28ほっとく? いいえ、ほっときません!
――俊介君、助けて!
奏の告白の返事をしようとした際。恋華の電話を受けた俊介が聞いたのは、助けを求める恋華の叫び声だった。
俊介は息を整えて、恋華に確認を取る。
「恋華さん。落ち着いてください。誰かに襲われてるんですか?」
――そ、そうだよ! だから、すぐ来て!
走りながらだろうか、やけに音が反響してるせいか、エコーと吐息が混じった聞きづらい声で、恋華が答える。
「そんなんじゃ分かりませんよ。今いる正確な場所を教えてください」
――私、が今いる場所は、『カモさん』の――キャッ!
そこまで恋華が言いかけたところで、通話は切れた。
自分から切ったというより、無理やり切られたという感じだ。おそらく、恋華を襲っている人間が、携帯を奪い取ったのだろう。
「……恋華さん!? いや、こちらから掛け直すか……。しかし、通じるか……?」
「先輩? どうしたですか?」
奏の問いかけに俊介は答えない。それどころではない。
予想通り、電話は繋がらなかった。犯人が電源を落としたものと思われる。
「まさか……」
俊介は生唾を呑みこむと、スマホを見つめた。
まさか、緋雨が――?
勘違いであってくれ。そう願いながら、俊介が緋雨に電話をかけると――
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないためかかりません』
という、恋華のスマホと全く同じアナウンスが聞こえてきた。
「……そんな」
あまりの出来事に、思考が働かない。
まず咄嗟に思い出すのは――恋華はつい先ほど誰かと会っていたということだ。ならば答えは簡単、その人物に連れ去られたということだ。そして、同じタイミングで緋雨のスマホにも繋がらない。
これは、偶然なんかじゃない。
しかし、スマホが通じないというだけで犯人扱いというわけにはいかない。他の誰かという可能性がある。
もちろん、それは確認するしかない。
「先輩! さっきから何をしてるですか?」
「……すみません、少し黙っててください!」
俊介が怒鳴ると、奏は縮こまって沈黙した。
しかし今の俊介に、そんなことまで気にかける余裕はなかった。
俊介は連絡先を確認する。考えられるとしたら、自宅だ。もし緋雨が家にいるのなら、彼女は容疑者から外すべきだろう。俊介は一縷の望みを込めて発信ボタンを押した。――ほどなくして、相手が電話に出る。
――もしもし、お兄様ですの? どうかなさいました?
「聞きたいことがあるんです!」
俊介は、用件を聞く和姫に食い気味に尋ねた。
「緋雨さんって、今家にいますか?」
――落ち着いてください。お兄様、どうなさったんですの?
「いいから! いるんですか? いないんですか!?」
――い、いいえ。まだ帰ってきておりませんわ……。
俊介の迫力に気圧されたのか、萎縮して和姫が答えた。
その声を聞き、俊介は、自分が熱くなりすぎていたことに気づくと、
「す、すみませんでした。いきなり大声を出して……。もしも緋雨さんが家に帰ってきたら、その時は連絡をください」
――どういうことですの? お兄様、緋雨が何か――。
和姫の質問には答えずに、俊介はスマホを切った。
悲嘆に暮れている俊介に、奏は心配そうに声をかける。
「一体、何があったですか? 瀬戸内先輩に、何かあったですか?」
「そうです! だから――」
「ほっとけば、いいじゃないですか」
「……え?」
思わぬ発言に、俊介が聞き返すと奏は、
「偽装の恋人である瀬戸内先輩を、助ける意味なんてあるんですか?」
「……」
俊介は答えられなかった。奏はさらに続ける。
「だって、そうじゃないですか。瀬戸内先輩が、何か危ない目に合ってるですよね? でも、考えてください。瀬戸内先輩は本当の恋人じゃないんですよ? それなのに、どうして俊介先輩が助けに行って、一緒に危険な目に合わないといけないですか……? もし大事だとしても、先輩が出る幕じゃないですっ! 警察に任さればいいですっ!」
「……たしかに、そうですね」
俊介は肩を落としながら呟いた。その様子を見て、奏が安堵の吐息を漏らす。
しかし俊介は、寂しそうな顔を上げると――
「でも僕は、恋華さんを助けてあげたいんです」
「どうしてですか?」
「理由なんてありません。僕がそうしたいからです」
「でも、どうせフェイクの彼女じゃないですか。それとも、本当は瀬戸内先輩のことが好きなんですかっ!? 利用されてるとしても――」
「知りませんよ! そんなことは!」
俊介は叫ぶ。
「たしかに、僕と恋華さんは偽装の彼氏彼女ですよ。でもね、それでもこれまで一緒にやってきた仲なんです。赤の他人でも何でもない。そんな人が危険な目に合ってるんです。放っておけるはずないじゃないですか」
「……」
「もちろん、助けに行くなんて大げさな話じゃないです。恋華さんの無事だけ確認できたら、それでいいんです」
「でも、俊介先輩に危険がないとは、限らないんじゃ……」
「それでもいいんです」
俊介の静かだが、決意に溢れた言葉を聞き、奏は息を呑んだ。まるでこの世の終わりのような、悲しげな表情で。
「正直な話、恋華さんのことを好きかどうかは、自分でもよく分かりません。でも、僕には恋華さんが大切なんです。それが、クラスメートであれ友人であれ協力者であれ。その気持ちに偽りはない」
「……先輩」
語っていて俊介は、自分で驚いていた。
まさか、〝偽装〟である恋華のことを、そこまで大事に思っていたなんて。
「そういうわけなんです。奏さん、ごめんなさい! 告白の返事は、またにしてくださいっ!」
「あっ、せ、先輩!?」
引き止める奏の声も聞かずに。
俊介は恋華を助けるため、日が暮れた街に向かって走り出した。




