33こない? いいえ、きます!
「――もうよい。郷田、そこまでにしておけ」
「チッ」
緋雨が制止の言葉をかけると、ようやく郷田は俊介を解放した。
地面に崩れ落ちた俊介は、緋雨の顔を見上げた。
「申し訳ありませぬ。兄君にお怪我を負わせた罪、全身全霊をもって償わせて頂きまする」
緋雨は深々と頭を下げた。数秒ほどして、申し訳なさそうに顔を上げる。
「しかし、それは」
贖罪から一転、緋雨の声色に冷酷さが混じった。
そして彼女は視線を向ける――鉄柱に縛られた恋華へと。
「この女への裁きを終えてからです」
一方の恋華は、勝気に微笑んでいた。
「おあいにく様。私は、こんなヤツラに好きにされるぐらいなら、舌噛んで死ぬもん!」
その声には、意思が感じられた。
氷のように冷たい緋雨の視線を受け止めながらも、少しも怯まない。
その様子を見て、緋雨も笑った。
侮蔑を含んだ嘲笑で、見下すような口調でこう言うのだった。
「そのような言葉を吐けるのも、今の内です。人間、そう簡単に自ら死ねるものではありませぬ。ましてや他人のために」
他人という言葉を使ったのは、緋雨の嫉妬が含まれているからだろう。
わたくしめは兄君のために死ねるが。
あなたは死ねないだろう――と。
「まっ、待ってください、緋雨さん!」
痛みをこらえながら、俊介は立ち上がった。
「暴力で人を傷つけて、そんなことまでして愛する人の気持ちを手に入れたいんですか! そんなことをして、本当に満足なんですか!?」
「うるせえよ」
突如、郷田が強烈な蹴りを俊介の顔に浴びせた。
壁際に吹っ飛ぶ俊介を郷田は嘲り笑って、
「なーにが『そんなことまでして』だよ――いいじゃねえか。欲しいものは力で奪い取る。邪魔するヤツはねじ伏せる。それが証拠に、お前は口ばっかりで何も出来ねえじゃねえか」
その言葉は暴論ではあるが、同時に正論でもあった。
俊介の体は既にボロボロだった。ここまで全速力で走ってきたあげく、自分より遥かに体格のいい男に殴られているのだ。勝てるはずがない。
「……たしかに、僕は弱いですよ」
俊介は、フラフラと立ち上がりながら言った。
今すぐ倒れてしまいそうなほど、消え入りそうな声で。
「僕は今まで、傷つくことを恐れていましたから。だから、恋華さんとの関係も一歩踏み出せなかった。でも、これからは違う――僕は、強くなりたいんです。あなた方の言う『強さ』とは別の意味でね。それは遥かに辛いことだと思います。痛い思いもきっとする。でも、僕はもう逃げないって決めたんです」
俊介は実直に語った。唇が切れて血だらけになった唇で。まぶたの下が赤く腫れた目で。
「僕は、今まで逃げてきたんです。恋華さんからのアプローチを受けながら、どこかで否定的になっていた。何を? 僕自身をです。僕自身が前に進まなければ、永遠に何も変わらないからです。だから――ぐはっ!」
「だからなげえよ、話が」
郷田は話を続ける俊介の頬に肘打ちを喰らわせた。
しかし、俊介は、
「効きませんよ。人間、その程度では死にません」
「て、てめえ……バケモンか? 痛覚ってもんがねえのかよ」
身じろぎもせず、フッと微笑む俊介を見て。
明らかに郷田は動揺していた。
――こいつは、不死身か? と。
肉体的に傷ついているのは俊介だったが、精神的に追い詰められているのは郷田だった。
「郷田。そこまでにせよ。それ以上、兄君を――」
緋雨が割って入ろうとした、その時だった。
「もう止めて!!」
恋華の悲痛な叫び声が、工場内に響き渡った。
「これ以上、俊介君を苦しめないで! 私が何でも言うこと聞くから! 体だって差し出すから! だから……だからっ、もう俊介君を痛めつけないでっ!」
「そうさせてもらいまする」
緋雨は怒りに満ちた視線を恋華に投げつけた。
鉄柱にくくりつけられた恋華を睨みつけると、
「お主達。何をしておる? 兄君のことはわたくしめと郷田に任せ、その女をさっさと犯さぬか」
「「「うっす」」」
……3人の男達が、恋華の前に歩み寄った。
俊介は考えていた。どうすれば、恋華を救出できる?
恋華を助け出すには、まず郷田を倒さなければならない。
しかし郷田を倒したところで、さらに体格のいい男達3人を相手にすることは、流石に不可能だ。
……では、どうやって止めればいい?
アニメやゲームならば、こういったヒロインのピンチに男主人公が「ちょっと待った!」と駆けつけるのだが。すでに彼氏である俊介は登場しており、しかも満身創痍となっているのだ。
そうこうしてる内に、男達の手は恋華へと伸びようとしていた。
自分のせいで、恋華が犠牲になろうとしている。
もう自分はどうなってもいい。恋華が助かるなら、何だってする! 俊介が強く思った、その時――。
「「「「――待ちなさい!」」」」
その声、いや声達は、工場内に強く反響していた。
「……来て、くれましたね。男主人公じゃ、ないですけど」
俊介はその姿を見て、小声でつぶやいた。
和姫、レイラ、美鈴、ましろと。
4人の妹軍団が鉄扉をくぐり、工場内に入っていたのだ。




