対し、俊介の答えはそれだった。
その返答に、恋華はおろか、他の妹達まで意外な目で俊介を見ている。
緋雨はというと、絶望に打ちひしがれた表情をしている。自分で切った髪は左右の長さが不揃いでボサボサ。顔は涙でぐしょぐしょ、体は麗子にやられた分と土下座をした分とで、全身土まみれ。いやがおうにも同情は禁じえない。
しかし、俊介は――
「甘えないでもらえますか! 散々周りの人に暴力を振るって、これだけ多くの人を巻き込んで! みんながどれだけ迷惑したか分かってるんですか!」
俊介は工場内に響く大声で、激しく緋雨を叱責した。
叱られた緋雨は、返す言葉もないようにブルブルと体を震わせている。
そこをさらに俊介は怒鳴りつける。
「あなたはキチンと、自分の罪の深さを意識してください! 僕たちが許すと言うまで、ずっと罪を償うように! もちろん、今度は本気で、ですよ! 演技なんかしようものなら、即縁を切りますからね!」
俊介は感情を昂ぶらせ立腹した表情で、緋雨に贖罪を要求した。――それは遠まわしに、緋雨のことを認めたに等しい。
「あ……兄君……」
緋雨も、俊介の言いたいことを察したようだった。
あえて許さないことが、俊介の気遣いなのだと。
だから緋雨は、ぶわっと大粒の涙をあふれ出した。
「ふうん、そういうことね」
麗子が俊介の横に立つとウインクして、
「あえて許さず、謝罪は行動で示せと。うん、ママさんいいと思う」
そう。
俊介はとっくに、緋雨のことを許していたのだ。しかし、それでは緋雨のためにならない。そう思った俊介は、もっと過酷な言葉を突きつけた。
目的は、緋雨の甘えを根源から失くしてしまうことだ。
もちろん、最愛の家族に冷酷な言葉を投げかけるのはつらい――しかし俊介は、心を鬼にしたのだ。
今この場で許すよりも、日々の生活で全うに、地道に罪を償ってほしい。
何年かかってでも、罪滅ぼしをしてもらうつもりだった。
今度は、1年もかからないはずだが……。
「申し訳ありませぬ……。皆様、申し訳ありませぬ……」
泣きながらみんなに対し真摯に頭を下げる緋雨を見て、俊介はそう思うのだった。
「ねえっ、恋華さん?」
ふと気づくと、麗子は恋華に話しかけていた。
「は、はい。なんでしょうか」
「重ね重ねお詫び申し上げます。このたびは、誠に申し訳ありませんでした」
麗子は深々と頭を下げると、
「このコ達ったら、本当にお兄ちゃん大好きっコなんだから。ほんと、誰に似たのかしらね~。いっつも迷惑ばかりかけてるでしょう?」
「いえいえ。そんなことないですよ。みんな良い子ですから」
恋華がそう答えると、麗子はにっこりと微笑んだ。
「これからは、ママさんなるべく家にいるようにしますの。よく考えたら、家をずっと開けっ放しにしてるママさんにも問題があったと思うし。もちろん、緋雨ちゃんのお目付け役も兼ねてね」
「もう大丈夫だとは思いますけどね。緋雨ちゃんは」
恋華が笑いかけると、麗子は神妙な顔で頷いた。
「それでもやっぱり、このコたちは心配なの。緋雨ちゃんだけじゃなくて、和姫ちゃんも、レイラちゃんも、美鈴ちゃんも、ましろちゃんも。俊ちゃんはみんなに甘いしね。だから、そんな俊ちゃんにやきもきする時もあると思うけど」
「い、いいえ。そんなこと――」
否定しようとする恋華の言葉を、麗子は遮った。
「いいのよ。ママさんには分かってるから。俊ちゃんって奥手っていうか、相手のことを気遣いすぎるところがあるから。それが、時には残酷になっちゃうのよね」
「……ママさんは、すごいですね」
恋華は、薄く微笑みながらつぶやいた。
「なんでもお見通しなんだから。そして、どんな言葉にもひとつひとつ愛情がある。ほんとに、すごいと思います」
「ママさんは素敵なパパさんと出会って、幸せな家庭を築いたから。恋華ちゃんも、その内分かると思うよ~?」
麗子も、満面の笑みで答える。
「ええ。でも――」
と、会話の途中で恋華が俊介を見つめる。
「……な、なんですか?」
話の矛先が急に自分に向いたので、ばつが悪そうに俊介は尋ねる。
「俊介君、ありがとね」
ぽかんとする俊介に、恋華は礼を述べた。
「あんな分かりづらい暗号解いて、助けにきてくれて。それに、私のためにこんなにボロボロになるまで……」
「なにを言ってるんですか」
しんみりとした恋華に対し、俊介は呆れたような顔で、
「当たり前でしょう? 僕達は『恋人同士』なんですから」
「……うん」
「むしろ、謝るのはこちらの方ですよ。今回迷惑をかけたお詫びに、今度デートでもいきましょうか。パフェも、好きなだけ奢りますよ?」
頬を指でかきながら、照れくさそうに俊介は言った。
恋華はそんな俊介を寂しそうに見つめていたが、
「――ごめんね。俊介君」
「え?」
不明瞭なつぶやきに、俊介が聞き返したその時。
恋華は、心の裡を吐き出すように重苦しく口を開いた。
「……ほんとにごめん。俊介君、私と別れて?」
その言葉を聞くと共に、俊介の胸に深い悲しみが突き刺さった。
なぜならば恋華は、今にも涙を流しそうなほど辛い表情をしていたからだ。




