37常識人? いいえ、変人です!
「――ぐはっ!」
麗子の強烈な一撃に、緋雨は唸り声を漏らした。
そのまま腹を押さえ込み――
「あら~。まだおねんねするには早いわよ~?」
麗子はそう言うと、ボディブローで浮き上がった緋雨の背中に肘打ちを食らわせた。今度は緋雨の体が沈む。とてもではないが立ってられないのだろう。それほど鋭角かつ俊敏な打撃だった。
しかし、これで攻撃が終わったわけではなかった。地面に膝をつく緋雨の顔に、麗子は電光石火の如き神速の蹴りを入れた。緋雨の体が、ゴム人形のように壁まで吹っ飛び、叩きつけられた。
そのままズルズルと、緋雨は床に倒れこんだ。
「つ、つよ……」
恋華はまたたく間の瞬殺劇を見て、冷や汗を流しながら呟いた。
「強くて当然ですわ。わたくし達に護身技として格闘技を教えてくださったのは、お母様なんですもの」
恋華の呟きに答えたのは和姫である。
いつの間にか恋華の後ろに回りこみ、ロープを解こうとしていた。
「おそらく緋雨は、これで終わりですわね」
「うん?」
和姫は手際よくロープを解きながら、現状を解説した。
「緋雨が日本に帰国するための条件……それが、今後一切暴力事件などの問題を起こさないこと、でしたのよ。それがこの有様ですわ。暴力、拉致監禁、洗脳……ここまでしたら、お母様からお許しはいただけないでしょう。こればかりは緋雨に少し同情しますわ」
「ほ、ほんとに怖い人なんだね……」
「いえ、普段は温厚で優しいお方なんですけどね。怒らせると鬼のように怖くなるのですわ。しかも、お母様はありとあらゆる格闘技に精通しております。さすがの緋雨といえども、赤子同然ですわ」
そこまで説明すると、和姫はロープを解き終えた。
途中で手がぶるぶる震えていたのは、恋華の気のせいではなかっただろう。
「――あなたが、瀬戸内恋華さんね?」
名前を呼ばれ、恋華はびくりと肩を震わせた。
慌てて顔を上げると、目の前には麗子が立っていた。
「初めまして。井川麗子と申します」
「は、はい。瀬戸内恋華といいます。よ、よろしくお願いします!」
「恋華さん」
「……はい」
恋華が緊張しながら答えると。
「このたびはうちの愚女が、とんだことをしでかしてしまいました。謝って済む問題ではありませんが、緋雨の親として、まずは謝罪させてください」
麗子は地面に足をつき、頭を垂れ土下座をした。
そしてそのまま、一点の曇りもない声で、
「私で償えることなら、どんなことでもします。緋雨のことも、煮るなり焼くなりお好きになさってください」
「いえいえ! そんなこと望んでませんから! ていうか顔上げてください! そこまでなさらなくても大丈夫です!」
「あらそう~? そう言ってくれると嬉しいわ~。ママさん、正座とかあまり慣れてないから、すぐ足しびれちゃうのよね~。てへぺろ☆」
「と思ったら立ち直り早!」
思わず恋華がツッコんでしまうほどに。
超人かと思えば常識人、そう見せかけて実は変人。
それが井川麗子という人間なのであった。




